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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十一章/帰ってきた少女
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英雄の目覚め①

リリアンヌ視点



「ホ~」


何度も聞いてきた鳴き声に、リリアンヌは、ぱちりと目を開けた。


胸元に、スノウがちょこんととまっている。



首を傾け、こちらをじっと見つめている。


とても可愛い。


思わず、くすりと笑みがこぼれた。



「おっ、お嬢様ぁ…!」



「うわっ」


突然の大きな声に、びくっと肩が強張った。



「あっ…ああ…お、お嬢様…」


侍女が、扉の前で呆然としていた。



「ニア…!」


声を出したつもりだったのに、かすれてしまった。



「…?」


体を起こそうとしても、力が入らない。



「そっ、そのままで…!ちょ、ちょっと、お待ちを!」


ニアはそれだけ言うと、扉を開けたままバタバタとどこかへ行ってしまった。


廊下を走るなと、何度も私に注意してきたのに。



「ふふっ…」


おかしくて、また笑った。



「ホ~」


スノウが胸元から離れ、窓辺まで飛んでいった。


わずかに窓が開き、涼しい風が入ってきている。



見慣れた景色――


ここは、エラドリオール邸の自室だ。



なぜだろう。


とても懐かしく感じる。



一体私は、どれくらい寝ていたのだろう。


ニアの騒ぎ方からして、半年くらいは目覚めなかったのだろうか。



頭が、まだぼんやりしている。



ザンビア砦で、異形の存在(ゼノプーパ)となったヌシカを倒して…


デューゼの森で、オーリア様とたくさん話をして…



「…!」


そうだ。


“デューゼの森の悪夢”は、ちゃんと防げたのだろうか。



夢の中で、オーリア様とずっと一緒にいた。


だから、精霊王が瘴気に飲み込まれる未来は避けられた。



それでも、ヌシカが異形の存在となる未来は変えられなかった。



私が今、自室で寝ているということは、


少なくとも、この屋敷が異形の存在に襲われるようなことはなかったはずだ。


いや、どうだろう。


あれから、まだ二か月も経っていないのなら――



廊下から、慌ただしく走る複数の足音が聞こえてきた。



「リリィ!!」


「リリアンヌ…!」


すでに開いていた扉が、さらに勢いよく押し開かれた。



「お父様、お母様…!」


視界に飛び込んできたのは、両親だった。



「えっ…その格好は、どうしたのですか?」


二人とも、祝宴にでも行くような装いだ。



「リリィ…!良かった!」


ロデオは答えず、まっすぐベッドへ駆け寄った。


勢いよく膝をつき、娘を抱きしめた。



「…!」


「良かった、本当に…!」


父の体が、微かに震えている。


肩に、何か冷たいものが当たった。



「あなた、待って。リリアンヌは起きたばかりよ。あまり無理をさせないで」

アヴェリーンは夫の隣に立ち、窘めるように言った。



「ああ、そうだな…」

ロデオは体を離すと、そっと目元を拭った。



「お父様…あの」


リリアンヌは、もぞりと体を動かした。


起き上がろうとしても、力がうまく入らない。



「リリアンヌ、そのままでいいわ」



「お母様、綺麗…」


着飾った母は、いつもよりずっと美しい。



「それどころではないでしょう」

アヴェリーンは、困ったように笑った。



「父上、母上。私にも譲ってくれませんか」


両親の後ろから、もうひとり姿を現した。


その人物は――



「おにい…さま!?え…っ!」

リリアンヌは、ぎょっと目を丸くした。



「そう、お前の兄だ。リリィ、待っていたぞ」


サイラスは満面の笑みを浮かべ、妹の手を握った。



「ええ…」


兄は、十七歳だったはずだ。


最後に見た時は、涼しげな美少年だったのに。



すっかり精悍な顔つきだ。


肩で切り揃えられていた髪は、今では一本に束ねられ胸元にかかっている。


もともと逞しかった体が、さらに鍛え抜かれたものに変わっていた。



「私は…長い間、眠っていたのですね?」


やっと、理解した。



「三年間、眠っていた」



「三年間…」


兄の言葉を、呆然と繰り返した。



「お兄様が、二十歳…」



「お前も、十三歳になっている」



「ふぇ…」


知らぬ間に、三つも歳を取っていた。



「あ…だから、こんなにも体が動かないのですね」



「筋力が落ちてしまっているからな。今日は、そのままでいろ」


答える父の表情は、すでにいつも通りだった。



「…あの、お父様。聞きたいことがあります」



「今は駄目だ。お前の回復が先だ」

ロデオは即座に首を振った。



「…分かりました」

リリアンヌは、素直に頷いた。



「もう少ししたら、アイラ殿が来る」

サイラスが、妹の手を優しくさすりながら言った。



「…!アイラ様が?」



「お前に毎日、白のちからを送っていた」



「そうだったのですね…」


本当に、お世話になりっぱなしだ。



「その後に、ノエル先生が来るわ。いろいろと診てもらいましょうね」



「お母様たちは、どこかお出かけされるところだったのでしょうか?」


兄も、正装だ。


何か催しがある日だったのだろう。



「お前が気にすることはない。もう、出かけない」

サイラスが笑顔で答えた。



「えっ?いいのですか?」



「もともと、どうでもいい行事だ。気にするな」



「そうなのですか…?」


父も母も、兄の言葉を否定しない。


一体、何の行事だったのだろう。



「どこか、体で痛いところはない?」

アヴェリーンが優しく尋ねた。



「今のところ、特に…」


まだ、体に力が入らない。



「…お腹が、空きました」


お腹の虫が鳴っているだけだ。



「ノエルが来たら、食べられるものを聞こう。リリィ、もう少し我慢してくれ」



「お父様…やっぱり、どうしてもひとつだけ聞きたいです」


リリアンヌは、真剣な目を父へ向けた。



「なんだ?」



「あの…王都で、何かありましたか?」



「…?」


アヴェリーンとサイラスが、首を傾げた。



「……」


とても変な聞き方になってしまった。


だけどまさか、異形の存在が攻めてきましたかと尋ねるわけにもいかない。



「お前が寝ている間、何もなかった。王都も、国も」

ロデオは、きっぱりと答えた。



「…そうですか」


何か、察していることがあるのだろうか。


…だけど。



「良かった…」


その言葉が聞けて、良かった。



私が十三歳になっていて、


ここに、父も母も兄もいる。



十一歳の時に死んでしまうはずだった家族が、揃っている。


みんな――生きている。



「…良かったぁ」


リリアンヌは声を震わせ、同じ言葉を繰り返した。



未来が、変わった。


変えることが、できた。



「…ぐぅっ…!」



「…あなた。目覚めたのだから、もう泣くことはないでしょう」


顔を背けたロデオに、アヴェリーンが困ったように微笑んだ。



「…そうだな。リリィ、本当に良かった」


ロデオは目を赤くしたまま、娘に笑みを向けた。



「はい。ご心配をおかけしました」


リリアンヌも、にっこりと笑って返した。



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