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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十一章/帰ってきた少女
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王と英雄の対談①

リリアンヌ視点



「まずは…そうだな、お前が聞きたいことからにするか」


レックスはソファに身を沈め、ゆったりと切り出した。



「何を尋ねたい?」



「……」


そう言われてしまうと…


何から聞こうか――



「…三年前のことを」


ぽつりと、呟いた。



「三年前、ザンビア砦で起こったことを、すべて教えてください」


まずは、そこからだ。



「ロデオから聞いていないのか?」



「いいえ。おおよそのことは聞きました。…事実として、教えられていることは」


リリアンヌは右手をぎゅっと握り、まっすぐ顔を上げた。



「本当は何が起こったのか、知りたいのです」



「……」

レックスは黙ったまま、じっとリリアンヌを見つめた。



「その…聞いてはいけないことでしたら――」



「いや、なんでも聞け」



「…それなら、お聞きしたいのですが」


どこか、言い渋られているような気がする。



「お前が予想していることを言ってみろ」



「……」


尋ねてもいいけれど、答えてくれるわけではないようだ。



「…お父様からは、スワハマ大教主とレオ砦長が共謀して今回の騒動を起こしたと聞いています」


リリアンヌは、言葉を選びながら答えた。



「精霊を手に入れるために、私たちを襲ったと」



「そうだな」

レックスはすぐに頷いた。



「その時点で、もうヌシカが関わっていたのではないでしょうか?」



「……」


今度は、頷いてくれなかった。


順を追わないと、教えてくれないのかもしれない。



「ええと…ヌシカは、“黒のちから”を持っていました」



「…黒のちから?」

レックスは、ぴくりと眉を動かした。



「…はい、瘴気を操ることができるちからです。

そのちからを使って、スワハマ大教主やレオ砦長たちを操ったのかと思ったのです」


どうやら、黒のちからのことは知らなかったようだ。



「…それから?」



「それから…スワハマ大教主と聖守護騎士団(サークラグラディウス)の騎士たちが抜け道を使って、ザンビア砦に先回りしたとのことでしたが……あ」


はっと、言葉を止めた。



「あの…抜け道の件。気付いていたのに報告しなくて、申し訳ありませんでした」


町外れの森でキリと見つけた大木の穴は、王都の外へ繋がる抜け道ではないか。


そう思っていたのに、結局、誰にも報告しないまま出立してしまった。


あの時誰かに伝えていれば、もしかしたら――



「いや、あれはアランフォースが悪い」

レックスはきっぱりと言った。



「えっ?」



「アランフォースが悪い。お前は悪くない」



「……」


何か、聞いていたのだろうか。


手紙の件を…



「続けろ」


尋ねる前に、促されてしまった。



「…聖守護騎士団もザンビア兵たちも、ヌシカに瘴気を送られていたと私は思っています」


リリアンヌは、ひと呼吸置いて続けた。



「砦に私たちが着いた時には、全員、すでに瘴気により操られていた。…違いますか?」



「……」

再びレックスは黙り込んだ。


今度は、何か考えているようだ。



「…現れたヌシカは、すでに精霊のなれの果て(ウァヌスプーパ)だった」

やがて、低く口を開いた。



「えっ…」


話を、変えられてしまった気がするけれど。



「その言葉を、伯父上は知っていらしたのですか?」



「いや、あの日、精霊王が皆の前で語った。

“精霊のなれの果て”は、瘴気に飲み込まれると異形の存在(ゼノプーパ)となる。そう聞いている」



「はい…あの巨大な異形の存在は、ヌシカだった」


すべては、“精霊のなれの果て”に落ちたヌシカが仕組んだことだった。



「ヌシカは、元から人族を深く恨んでいた」


レックスの声が、鋭くなった気がした。



「それを理解したうえで、俺の話を聞け」



「…?はい…」


すでに、話は聞いているけれど。



「お前の言う通りだ。ザンビア砦にいた人間は、ヌシカに操られていた。

だが、瘴気を使われていたとは初めて知った。ようやくあいつらが虚ろ人となった理由が分かった」



「…え?」

リリアンヌはわずかに眉を寄せた。



「スワハマは事件後、虚ろ人となった。ブルックの証言で、俺たちが王城の地下を探索した日から操られていたことも明らかになっている」



「そう…だったのですね」


そんな前から操られていたなんて…



瘴気に飲み込まれてしまった人間は、虚ろ人となる。


虚ろ人は…白のちからでは、治せない。



「瘴気で人が操れたのか。初耳だな」



「…私も、オーリア様から聞いて知りました」


リリアンヌは目を伏せ、そっと答えた。



「それに…私も、ヌシカに瘴気を送られました」



「そうだな」



「…知っていらっしゃったのですか?」



「操られていた時のことを、お前は何も覚えていないのか?」

レックスは何気なく尋ねた。



「…誰かを攻撃してしまったことは、覚えています」


瘴気を送られた時の記憶は、おぼろげだ。


操られたというより、自分の感情に飲み込まれていた。


目は見えていたのに、何も見ようとしなかった。



「それに…瘴気を送られる前に人を殺めたことも、覚えています」


もう…そのことは、知られているのだろう。



「そうだな」

レックスの声は、どこか優しかった。



短い沈黙が流れた。



「…あの」

リリアンヌは小さく息を吐き、顔を上げた。



「皆様は、どうなったのでしょう」



「皆様とは?」



「被害の状況を、教えてください」


父からは、国王直(フィデリス)属騎士団(グラディウス)の騎士たちは無事だったと聞いている。


聖守護騎士団(サークラグラディウス)とザンビア兵は、多くが亡くなったと聞いた。


具体的な犠牲者の数は、何も聞いていない。



「国王直属騎士団は、無事だった」


父と同じような答えが返ってきた。



「……」


リリアンヌは何も言わず、次の言葉を待った。



「…死亡が確認されたザンビア兵は、六百人だ」

やがて、レックスが答えた。



「六百…!?」


あの砦の中に、そんなにザンビア兵がいたなんて。



「レオは、各所からも兵を集めていた。無事だったのは、二十八人だけだ」



「……」



「その二十八人も全員、虚ろ人となった」



「……」


微かに震えた右手を、さっと左手で押さえた。



「…聖守護騎士団の騎士たちは、どうだったのですか?」



「…生き残りは十一人だ。ひとりを除いて、同じく虚ろ人になった」

レックスは視線を落としたまま、静かに答えた。



「虚ろ人にならなかった方が、ひとりいらっしゃるのですね?」



「ブルックだ」



「…!」



『この、悪魔め』



「ブルックの件は、後でまた話す」



「…?分かりました」


後回しにする意味は分からないけれど、まだ聞きたいことはある。



「…スワハマ大教主とレオ砦長は、どうなったのでしょうか」


二人は首謀者だけれど、操られていただけだ。


虚ろ人となった後、どういう扱いとなったのだろうか。



「レオは、戦いの最中に死んだ」



「…そうですか」


レオとは、ほんの数言しか言葉を交わしていない。


けれど、顔ははっきりと覚えている。


あの眼鏡の騎士は、もう――



「スワハマは、精神を病んだという名目で大教主の座を退いた」



「え?」



「スワハマとレオが共謀したことは、一切公表していない」



「あ…そうですね」


そうだった。


世間には、ザンビア砦に異形の存在が現れて討伐したことだけを公表している。


そうなると、スワハマを処分するのは不自然だ。



「…そうですか」


スワハマは、生きている。


なぜか――どこかで、ほっとしている自分がいた。



「同じく、精霊のことも何も公表していない」



「あ…ええと、見つけた精霊たちのことでしょうか?」



「精霊王のことも、ヌシカのこともだ」


つまり、精霊に関すること全部だ。


ヌシカが異形の存在になったことも伝えられていないのだろう。


…でも。



「…伯父上が精霊三匹を抱えていたところを、多くの文官に目撃されています」



「そうだな」



「まだ、王城にいることになっているのですか?」



「いや、ひとつの噂を流した」

レックスは淡々と答えた。



「お前が異形の存在を討伐した時に、その精霊三匹が協力した。

討伐が終わると同時に、どこかへ消えた」



「……」


それなら、ほとんど事実だ。



「だが、それは城内だけの噂だ。町の者は、一切精霊の話を知らない」



「まだ世間には、スノウの存在しか知られていないのですね」


下手にオーリア様やヌシカの名前を出しても、誰も信じない。


私も賛成だ。



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