王と英雄の対談③
リリアンヌ視点
「…一度、話を変えるか」
レックスは、静かに続けた。
「白のちからの使い方を、どうやって知った。お前は、初討伐の時にも五十人近くを治してみせた」
「…白のちからを持っていると分かった時から、城下町で使っていました」
リリアンヌは、白状するように答えた。
「町で霊拝師以外が白のちからを使えば、すぐに噂は広まる」
「正確には、貧民区にある薬療院です。元霊拝師の方に、白のちからの使い方を教えてもらいました」
「それでも同じだ。貧民区で使えば、より噂は広まる」
「……」
そうだ。
広まりかけた。
それで、人攫いの騒ぎになった。
ナイジェル隊長は…本当に、この件を収めてくれたようだ。
彼とギタンがいなければ、もっと大ごとになっていただろう。
「…元霊拝師の方に協力してもらって、隠していました。その方のもとで、薬の作り方も学びました」
「薬もか」
「私が、その方に無理を言って頼みました。ですから」
「罰する気はねぇよ」
すべて言い切る前に、答えが返ってきた。
「…ですが、それも七歳の時までです」
キリが来てから再び薬療院に行けるようになったけれど、
その話を今する必要はない。
「加護を授かってからは、毎日、スノウに白のちからを送っていました」
「高く跳んでいたのは、お前自身のちからか」
「あ…はい、そうです。跳躍のちからは、白のちからと同じく、もともと持っていました」
ザンビア兵と戦った時、何度も使った。
ブライアンが報告したのだろう。
「戦えた理由は」
「…その薬療院に、元騎士の方が住んでいました。その方に…少しだけ、剣術を教えてもらいました」
ギタンの名は出したくないけれど…
調べられたら、分かることだ。
「そうか」
「……」
やけにあっさりと引いた。
ひとりで貧民区に行っていた件も、もっと怒られると思ったのに。
「白のちからに、跳躍のちからか。さらにお前は、能力増幅のちからを持っている」
「…あっ」
「あ?」
「スノウのちからは能力増幅ではなく、吸収のちからだそうです」
そういえば、その話をまだしていなかった。
「加護を授けた者のちからを吸収して、自分で解放したり、人を介して解放したりできるそうです。人を介した方が、より強いちからになるようです」
「その精霊がちからを使うところを俺が見たのは、アランフォースが地下で扉を外した時と、アイラがお前を治した時の二度だ」
「…え?アイラ様が私を治したとは、どの時のことですか?」
「巨大な異形の存在を消した後の話だ。援軍で来ていたアイラが、お前に白のちからを送った」
「そうだったのですね…」
本当に、アイラには頭が上がらない。
「その時に、お前の精霊がアイラを光で包んだ」
レックスが、スノウを指さした。
「それが、吸収のちからです。私から吸収してきた白のちからを、スノウがアイラ様を介して解放したのです」
「誰を介しても解放できるのか?」
「いいえ。同じちからを使える者にしか解放できないそうです」
ただし、私自身が信頼している人にだけ。
「吸収できるちからは、加護を持つ者のものだけか」
「はい、そうです」
「アランフォースも加護を宿しているから、あいつを介して解放できたわけか」
「!…それを、ご存知なのですね」
「精霊王が現れた時に言った」
「…そうですか」
それなら、その場にいた人たちはみんな知っているのだろうか。
なんだか、気恥ずかしかった。
「とにかくお前は、三つのちからを持っている」
「……」
正確には…あと、ひとつ。
「何かあったら、すべて言え」
レックスは、すかさず付け足した。
「躊躇うな。俺を、信じろ」
「…!」
はっと、顔を上げた。
レックスは、ずっと本気だ。
私の言葉を信じて、まっすぐ返してくれている。
それに――正直に話すと、決めた。
「私は…ヌシカから、攻撃を受けました」
リリアンヌは、そっと自分の左肩に触れた。
「そうだな。アイラでも傷跡を消せなかったと聞いている」
「この攻撃を受けたことによって、私も、黒のちからを使えるようになりました」
「…あ?」
「私は絶対に、人へ瘴気を送りません」
言われる前に、慌てて言葉を重ねた。
「そんな心配はしてねぇよ」
レックスはわずかに眉をひそめた。
「お前自身に、害はないのか」
「…分かりません」
「精霊王は教えてくれなかったのか」
「…時間をくれと、言われました」
どうやら、私が眠っている間にオーリア様と会っていたことも知られているようだ。
「その言い方だと、害がありそうだな」
『君に…一生の枷を、負わせてしまった』
「…分かりません」
…まだ。
まだ、分からない。
「精霊王から聞いたら、必ず俺に教えろ」
「分かりました」
素直に頷いた。
「白のちから、黒のちから、跳躍のちから、吸収のちから」
レックスは、淡々とリリアンヌの持つちからを挙げていった。
「お前は、四つのちからを持っていることになるな」
「はい…そうです」
そのうち二つは、後天的なものだ。
「それが、どれほどすごいことか分かるか」
「ええと…はい」
特別なちからを、ひとつ持っているだけでも珍しい。
四つも持っているのは、恐らく人族の中では私だけなのだろう。
「さらにお前は、異形の存在の大群が国を半壊する未来を防いだ」
「…夢の話です」
「いや、それは予知夢だ。すべて辻褄が合う」
「……」
すべてとは、スノウを見つけたことを指しているのだろうか。
何の辻褄が合うのだろう。
「その未来を防いだうえに、巨大な異形の存在を倒してみせた」
レックスは返事を待たず、続けた。
「まだ、英雄と呼ばれるに足りないか?」
「…!」
「それだけのことをして、英雄と呼ばれることに抵抗があるのか?」
「…あ」
『お前には、分からせる必要があるな』
どうして、私が英雄なのか。
ひとつずつ、自分のやってきたことを示してくれた。
「…ですが」
リリアンヌは、そっとレックスから目を逸らした。
「ですが、自分のやってきたことが百点満点だったとは思えません」
白のちからを持っていることを、隠さなかったら。
もっと、加護のちからを早くから使っていたら。
ヌシカの存在に、気付けていたら。
挙げれば、きりがない。
終わったことを考えても意味がないとは分かっているけれど、
できたことはもっとあったかもしれないと、どうしても考えてしまう。
「納得できないところが多くあります。ですから――」
「それはお前だけじゃねぇ。誰もが自分自身に納得できていない」
レックスは、かぶせるように言い切った。
「自分のしてきたことに納得できなくても、後悔だけはするな。
お前が後悔すれば、関わった者たちを傷つけることになる」
「…傷つける?」
リリアンヌは、そっと首を傾げた。
「お前は、誰も頼れなかった。今まで、誰も信用できなかった」
「…!違いますっ…!」
思いきり、首を振った。
「…分かってる。お前は、誰も巻き込みたくなかった」
「…はい」
今度は、こくんと頷いた。
「それなのに、お前は見返りも求めず皆を助けた。なぜだ?」
「…なぜ?」
そんなの、当たり前だ。
「誰もが……私にとって大切だからです」
「そうだな。俺たちにとっても、お前は大切だ」
「…!」
まっすぐな言葉が、胸の奥まで届いた。
「お前は、巨大な異形の存在を倒した代償として三年も眠る羽目になった」
レックスは、たたみかけるように続けた。
「お前を護れなかったと、悔やんでいる者がいる。そう言われたら、どう思う」
「いいえ。たくさん護ってもらいました」
リリアンヌは、きっぱりと言った。
「異形の存在を倒して三年間眠ったことは、後悔していません」
みんながいなかったら、私は、あそこで死んでいただろう。
それか、瘴気に飲み込まれていたかもしれない。
そうなったら、異形の存在を倒せなかった。
護れなかったなんて、思ってほしくない。
「そう。それでいい」
レックスは、深く頷いた。
「できなかったことばかりを見るな。倒したという事実を受け入れろ」
「…!」
…ああ。
やっと、分かった。
「私は…自分のやったことに、胸を張るべきなのですね」
私が胸を張らなければ、護れなかったと悔やみ続ける人がいる。
知らずにまた、誰かを傷つけてしまうところだった。
私は、“デューゼの森の悪夢”を防いだ。
精霊たちと協力して、巨大な異形の存在を倒してみせた。
そのことを、自分自身が誇りに思うべきだ。
「そうだ」
レックスは、わずかに笑みを浮かべた。
「終わったことより、俺とこれからの話をしよう」




