王と英雄の対談④
リリアンヌ視点
「お前に、二つほど相談がある」
「…相談ですか?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬かせた。
「ひとつは、ブルックのことだ」
「あ…はい」
そういえば、後回しにすると言っていた。
「ブルックは、すべてを認めて自白した。そのうえで死にたくないと言っている」
レックスは、ゆっくりと足を組んだ。
「正直、あいつがいなければザンビア砦で何が起こったか分からないままだった。あいつが正気だったおかげで、事件の全容が掴めた」
「…はい」
確かに…ブルックがいなければ、ヌシカがいつから関わっていたかも分からなかっただろう。
「お前は、ブルックをどう罰するべきだと思う」
「…えっ?」
「お前が、ブルックの罰を決めろ」
「ええ…?」
リリアンヌは、困惑したように眉をひそめた。
「私が決めることではありません。伯父上やルイージ宰相たちにお任せします」
「そうはいかない」
なぜか、否定されてしまった。
「操られていたとはいえ、あいつは王族を襲った。本来なら、即処刑だ」
レックスは、顔色も変えずに言った。
「はい…」
それは、分かっている。
チャンの時だって、そうだった。
「だが、ブルックは情報を提供した。酌量の余地がある」
「……」
それなら、減刑すればいい。
どうして私に意見を求めるのだろう。
「処刑を減じるとしたら、どうなるか知っているか」
「…追放でしょうか?」
つい、そんな言葉が出てしまった。
「…それでもいい。処刑しないなら、あいつは生きていることになる」
「…?…はい」
「生きていれば、いつか、お前の害になる可能性がある」
「…!」
「あいつは、お前を悪魔と罵った。そんな奴を生かしておいていいと思うか?」
「……」
リリアンヌは、困ったように黙り込んだ。
精霊信仰にとっての悪魔は、ずっと昔に存在した精霊の天敵だ。
私は、精霊の天敵。
そう言われたことになる。
それは、相当な侮蔑なのだろうけれど…
「…あの、ブルック団長は」
「もう団長じゃねぇ」
「…ブルックは、誰かを傷つけましたか?」
「身体的な意味で言ってるなら、誰も傷つけていない。傷つけられるほどの実力がないと言った方が正しい」
レックスの言葉は、容赦なかった。
「…それでしたら、情報を提供したのですし、私も情状酌量の余地があると思います。処刑する必要はありません」
「お前の害になるかもしれない奴だ」
「…あの、伯父上」
「なんだ」
「ブルックだんちょ…ブルックと、直接話すことはできますか?」
「…何の用がある」
レックスは面倒そうに顔をしかめた。
「聞きたいことがあります。もし可能でしたら、話をしたいです」
ブルックはどうして、あそこまで私を嫌っているのか。
それに…
操られていたのなら、彼はどうやって正気に戻ったのか。
「……」
しばらく沈黙が落ちた。
「…二人きりでは、絶対に無理だ」
「はい。誰かに同席していただいた方が、私も安心です」
リリアンヌは素直に頷いた。
「…準備を進めておく」
「ありがとうございます」
「礼を言われることじゃねぇ」
レックスは素っ気なく答えると、茶菓子を摘まんで口に入れた。
そういえば、せっかく準備してくれたのに何も手を付けていない。
冷めてしまった紅茶を、一口飲んだ。
「もうひとつは、精霊のことだ」
リリアンヌがカップを置いたところで、レックスが口を開いた。
「精霊王は、お前が精霊を探し続けるつもりだと言った」
「はい。そう、オーリア様にお話ししました」
「それに協力することを、精霊王は望んでいる」
「…はい」
その話をオーリアがしたことは、父から聞いている。
けれど、その前に。
「あの…伯父上は、異形の存在の正体について公表するつもりはないのですか?」
ずっと、気になっていた。
「…公表の仕方が分からない」
間を置いて返ってきた。
「そのまま伝えることは、不可能だ」
「異形の存在が“精霊のなれの果て”ということを知れば、精霊信仰が揺らいでしまいますからね」
それは、分かる。
「違う」
レックスは、すぐに首を振った。
「精霊狩りをしていた事実をそのまま公表すれば、民は王家に不信感を持つ」
「…今まで隠してきたからでしょうか?」
「精霊狩りのきっかけを作ったのは、初代セスランディア王だ」
「…そうですね」
「初代セスランディア王の愚行を、そのまま伝えることはできない。
そんなことをすれば、セスランディア王家の信頼は地に落ちる」
「……」
「俺を、情けないと思うか」
静かな声が落ちた。
「…いいえ」
もう、分かっている。
王は、国の象徴。
王家が揺らげば、国は不安定になる。
象徴は…綺麗であり続けなければならない。
汚い部分は、隠さなくてはいけない。
…けれど、そもそも。
「…歴代の王たちのことを、伝える必要はありますか?」
「それを伝えないと、精霊狩りが説明できないだろ」
「そんなことはありません」
リリアンヌは、きっぱりと首を振った。
「【真セスランディア王国記】の内容を――」
「お前、簡単にその名を出すな」
素早く遮られた。
「その書物の存在は、俺しか知らないはずだ」
「そう…でした。ごめんなさい」
「…もういい。夢で見たか、精霊王に聞いたんだろ」
「夢で見ました…」
リリアンヌは、小さな声で答えた。
「それで?」
「…あの書物は、物語調になっています」
「そうだな」
「内容を変えて、そのまま公表するのはどうでしょうか」
「…俺の話を聞いていたか?」
レックスは呆れたように目を細めた。
「あれこそ、歴代の王の愚行がそのまま書かれているものだ」
「ですから、そのまま伝える必要はないのです」
リリアンヌは姿勢を正し、はっきりと言った。
「事実と嘘を織り交ぜて、ひとつの物語として公表するんです」
突然、精霊王は実在すると公表されても受け入れにくいだろう。
それなら、物語を作ってしまえばいい。
過去の人間たちが何を行い、その結果、何が生まれてしまったのか。
どれだけ現実離れした話だとしても、異形の存在は実際にいる。
異形の存在の正体を、民たちは知るべきだ。
「…物語か」
レックスは、ぽつりと繰り返した。
「慎重に考える必要がある」
「はい。今日は一日空いていると、先ほどおっしゃいました」
「…俺も考えるのか?」
「はい。一緒に、考えてください」
リリアンヌは、にこっと微笑んだ。
「…お前、三年寝て図太くなったな」
呆れた顔を向けられている。
「…ですが、私はもともとこういう性格です」
国王相手に、遠慮がなさすぎただろうか。
「…そうだな。お前とこんな長い時間、話したことなどなかった」
レックスは、ふっと笑みをこぼした。
「お前どころか、誰ともねぇ」
「ルイージ宰相ともですか?」
「なんでそこでルイージの名が出てくんだ」
「一番、仲が良いのかなって」
「気色悪いこと言うな」
なぜか、顔をしかめられてしまった。
それなら一体、誰と一番仲が良いのだろう。
「それで?考えるんだろ」
「そうですね…初代セスランディア王の部分は、聖典の内容を使いましょう」
頭の中で、聖典の内容を思い浮かべた。
「この地を平和へ導いたことは、そのまま残して…」
「お前は、嘘を交ぜることに抵抗がないのか」
「えっ?」
「正直に言えと、お前は怒るかと思ったが」
レックスは、まっすぐに目を向けていた。
「…私は、精霊の存在を多くの人に知ってほしいと思っています」
リリアンヌは、ゆっくりと答えた。
「異形の存在の正体も、知ってほしい。そのためには、人族が精霊狩りをしてきた歴史を知ってもらわなければいけません」
「そうだな」
「それ以外は…こだわりはありません。
過去の王たちが、英雄なのか愚王なのか。その事実は私にとって、どうでもいいです」
精霊狩りを行ったのは、セスランディアの王だけではない。
世界中の人々だ。
「…どうでもいいか。手厳しいな」
「言葉が過ぎました。ごめんなさい」
すぐに頭を下げた。
「言葉を選ぶな。お前は、俺に何を言ってもいい」
「……」
そういうわけにはいかないだろう。
「それで。初代セスランディア王を持ち上げた後は?」
レックスはまた茶菓子を摘まみ、ぱくりと食べた。
どうやら、一緒に考えてくれる気はあまりないらしい。




