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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十一章/帰ってきた少女
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英雄の登城②

リリアンヌ視点



玉座の間の前でも同じように、使用人が深々と頭を下げて自分たちを出迎えた。


開け放たれた扉を、エラドリオール親子がくぐっていく。



「…!」


レックスは、玉座にいなかった。


玉座の前の段を下りた、王へ挨拶する場所になぜか立っている。


ブライアンとルイージがその脇に立ち、小さく頭を下げていた。



その三人の後ろに、国王直(フィデリス)属騎士団(グラディウス)の騎士たちがずらりと並んでいる。


近衛隊と同じように、全員が剣を胸の前に掲げ、目を伏せていた。



国王だけが、まっすぐにこちらを見つめていた。



「…っ」


リリアンヌは父の腕をぎゅっと両手で掴み、隠れるように後ずさった。



「…おいで」


ロデオは優しく囁くと、娘を連れてゆっくりと進んでいった。


国王の前で、二人は足を止めた。



「――リリアンヌ・エラドリオール」


レックスは、低く口を開いた。



「貴女は、命を賭して国を護った。民を代表して、礼を言う」


厳かな空気の中、その声がよく響く。



「国を救ってくれたこと、感謝する」


感謝の言葉を重ねると、静かに目を伏せた。


そのまま、口を閉ざした。



「……」


リリアンヌは、困ったように父を見上げた。


ロデオは、促すように手を向けた。


私が、何か言えということだろう。



「…陛下、おやめください」


静かな玉座の間に、小さな声が落ちた。



「……」


何も返ってこない。



「伯父上、こんなことはやめてください…!」


こんな時まで呼び方なんて、どうでもいいだろうに。



「大事なことだ」


顔を上げたレックスの表情は、いつも通りだった。



「体は、平気なのか」



「はい、この通り元気です。アイラ様が、毎日白のちからを送ってくださったおかげです」


リリアンヌは父の腕から手を離すと、カーテシーのお辞儀をした。



「伯父上、大変失礼しました…お久しぶりです」


まだ、挨拶もしていなかった。



「…ブライアン様、ルイージ宰相も、お久しぶりです」


そのまま、レックスの脇に立つ二人へ視線を向けた。



「久しぶりだな、リリアンヌ」

ブライアンが、さっと顔を上げた。



体つきが変わっている。


背丈も伸びて、まるで別人みたいだ。



じっと見ていると、微笑んでくれた。


その笑みは、前よりもずっと大人びて見えた。


どこか自信に溢れていて、凛々しく見える。



「思った以上にお元気そうで、安心しました」


ルイージは、変わらなそうだ。



いや…どことなく、やつれている。


忙しかったのだろうか。


目が合うと、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。



「……」


リリアンヌは、目を伏せる騎士たちへ視線を移した。



エドガー団長が、生きている。


フーリンも、リックも、シャルも、ムロバンも、見覚えのある騎士たちも…



自然と、ひとりの騎士へ視線がいった。


他の騎士たちとは違う大剣を、片手で胸の前に掲げている。


燃えるような赤い髪は、前よりも伸びていた。



三年ぶりだ。


やっと、会えた。



「ホ~…!」


「あっ…」


リリアンヌの小さな声に、並ぶ騎士たちが、ぱっと顔を上げた。


スノウはリリアンヌの肩から離れると、迷いなくひとりの騎士のもとへ向かっていった。



「ホ~」


スノウはその騎士の頭の上をぐるりと回り、静かに肩へとまった。


騎士はちらりと肩へ視線を送ると、その目をまっすぐリリアンヌへ向けた。



「…っ」


ぎゅっと、言葉に詰まった。


その灰色の瞳を見ただけで、胸がきつく締めつけられた。



「…おい、こっちを見ろ」



「あ…は、はい」

リリアンヌは、はっと視線を正面に向けた。



「俺との話を進めてもいいか」

レックスが、目を細めて見やっていた。



「その…ごめんなさい」


一気に、恥ずかしくなった。



「お前は、変わらなさそうだな」



「起きたら、三年経っていただけですから…」


目を伏せ、もじもじと小さな声で言い訳した。


自分の中で、ザンビア砦での出来事はついこの間の話だ。



「…そうだな。お前は、三年間も眠っていた」



「え…?はい、そうです…」



「そのわりには、しっかり歩けているな」



「はい。やっと杖がなくても歩けるようになりました」


リリアンヌは足元に目を落とし、その場で足踏みしてみせた。



ヒールは転びそうだから、踵の低い靴を履いているけれど、


きっと跳躍のちからも、もう問題なく使えるだろう。



「元気なら、行くか」



「えっ、どこに?」


脈絡のない言葉に、思わず素の声で尋ねた。



「兄上。娘は、まだ本調子ではない。くれぐれも無理をさせるなよ」

ロデオがさっと口を挟んだ。



「分かってる」



「…えっ」


レックスはリリアンヌに近づくと、腕を差し出した。



「……」

恐る恐る、差し出された腕に手を通した。



「行くぞ」


手を通した瞬間、レックスは扉の方へ足を向けた。



「えっ…え?」


感動の再会も、何もない。


後ろを振り向くと、まだ全員がこちらを見ていた。



「す、スノウ、行くよ…っ」


それだけ言うのが、精いっぱいだった。



「…ホ~」


スノウが、騎士たちの中から、ぱたぱたと飛んできた。


エドガーだけが、自分たちについてくるようだ。



再び前を向き、連れて行かれるがままに玉座の間を後にした。


レックスは廊下を進むと、何も言わずに近くの階段を上がっていった。



「…伯父上」


リリアンヌは、困惑の表情でレックスを見上げた。



「これから、どこへ行くのでしょう?」



「安心しろ。城からは出ない」



「……」


答えになっていない。



黙々と、階段を上がっていく。


途中ですれ違った近衛隊兵や使用人たちが、深々と頭を下げた。



「…あの、伯父上」



「なんだ」



「すれ違う方たちが…私に、頭を深く下げます」



「そうだな。当然だ」



「…前のようには、していただけませんか?」



「分かった」



「……」


なんだろう。


何か、すごく違和感がある。



まず、レックスとの距離感はこんな近くなかったはずだ。


並んで歩くなんて、初めてだ。



それに…とても気を遣ってくれている。


まだ本調子じゃない私に歩調を合わせてくれているし、そっと手助けもしてくれている。



そういえば…何も考えず、腕に手を通してしまったけれど。


国王にエスコートされるって、とんでもないことではないだろうか。



レックスは階段を上がりきると、足を止めることなく廊下を進んでいった。


廊下は短く、つき当たりが見えている。


半分ほど進んだところで、ひとつの扉の前で足を止めた。



中は、広い客間だった。


内装も家具も、洗練された白で統一されていて美しい。


中央に置かれている二脚のソファだけが、深紅で染まっている。


室内の端には緩やかな螺旋階段があり、上にもまだ部屋がありそうだ。



部屋の奥半分が、開け放たれたテラスになっている。


テラスにもテーブルと椅子が置かれ、寛げる場所があった。


まるで、屋上庭園のようだ。



「城下町が望める」


レックスは、まっすぐテラスまで進んでいった。



「わぁ…!」


リリアンヌはレックスから離れ、テラスの端の手すりに手をついた。



城下町が、よく見える。


エラドリオール邸の窓からも見えるけれど、それよりももっと広く望める。



第二城壁の大正門も、その先にある王道や中央市場も…


向こうの方角に、シルヴィアたちのいる薬療院があるのだろうか。


こうやって見ると、本当に大きな町だ。



「この部屋からしか、城の最上階に行けない」



「そうなのですね」


リリアンヌはレックスの視線に合わせ、室内に顔を向けた。



螺旋階段の上には、大きな扉がある。


あそこから最上階に行けるのだろう。



「あの扉の先には二つ部屋がある。ひとつは、景色が望める浴室だ」



「へぇぇ…!」


それは、とても羨ましい。


露天風呂のような感じだろうか。



「もうひと部屋には、ベッドを置いてある」



「そう…なのですね?」


ここは、国王の使う部屋なのだろうか。


だから説明をしてくれているのだろうか。



「お前に、やる」



「…やる?」



「この階にある部屋をすべて、お前にやる。自由に使え」

レックスは室内に目を向けたまま、平然と言った。



「…えええ!?」


驚く声が、響き渡った。



「ど、どうしてですか…?」


そんなことを言われても、エラドリオール邸からまだまだ出る気はない。



「俺の自己満足だ。気にするな」


レックスはそれだけ言うと、室内に戻っていった。


そのまま、深紅のソファにどかりと腰掛けた。



「失礼します」


使用人たちが、台車を押して入ってきた。


国王の前のテーブルに、次々とカップや茶菓子を並べていく。



「リリアンヌ殿下、紅茶でよろしいでしょうか」



「あ…は、はい」


慌てて頷き、ソファの方まで戻っていった。



あっという間に、使用人たちは準備を終わらせた。


台車を運んで出ていく時に、扉の向こう側に立つエドガーがちらりと見えた。



「……」



「座れ」

レックスは片足を組み、対面のソファを指さした。



「…はい」

リリアンヌは困惑したまま、ソファに浅く腰掛けた。



一体これは、何の時間なのだろうか。


目の前では、国王が紅茶をすすって寛いでいる。



「…あの」



「なんだ」



「何が…どうなっているのでしょう」


まるで、浦島太郎の気分だ。



三年ぶりに登城したら、みんなに頭を下げられた。


英雄と言われ、国王に礼を言われた。


王家の人や宰相以外、誰も私に話しかけない。


…化け物とでも、怖がられているのだろうか。



「どうなっているも何も、お前は国を救った英雄だ」



「それは…もう、聞きました」

つい、不貞腐れた声が出てしまった。



「その英雄が目覚めた。当然、皆がお前に敬意を払う」



「……」


一旦、聞くのを諦めよう。


まだ、分からないことだらけだ。



「伯父上…私は、どうしてここでお茶をしているのでしょうか?」


まず、目の前のことから片付けていこう。



「お前と、二人で話がしたかった」


レックスは、静かにカップを置いた。



「今日は、一日空けている。俺に付き合ってくれないか」



「…ひぇ」


思わず、喉の奥が鳴った。


私のために、国王が一日空けている…?



「お前も、聞きたいことがあるだろ?」



「…はい」


それは、たくさんある。



「俺も、お前に聞きたいことが山ほどある」



「…はい」



「そう、警戒するな」


レックスは、ふっと口角を上げた。



「俺と、腹を割って話そう」



「……」


レックスと二人で話すのは、王城の地下探索をして以来だ。


いや、二人きりの空間で話すのは初めてだ。


すごく緊張するけれど――



『俺を、信じられるか?』



見つけた精霊たちを、本気でデューゼの森まで連れて行ってくれようとした。


異形の存在が現れた時、私を援軍のもとへ転移しようとしてくれた。


国王自身は、最前線で戦っていたというのに。



「…分かりました」


それに、私も変わると決めた。


いつまでも隠したままでは、駄目だ。



もう、分かっている。


目の前の国王は――私の、味方だ。



「すべて、正直に話します」



「良い返事だ」


レックスは、満足そうに笑みを浮かべた。



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