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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十章/残された男たち
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孤独なエルフの帰還

キリ視点



無数の太い根が、地を這うように広がっている。


何百、何千もの幹が複雑に絡まり合い、ひとつの巨大な樹を創りあげていた。



絡み合う幹の間を、栄養を送り届けるかのように、ゆっくりと光が流れている。


遥か頭上では、聖樹の特徴である青い葉が風に吹かれ、柔らかく揺れていた。



大きく二つに分かれた根元には、人が通れるほどの隙間がある。


キリはその隙間の前で足を止め、そっと聖樹の幹に触れた。



「ホ~…!」


スノウが、嬉しそうに体の光を揺らした。



精霊は、聖樹が好きだ。


同じく、エルフも好きだ。



ゆったりとした聖樹の脈動が、心を落ち着かせる。


デューゼの森にも聖樹があったらしいが、自分が生まれた頃には、すでに一本も残っていなかった。



スノウのちからのおかげで、この辺りで精霊の反応を捉えた。



だが、一か月近く探しても目視では確認できていない。


そんなに簡単に見つかるとは思っていない。


むしろ、たった三年で精霊の反応を捉えたことの方が奇跡に近い。



「……」


人の気配を感じ、キリはスノウごとマントをかぶって顔を隠した。


後ろから、足音がゆっくりと近づいてくる。



「よう、旅のお方。今日も来ていたか」


現れたのは、人族の老人だった。



足元まで隠れる白の長衣をまとっている。


リリアンヌに白のちからを送った女の服と、よく似ていた。



「お前さんは、よほどここが気に入ったんだの」


老人は、よいせと聖樹の根元に座り込んだ。



「お前こそ、毎日来ている」



「そりゃ、祈りはかかせんよ」


答えながら右手で額に円を描き、両手を胸の前で組んだ。



「こちらの旅人さんに、どうか精霊王オーリアの祝福がありますよう」


この不思議な仕草が、人族の祈りの方法らしい。



「……」


老人が祈る間、キリはゆっくりと辺りを見渡した。



ここは湖が近く、生き物が多い。


いたるところから動物の気配を感じる。


だが、その気配の中には精霊はいない。



「…お前さんの波動(アウラ)は、心地よいな」


ふいに、低い声が落ちた。



「…アウラ?」

キリは、静かに視線を老人に向けた。



「魂の気配とでも言えばいいか…改めて説明するのは、難しいの」


老人は顎をさすり、困ったように笑った。



「祈っておるとな、人の“色”が見えてくる。お前さんからは、優しい白が見える」



「……」



「それから、濃い紫だな。それが混じり合っている」



「……」



「不思議なもんでな、“波動”は、環境で大きく変わる」


老人は、気にすることなく言葉を続けた。



「長い間凝り固まった紫を、白が、優しく溶かしておる」



「…よく分からない」



「つまり、お前さんは今、随分と優しい環境にいるということだ」



「……」

キリは再び黙り込んだ。



「院長っ!」


元気な声が、湖の方から飛んできた。


少年が舟から下り、勢いよく駆けてきた。



「おお、ビッケ」

老人が手を上げて答えた。



「お前、またここまでひとりで来たのか?」



「舟で来たから、平気だって……わっ、またいる」


駆けてきた少年はマントをかぶるキリを見上げると、訝しげに足を止めた。



「それでビッケ、どうした。ラガーグが呼んでいるのか?」



「あ、うん。父ちゃんが、リヨラル砦の方まで巡回に行くって」



「また、何か不穏を感じ取ったかの」


老人は立ち上がると、申し訳なさそうな顔を浮かべた。



「旅のお方よ、話の途中ですまんな」



「……」


話を続けていたつもりは、なかった。



「お前さんは、今ある繋がりを大切にせにゃいかんぞ」


老人はキリに手を上げ、少年と共に去っていった。



「…なあ、院長。あの人、誰」



「旅のお方だ」



「それは、分かるけど。なんでずっとこの辺りにいるの」



「それは、お前にもいずれ分かることだ。ビッケ」



「?…ふ~ん」


やがて老人たちは森の中へ紛れ、見えなくなった。



「……」


キリは目を離し、再び聖樹に向き直った。



精霊の反応は、この聖樹の近くからしている。


探し方を変えてみるか。


それとも、私には見つけられないのか。



…もしかしたら、彼女なら。


精霊に愛される、彼女なら――



「…ホ~」


マントの下から、小さく鳴く声が聞こえた。



「!」


すぐに頭からマントを払いのけた。



スノウは大きく胸を膨らませると、羽を広げ、


ふわりと宙に舞い上がった。



「ホ~!」


嬉しそうに鳴き、空高く飛んでいく。



「……」


キリは、じっと遠ざかる白い光を見つめた。


やがて、その姿が見えなくなり――



「…目覚めるのか」


静かに呟き、遠い王都の方角へ目を向けた。



第十章・完

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