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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十一章/帰ってきた少女
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英雄の目覚め②

リリアンヌ視点



「失礼します」


ニアが、桶と手拭いを持って部屋に戻ってきた。



「あなた、サイラス。一度出てくださいな」



「ああ、そうだな」


「リリィ、またあとで来る」


ロデオとサイラスが、部屋から出ていった。



「お嬢様~!もう、ほんっとうに良かったです~!」


扉が閉まると同時に、ニアがベッドの脇まで勢いよくやってきた。



「心配をかけて、ごめんなさい」



「本当ですよ~!さ、体を拭きますよ」



「ニア、私にも一枚貸して頂戴」



「そんな、お母様…」



「あら、あなたが眠っている間もやっていたのよ」


アヴェリーンは手拭いを受け取ると、リリアンヌの顔を優しく拭いていった。



「…お母様。元気そうで、良かったです」


顔色も良いし、体調も良さそうだ。



「人の心配をしている場合ではないでしょう。あなたは三年間も眠っていたのよ?本当に痛いところはないの?」



「はい…なんとも…」


リリアンヌは答えながら、顔の前まで右手をゆっくりと持ち上げた。


腕を上げるくらいの力は、まだあるみたいだ。



「…ん?」


手が、大きくなっている気がする。


視界に入りきるよう、さらに腕を高く伸ばした。


ひょろりとしているけれど、長くなっている気もする。



「成長してる…?」



「当たり前でしょう」


アヴェリーンが呆れたように言った。



「あなたは、もう十三歳なのだから」



「……」


冷静に考えると…


三年も経っているって、結構な衝撃だ。



七歳から十歳までの三年間も、いろいろあった。


それと同じ時間が過ぎている。



「…キリは?」


はっと、尋ねた。



「エルフさんなら、あなたが眠った後からいないわよ」



「そう…ですか」


風の里に、帰ってしまったのだろうか。



それは、そうだ。


いつ目覚めるかも分からない私を、ここで待っているわけもないだろう。


…一緒にいられたのは、たった二か月だけだった。



もう、風の里が襲われることもない。


エルフの仲間たちと、精霊探しをしているのかもしれない。


寂しいけれど、キリにとってはその方がいいだろう。


どこかで、また会えたらいいけれど――



「そろそろ、戻ってくるのではないかしら」



「…えっ?」



「あなたが目覚める頃には戻ると言って出かけたのよ」

アヴェリーンは娘の体を拭きながら、さらりと答えた。



「そうなのですか…?」


じわりと、涙が滲んだ。



「キリ様は、お嬢様のことを好いていましたからね」

ニアが、足元を拭く手を動かしながら会話に加わった。



「絶対、戻ってくるに決まっていますよぉ」



「…早く、会いたいな」


戻ってきてくれると分かったら、すぐにでも会いたくなった。



体を拭き終わったところで、扉がノックされた。


霊拝師(オランス)様がいらっしゃいました」


使用人の声を聞き、ニアは桶を端へ寄せて扉を開けた。



「リリアンヌ殿下…!」


アイラが、笑顔で入ってきた。



「アイラ様…!お久しぶりです」


自然と、久しぶりと言いたくなった。



「お目覚めになられたのですね…良かった」


小走りで近づくアイラの桃色の前髪が、さらりと揺れた。


相変わらず、綺麗だ。



アヴェリーンがベッドの脇を空け、そこにニアが椅子を置いた。


アイラが一礼して、その椅子に腰掛けた。



「ご体調はいかがでしょうか」


アイラはリリアンヌに触れると、すぐに白のちからを送った。


強張った筋肉が、和らいだ気がした。



「アイラ様のおかげで、とても元気です」


リリアンヌは、嬉しそうに答えた。



「ずっと、白のちからを送ってくださったと聞きました。アイラ様、ありがとうございます」



「いいえ。恩人に、これくらいのことはさせてください」



「え…?」



「殿下は、国を救った英雄なのですから」



「…英雄?」


一体、何の話だろう。



「ええ。殿下のおかげで、多くの命が救われました。本当に、ありがとうございました」

アイラは、その場で深く頭を下げた。



「そんな、アイラ様――」



「まだ起きられたばかりです。話は、また後日にしましょう」



「あ…はい…」



「リリアンヌ殿下。毎日白のちからを送っていたとはいえ、あくまで補助の域を出ません」



「はい」


アイラに合わせ、表情を引き締めた。



「衰えた筋力は、白のちからで治すことはできません。ご自身で取り戻すしかないのです」



「はい。アイラ様に教わったことですね」



「あと…左肩の傷ですが」


アイラは、そっと目を伏せた。



「その傷跡は、どうしても消すことができませんでした」



「…はい。なんとなく、理由は分かっています」


やっぱり――ヌシカの攻撃で受けた傷は、残ったようだ。



「…申し訳ありません」



「アイラ様が謝ることは、何もありません」


リリアンヌは枕に頭をつけたまま、慌てて首を振った。



「三年間も、ありがとうございました」



「…私ができるのは、ここまでです」


アイラは、ふっと優しく微笑んだ。



「元気になったら、また大聖堂へお越しください」



「はい!その時は、またご指導ください」


私が白のちからを使えることは、父たちにもとっくに知られているだろう。


大聖堂に入ったら、アイラは上司だ。


それが、とても心強い。



アイラは立ち上がると再び一礼し、「失礼します」と部屋から出ていった。



「…相変わらず、綺麗なお方ですね」

ニアは、まだ扉の方を見つめていた。



「ニア、やっぱり体を起こしてくれるかな?」

リリアンヌは、もぞりと体を動かした。



「はいはい、もちろんです」



「ゆっくりね。背中を支えているから」



「ありがとうございます」


ニアと母に手伝ってもらいながら、ゆっくりと上体を起こした。



「目線が…違う」


座高まで変わっている。


それに、髪が腰の辺りまで伸びている。



「…ぼさぼさ」


あまり、いい状態の髪質とは言えない。



「早く、入浴できるようになるといいですね」



「ニア…手鏡を見せてもらってもいい?」



「ええ、どうぞ」


ニアは棚から手鏡を取ると、リリアンヌの顔の前へ掲げた。


映ったものを見て――



「…うわぁぁぁっ…!」


悲鳴が部屋に響き渡った。



頬が、こけている。


ぼさぼさの黒髪に紅い瞳がぎらりと光り、まるで幽霊のようだ。


こんな顔で、人と会ってしまったのか。



「大丈夫よ。あなたは十分可愛らしいわ」


アヴェリーンは絶叫する娘の脇で、おかしそうに笑った。



「成長した分、綺麗になったわ」



「…お母様。私、早く元に戻りたいです」


体は、成長している。


元に戻るも何もないけれど。


とにかくまず、このこけた頬をどうにかしたい。



「慌てないの。手伝うから、少しずつやっていきましょう」



「…はい。頑張ります」


リリアンヌは、こうして三年ぶりに目覚めた。



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