王と英雄の対談②
リリアンヌ視点
「他に聞きたいことはあるか」
レックスは、ソファに身を沈めたまま尋ねた。
「……」
もう、ザンビア砦の話は終わりなのだろうか。
でも、まだ気になることもある。
特に――
「…なぜ、私は英雄なのでしょうか?」
リリアンヌは、困惑するように首を傾げた。
確かに、異形の存在を消し去った。
けれど、それ以外は何もできなかった。
できなかったどころか…ヌシカを怒らせたのは、私だ。
それに…私がもっと早く正気に戻っていれば――
「お前には、分からせる必要があるな」
レックスは、すっと目を細めた。
「な、何をでしょうか?」
思わず、ぎくりと肩が強張った。
「今度は、俺が質問する番だ」
「…はい」
まだ、質問の途中だったのに。
「お前は、いつから精霊の存在を知っていた?」
「……」
いきなり、答えづらいところを尋ねられてしまった。
できる限り、正直に答えたい。
それでも…ここは“物語”の世界です、なんて話したくはない。
そうなると…
「…幼少期からです」
オーリア様の時と、同じように話そう。
「幼少期に、私はいくつかの夢を見ました。そのひとつが、スノウに関することでした」
「…どういったものだ」
笑い飛ばさず、真剣に聞いてくれている。
「スノウが…王城内で、少女の霊拝師に見つけられる夢です」
立入禁止区域の聖樹で見つけた話も…できない。
「ブライアン様の十四歳の誕生祭の日に、少女の霊拝師が王城で精霊を見つけ、加護を授かる。そういった夢でした」
「霊拝師の中に、少女と呼べる年齢の者はいない」
「…分かっています。誕生祭の当日に、そのことをアイラ様に聞きました」
当時のことを思い出しながら、ゆっくりと話した。
「私は…自分の夢が本当かどうか、確認しに行きました」
そうして――
「精霊は、本当にいました」
「お前は、温めたら加護をくれたと言ったな」
「…それは、嘘です。白のちからを送りました」
ごめんなさいと、頭を下げた。
「白のちからは、いつから使えた?」
レックスは構わず質問を重ねた。
「六歳の時に、白のちからを持っていると知りました」
「なぜ、すぐに報告しなかった」
「見た夢のひとつに…」
ぐっと、口を噤んだ。
「ひとつに、なんだ」
「…身近な人が亡くなるものがありました」
その中にあなたもいました、とも言えない。
「詳しく聞かせろ」
「聖セスラ暦881年一の月に、デューゼの森から瘴気が溢れ出て、異形の存在の大群が生まれるという夢です」
オーリア様が瘴気に飲み込まれてしまう話は、もう防いで終わったことだ。
あえて、名前を出す必要はないだろう。
「異形の存在の大群は王都までやってきて、国を半壊させました。…夢の中では、大勢の方が亡くなっていました」
「その中に、身近な者がいたということか」
「…はい」
リリアンヌは目を伏せ、小さく頷いた。
「スノウが王城にいた夢は、実際に起こりました。
それなら、異形の存在の大群が王都を襲う夢も、きっと現実になるのだろうと思ったのです」
「国が半壊したと言ったな。夢では、異形の存在の大群はどうなった」
「先ほどお話した少女の霊拝師が、スノウのちからを使って消し去りました」
「異形の存在の大群をか?」
レックスはわずかに眉を寄せた。
「はい、そうです。その代償として少女は長い間眠ることになって、スノウは、ちからを使いすぎて消えました」
「それでお前は、頑なに加護のちからを使いたくないと言っていたのか」
「…はい」
私の話を、信じてくれているのだろうか。
「その少女は、なぜ現れなかった」
「…分かりません」
リリアンヌは、静かに首を振った。
「ですが、異形の存在の大群が現れる夢が現実になるなら…その少女がいない以上、代わりに加護を授かった私が何かする必要がありました」
予想していることは…ある。
マドカは、私と同じように“物語”の記憶を持っているのかもしれない。
自身の辿る運命を知っていたから、現れなかった。
そう考えたら、しっくりくる。
「もし私が、その少女のように異形の存在の大群を消したとしても、身近な人たちは亡くなってしまいます。私は、それをなんとかしたかった。大聖堂に入ったら、何もできないと思ったのです」
マドカの話は…もう、いい。
どこかで無事に暮らしていてくれれば、それでいい。
「それが、白のちからを隠してきた理由です。ずっと隠してきて、申し訳ありませんでした」
もう一度、深く頭を下げた。
ようやく…打ち明けることができた。
きっと、これから罰を受けるのだろう。
けれど今は、肩が軽くなった気がした。
「他には」
「えっ?」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「いくつかの夢を見たと言っただろ。他に、何を見た」
レックスは、まっすぐな目を向けていた。
「……」
信じて…くれている。
…でも。
「あとの夢は、国が半壊した後のものです。その未来が変わった以上…きっと、現実には起こりません」
私が異形の存在になってしまう未来は――
うまく、説明ができない。
「王城の地下に精霊がいたことは、知らなかったのか」
「はい。それは本当に、オーリア様が教えてくださったことです」
ああ…そうだ。
ひとつ、現実に起こったことがある。
「ヌシカが異形の存在になってしまうことは、夢で知っていました」
「……」
レックスは、ぴくりと目を細めた。
「状況も時期も、違いましたが…」
「状況とは?」
すかさず質問が飛んできた。
「ヌシカが異形の存在になってしまうのは、今から五年後のはずでした。
それに夢でヌシカが現れたのは、ザンビア砦ではなくて王都のすぐ近くでした」
「だいぶ違うな」
「私が、オーリア様とお会いすることになったのが…大きく変わった理由だと思っています」
わずかに、言葉に詰まった。
「ヌシカは、お前に嫉妬していた」
「そう…ですね」
『オーリア様は、私だけのものだ』
「そのせいで…ヌシカは大勢を操って、異形の存在になってしまった」
『お前が精霊を見つけたせいで、多くが巻き込まれた』
『お前がまた、すべてを狂わせた』
私の、せいで。
「違う」
鋭い声が、思考を遮った。
「言っただろ。ヌシカは、もともと人族を恨んでいた。ああなったのは、先人どものせいだ」
「……」
「放っておいても、ヌシカは異形の存在になったんだろ?時期が早まっただけだ」
「…はい」
「おい、よく聞け」
レックスはソファを軋ませ、身を乗り出した。
「お前だけのせいじゃねぇ。人族全員のせいだ」
「……」
リリアンヌは、ゆっくりと伏せた目を上げた。
「正確には精霊狩りを行ってきた者と、それを見て見ぬふりをしてきた奴らのせいだ。つまり、その責任を最も負うべきは、俺を含めた歴代の王どもだ」
レックスは、まっすぐに言い切った。
「それでもお前が責任を感じるようなら、俺も背負う。ヌシカが異形の存在になったのは、俺たちのせいだ」
「…っ」
ぎゅっと、固く目を瞑った。
違う。
違う――




