初めての祭り①
リリアンヌ視点
町へ行くのに、大正門を使うことに決めた。
マントは、あえて羽織らなかった。
キリも姿を隠すことなく、頭巾を下ろしたまま隣に並んだ。
大正門から大広場へ出た瞬間、わっと歓声が上がった。
「本当にいらっしゃったぞ!」
「リリアンヌ様ぁ!」
「さっきの、すごかったよ~!」
「あーっ!精霊様だぁ」
一気に周りに人が集まり、身動きが取れなくなってしまった。
「あ、ありがとう…」
呆気にとられながら、一歩踏み出した。
リリアンヌたちが前に進むと、周りの人々が道を空けた。
今日は、王道にも屋台が並んでいる。
馬車も通れないくらい、人で溢れていた。
「リリアンヌ様っ!ぜひ、うちに寄って」
「こっちも来て~!」
屋台の方から、店主たちが手を振っている。
「ええと…お祭りって、何をやっているのかな?」
手を振り返しながら、誰にともなく尋ねた。
「いっぱい、人が集まるの!」
「屋台が、たくさん出てるよ!」
子供たちが、嬉しそうに教えてくれた。
「白い花を、身につけるんだよ~!」
「白い花?」
「リリアンヌ様と精霊様を表す花なのさ」
子供の近くにいた老婆が答えた。
「ほら、これ。リリィの花」
「あ…」
見渡すかぎり、誰もが襟元や帽子に白い花を挿している。
私の名前の由来でもあるリリィの花だ。
「リリアンヌ様の誕生祭には、必ず身につけるのさ」
「えっ、そうだったの?」
そんなの、初耳だ。
自分の誕生日に祭りがあることすら知らなかった。
「姫様、どうぞ!」
籠にリリィの花を入れた少女が、一本をリリアンヌに差し出した。
「ありがとう」
リリアンヌは、笑顔で受け取った。
「このお花は、売り物?」
「いいえ、お城から配られたものです!」
少女が、元気いっぱいに答えた。
「へぇぇ…」
こんなこともしているなんて、知らなかった。
「…ね、もう一本貰ってもいいかな?」
「はい、どうぞ!」
「ありがとう」
リリアンヌはもう一本花を受け取ると、キリのマントの留め具に挿した。
「私は、ここ」
後ろでまとめた髪に、花を挿し込んだ。
キリがすぐに手を伸ばし、花の位置を直してくれた。
「ありがとう、キリ」
「…はぁぁ、本当に絵みたいだわ」
「綺麗…」
「…ところで、なんでエルフがいるんだ?」
二人の様子を見ていた周りが、口々に呟いた。
「私の、大切な友人なの」
リリアンヌは、にっこり笑って答えた。
「…友人?」
「そりゃ、リリアンヌ様くらいになると、エルフの友人もいるって」
「お似合いだねぇ~」
囁く人たちの間を抜け、通りを進んでいった。
ようやく、屋台が並ぶ手前まで辿り着いた。
「リリアンヌ様、どうぞ!」
女店主が串を二本、屋台の中から差し出した。
「ありがとう。ええと…キリ、お金を」
「お代なんて、いらないですよっ!」
女店主が、けらけらと笑いながら言った。
「そんなわけには、いかないでしょう」
「リリアンヌ様が主役の日なんですから!ほら、冷めちゃいますよ」
「…ありがとう」
ありがたく、差し出された串を受け取った。
「牛の串焼き?」
「そうですっ!ぴりっと辛い味付けです」
「いただきます」
リリアンヌはキリと並んで、串焼きをぱくっと食べた。
「…とっても美味しい!」
やっぱり、焼き立ての肉は美味しい。
「…すごい、食べたよ!」
「しかも、美味そうに食べるな」
「見てみて、エルフさんも食べてるよ」
なぜか、辺りからどっと笑いが起こった。
「ほら、宣伝になるっ!」
女店主も、嬉しそうだった。
「姫さん!パリッと美味しいよ~!」
再び通りを進むと、すぐにまた別の屋台から声を掛けられた。
「う…美味しそう」
大きなソーセージが、目の前で香ばしく焼かれている。
「エルフさんなら、たくさん食えるだろ?二人で一本!食べな」
ずいっと、ソーセージの刺さった串を渡された。
「おいくらですか?」
「お代はいらんって!」
また、おかしそうに笑われた。
「ありがとう…」
本当にいいのだろうか。
そう思いつつも、美味しそうなソーセージ串を受け取った。
「キリ、一緒に食べてもいい?」
キリが、無言で頷いた。
「じゃあ、お先」
遠慮せず、思いきりかぶりついた。
おお~、と辺りから歓声が上がった。
そんなに、王族が食べる姿が珍しいのだろうか。
「!店主さん、とっても美味しい…!」
口の中でぱりっと弾けて、肉汁が溢れた。
「だろ~?」
店主が、嬉しそうに笑った。
「はい、キリ」
リリアンヌはもぐもぐと口を押さえながら、食べかけの串をキリに傾けた。
キリは受け取らず、リリアンヌが持ったままぱくりと食べた。
「え」
予想外の行動に、思わず固まった。
ひゃぁ~っと歓声が上がった。
キリは周りの様子を気にすることなく、口の端についた油を拭っていた。
「…ふふっ」
驚いたけれど、なんだか嬉しい。
キリも、少しは楽しんでくれているのだろうか。
「店主さん、ごちそうさまでした」
ソーセージ串の店主に礼を言い、さらに通りを進んでいった。
「リリアンヌさまぁ!」
「どうです、甘いものは!」
屋台から離れ、道の中央を歩くようにしたら、串を渡されることはなくなった。
それでも、ずっと屋台から声が飛んできている。
「姫さん!喉乾いたでしょう!果汁でもどうぞ」
「!」
リリアンヌは、引き寄せられるように果汁を売る屋台へ近づいた。
丸い果実の先端に切り込みが入り、細い管が差し込まれている。
「この細い管は、何でできているの?」
「大麦の茎ですよ。中が空洞になってるんでさ。だけど…気にするところは、そこですかい?」
店主が、おかしそうに笑った。
「もしかして、椰子の実?」
「おや、姫さん、よくご存じで!港町シュレイデルの名産物、海椰子です」
「港町シュレイデルの…!」
“物語”で出てくる港町の名だ。
「店主さん、二つください」
何か言われる前に、キリから受け取った金を差し出した。
「お代はいらねぇです」
「それは、駄目」
「じゃあ、また来てください」
店主が、にっこり笑って言った。
「いつもは、中央市場で果物屋をやってるんですよ」
「…本当に、いいの?」
「こんな日に、姫さんから金は貰えねぇです」
「…ありがとう」
受け取った実のひとつをキリに渡して、その場で一口飲んだ。
「わ…!濃くて、美味しい」
想像よりもずっと甘い味で、驚いた。
「他にも、各地の名産物を売ってるから。ぜひ、来てください」
「うん、分かった。ありがとう」
店主に手を振り、その場を後にした。
キリと二人、海椰子の果汁を飲みながら、通りをゆっくりと歩いた。
飲食の屋台が並ぶ通りを抜けると、雑貨が売られる屋台や露店が広がる場所に出た。
ここは、大噴水広場だ。
「リリアンヌ様がいらっしゃったぞ!」
「姫様~!こっち、こっち!」
「どうぞ、見ていってください!!」
リリアンヌに気付いた店主たちが、一斉に手を振った。
「すごい…」
リリアンヌは並べられた商品へ目を向けながら、ゆっくりと進んでいった。
いつもの大噴水広場とは、まるで雰囲気が違う。
きらきら光るものが、いつもより多く売られているからだろうか。
それともみんな、白いリリィの花を身につけているからだろうか。
どこか、幻想的な景色だった。
「…可愛い」
髪飾りが並ぶ露店の前で、足を止めた。
台の上に、花の髪飾りやレースの髪紐が並べられている。
「ひぇっ…」
「あ、驚かせてごめんなさい」
私と同じ年くらいの少女が、店番をしている。
「い、いいえっ!よかったら、見ていってください!」
少女は、どうぞ!と両手を前に出した。
「お花の飾りが素敵。とても丁寧に作られているのね」
「あ、はいっ。私が作りました」
「ええっ、すごい」
髪飾りから目を離し、少女にぱっと視線を移した。
「ひゃぁっ…」
少女の肩が、びくりと震えた。
「ええと…ひとつ、買ってもいいかな?」
どうやら、怖がられてしまっている。
「も、もちろんです…」
「この、白いレースでできた髪紐。とっても綺麗」
白いレースに、小さな花の刺繍が細やかに施されている。
すぐに気に入った。
「これ、ください」
「さしあげますっ!」
リリアンヌの声に重ねるように、少女が再び両手を前に差し出した。
「いいえ、買います。こんなに手間がかかったものを、貰うわけにはいかないもの」
「だっ、駄目です!リリアンヌ様からお金を貰ったら、怒られちゃいます…!」
少女は顔を真っ赤にして、今にも泣いてしまいそうだった。
「…それなら、貰えない」
リリアンヌは、悲しそうに眉を下げた。
「リリアンヌ様、貰ってやってください」
隣の露店の女店主が、そっと会話に加わった。
「ええ?でも…」
「それ、リリアンヌ様を想像しながら縫ったんだって」
「え、そうなの?」
「ひゃぁっ…勝手に、ごめんなさい」
少女は恥ずかしそうに顔を隠した。
「それなら…なおさら、お金を払わないと」
「リリアンヌ様に貰っていただけることの方が、お金を受け取るより嬉しいんです。分かってやってください」
女店主が、困ったように笑って言った。
「…本当に?」
「…!」
少女は黙ったまま、何度も頷いた。
「……」
リリアンヌは着けていた髪紐を外し、貰ったばかりの髪紐で結び直した。
「…ね、少し、こっちに顔を出して」
そのまま、小さくなっている少女を手招きした。
「…?」
少女は戸惑いながらも、台の上に身を乗り出した。
リリアンヌは手を伸ばし、少女の肩に垂れた三つ編みに、外したばかりの髪紐を手早く結んだ。
「…ひぇっ!」
気付いた少女が、また固まった。
「取り替えっこ」
リリアンヌは、にっこり笑って言った。
「い、いいんですか…?」
「もちろん。素敵な髪紐を、ありがとう」
じゃあねと手を振り、店を後にした。
「あんた、良かったねぇ~」
「あははっ…泣くな、泣くなっ!」
「…ん?」
聞こえてきた音に気を引かれ、背後の露店からどっと上がった声には気付かなかった。




