王と英雄の対談⑥
リリアンヌ視点
「…今日は、この辺りにしておくか」
レックスは、ちらりとテラスに目を向けた。
「戻るぞ」
「玉座の間へ戻るのですか?」
リリアンヌはレックスに続き、ソファから立ち上がった。
「そうだな。ロデオが待っている」
レックスは言いながら入り口へ進み、扉を開けた。
その先に、エドガーが立っていた。
「エドガー団長…!長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」
すっかり、エドガーが待機していたことを忘れていた。
「…いえ、気になさらず」
「あの…お久しぶりです。いまさらですが」
リリアンヌは、もじりとエドガーを見上げた。
「エドガー団長…あの時は、ありがとうございました」
私を助けようと差し出してくれた手は、忘れない。
「…いいえ。あなたがお元気そうで、何よりです」
エドガーの向ける目は、優しかった。
「おい、行くぞ」
「あ、はい」
慌てて、レックスの差し出した腕に手を通した。
「お前は、そうやってひとりずつに声を掛けるつもりか」
「でも…ザンビア砦では、お世話になりました」
「なら、明日言ってやれ」
「明日…?明日も登城するのですか?」
「…ああ、それも言ってなかったな」
レックスは歩きながら、思い出したように呟いた。
「明日は、俺と大正門の上に立て。お前が目覚めた祝いをする」
「め、目覚めた祝い?」
聞いたこともない。
「当たり前だろ。英雄が目覚めたんだ」
「……」
これも…受け入れなくてはいけないのだろうか。
「民の前に出るだけでいい。貴族の相手も要らない」
「…祝宴などは、ないのでしょうか?」
「そうだ。お前は嫌がると思った」
「はい…」
素直に頷いた。
「あ…そういえば、私のちからのことはどこまで知られているのでしょうか」
公表した内容には、異形の存在を討伐したことしか触れられていなかった。
白のちからを持っていることは、まだ内緒にしなくてはいけないのだろうか。
「民には何も言ってない。お前の好きにしろ」
「えっ…?」
意味が分からず、レックスを見上げた。
「言葉の通りだ。お前が隠さないと決めたなら、好きにすればいい」
「…つまり、堂々と白のちからを使ってもいいということですか?」
「だから、任せる。好きにしろ」
「……」
霊拝師でもないのに、そこまで自由にしていいのだろうか。
「お前は、自由にさせておいた方がいいと判断した」
「…自由に、していいのですか?」
「王都での話だ。町の外へ行くなら話は違う」
レックスは、すかさず釘を刺した。
「王都でなら、これからも出かけていいと言うことですか?」
「成人するまでは、好きにすればいい」
「…成人まで」
その言葉が、なぜかちくりと落ちた。
「好きにしていいとは言っても、ひとりでは出歩くなよ」
「あ…はい。それは分かっています」
さすがに、七歳の時のようにひとりで出かけようとは思っていない。
「しばらくは、キリと行動しろ」
「…はい」
キリは、まだ帰ってきていない。
町へ行けるのは、もう少し先のことになりそうだ。
話しながら階段を下りているうちに、玉座の間の前まで戻ってきた。
入り口の手前で、父が廊下を歩き回っている。
「リリィ…!」
ロデオはリリアンヌたちに気付くと、まっすぐ近づいてきた。
「兄上、何時だと思っている!言っただろう、娘はまだ本調子ではない」
「悪かったって。ほら、連れていけ」
レックスはリリアンヌの頭に触れ、優しく前に押した。
離す前に、くしゃりと撫でた。
「あの…伯父上、今日はありがとうございました」
「また明日な」
手を上げ、エドガーと共に去っていった。
「リリィ、早く帰ろう。アヴェリーンが待っている」
ロデオは、さっと腕を差し出した。
「はい」
父も伯父も、当たり前のようにエスコートしてくれる。
少し大人になった気がして、嬉しい。
―――
「まさか、こんな遅くまでお前を付き合わせるとは思わなかった」
ロデオは、不満を言いながら馬車に乗り込んだ。
「でも、お話ができて良かったです」
こんなに長い時間、誰かと話したのは私も初めてかもしれない。
「別に、今日で一気に話さなくても良かっただろう。明日もお前は忙しい」
ぶつぶつ文句を言いながら、扉を閉めた。
ゆっくりと馬車が動き出した。
「あの、お父様。明日はお祝いと聞きましたが…」
「そうだな。町で祭りが行われる」
「そうなのですか…!?」
リリアンヌの目が、一気に輝いた。
「お父様…お祭りに行ってもいい…?」
「…キリ殿がいないなら、代わりに護衛を何人かつけることになるぞ」
「はい…っ」
それでも、駄目とは言われない。
大進歩だ。
「お前は、まだ万全ではないだろう」
ロデオは、困ったように溜息を漏らした。
「せめて今日は、早めに休むんだぞ」
「はい。そうします」
まだまだ、体は元気だけれど。
「…陛下とは、いろいろ話せたか?」
「はい。たくさんのことを話しました」
「…そうか」
「お父様」
リリアンヌは姿勢を正し、まっすぐにロデオを見上げた。
「私、何も後悔していません」
「……」
ロデオは黙ったまま、じっと娘を見つめた。
「白のちからを隠していたことですが、その…本当に、ごめんなさい」
「…いい。理由があったのだろう?」
「…はい」
父と伯父は、情報をどこまで共有しているのだろう。
分からないけれど…これだけは、伝えておきたい。
「自分がやってきたことを、何ひとつ後悔していません」
白のちからを隠し続けたこと。
マドカに代わり、加護を授かったこと。
精霊を見つけて、デューゼの森へ向かおうとしたこと。
巨大な異形の存在を倒して、三年間眠ったこと。
…人を、この手で斬ったことも。
すべて、後悔しては駄目だ。
「…だけどお父様には、たくさんご迷惑をかけてしまいました」
多くのことを隠していたせいで、父には何度も悲しい思いをさせた。
「勝手をして、申し訳ありませんでした」
「リリィ」
頭を下げようとしたリリアンヌを、ロデオは即座に止めた。
「謝るのは、私の方だ」
「…お父様が?」
「そうだ」
ロデオはそっと腰を浮かせ、娘の隣に移った。
「私がやらなくてはいけないことは、お前を閉じ込めることではなかった」
「…でも、お父様は」
「お前が外へ出ることを許したのも、キリ殿に言われてからだ。私は、お前と向き合おうとしてこなかった」
「そんなこと…ないです」
「向き合ってこなかったから…お前は、白のちからの話を私に相談できなかった」
「お父様」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「お父様、大好きです」
「…リリィ」
「私は、家族を愛しています。お父様も、お母様も、お兄様のことも」
「…もちろん、私もだ」
「お父様たちがいなければ、私は、こんなに幸せではありませんでした」
過程はどうあれ、“デューゼの森の悪夢”を防ぐことができた。
十三歳になった今も、家族が全員生きて傍にいる。
私にとって、これ以上の幸せはない。
「…お前は、幸せなのか?」
「はいっ!」
リリアンヌは、にこっと笑顔で答えた。
「私もだ」
ロデオは優しく微笑むと、そっと娘を抱きしめた。
「お前のような娘を持って…幸せだ」
父の声が、わずかにかすれた。
「お前を、誇りに思う」
「……」
そっと手を伸ばし、父の背を抱きしめた。
すごく大きく感じていた父の背中が、前よりも小さく感じた。
『自分のしてきたことに納得できなくても、後悔だけはするな』
『お前が後悔すれば、関わった者たちを傷つけることになる』
今なら…その意味が分かる。
私が言うべき言葉は、謝罪じゃない。
「…ありがとう、お父様」




