最強の男の悔恨
アランフォース視点
――ドドドドドドドドドドドドドッ…!
キィンッ…!カカカッ…キキンッ…!
アランフォースは大剣を素早く捌きながら、少しずつ後退していった。
四方から飛んでくる光の連撃を防ぐには、もう止まったままでは無理だ。
光が視界に飛び込み、反射的に身を逸らした。
なおも光が追いかけてくる。
避けきれない――
左へ飛び退いた。
――ドドドッ…ドォンッ…!
今までいた場所が弾け、地面が抉れた。
「!」
咄嗟に、大剣を空に向けて構えた。
――ガンッ…!
剣がぶつかり合ったのは一瞬で、もう相手は見えなかった。
アランフォースは後ろに跳ね、次の斬撃を避けた。
跳ねた先へ剣が振り抜かれ――
着地と同時に身を沈め、間際で躱した。
すかさず、躱した先に剣が迫ってくる。
――ガッ…キィンッ…!
剣を弾いた衝撃で、わずかに大剣を握る手が滑った。
その隙をつき、もう一度剣が振り下ろされる――
アランフォースは間髪入れず大剣を握り直し、大きく振り抜いた。
――ドォ…ッ!
辺りに砂埃が舞った。
相手の姿が、隠れた。
――キキキィン…!
本能で右に構えた大剣が、光の連撃を弾いた。
息つく間もなく地を蹴り、迫りくる切っ先を避けていく。
視界の端で、相手が強く踏み込んだ。
「…!」
アランフォースは、背後へ大剣を振り抜いた。
素早く身を捻った相手の軍服を、チッ…と大剣がかすった。
「…だぁっ…!」
ブライアンは足を止め、剣を地面に突き刺した。
「これでも駄目か…!」
「お前はまだ、剣の攻撃の型が少ない」
アランフォースは言いながら、額の汗を軽く拭った。
「だから次の動きが読まれやすい」
「それは、アランフォース副団長と毎日やっているから読まれているだけではないでしょうか」
少し、不貞腐れたような声だった。
「そうだな。同じく、俺の型もお前に読まれている」
「読めても、間に合わない」
「三年でここまで上達すれば、上等だ」
大剣を背に戻すと、そのまま入り口に足を向けた。
「早く戻らないと、間に合わない。主役が遅れてどうする」
「…はい。今日もお付き合いいただき、ありがとうございました」
ブライアンも剣を腰に戻し、アランフォースに続いた。
訓練場を後にして、王城へ向かう通りを進んでいった。
王城が見えたところで、七時を知らせる鐘が鳴った。
まだ朝早いのに、辺りでは多くの使用人や近衛隊兵が慌ただしく行き交っている。
今日行われる催しを思えば、当然だろう。
「…あれからもう、三年も経つのですね」
隣を歩くブライアンが、ぽつりと呟いた。
「あっという間に、十九歳になってしまった」
小さく微笑むその顔は、寂しそうだった。
「…まだ従騎士のままでいるのか?」
アランフォースは、ちらりと視線を向けた。
「ええ。リリアンヌが起きるまでは、アランフォース副団長の従騎士。父上との約束ですから」
「だがお前は、とっくに騎士たちの実力も超えている」
「精神的には、まだまだです」
ブライアンは、肩をすくめて答えた。
「もっと、自分に自信を持てるように…何物にも動じないようになりたい」
「……」
十分だと思うが。
ブライアンは、この三年で大きく変わった。
前から実力はあったが、どこか自信を持てずにいた。
背を丸め、俯いている印象しかなかったが、
今では、その姿はどこにもない。
もともと、真面目で努力家だ。
相当厳しく訓練をつけたと思うが、ブライアンは食らいついてきた。
あっという間に、部下たちの実力をも追い越した。
光のちからを使わずとも、今のブライアンに勝てる者は少ない。
だが、きっとそういうことではないのだろう。
強ければいいというわけではない。
「祝宴に出ているより、訓練している方が好きだ」
ブライアンが、小さく溜息をこぼした。
「どうせ今日も、出る話題はひとつだけだ」
「お前は、王太子だ。それも仕事のひとつだろう」
「では、アランフォース副団長を招待して相手してもらえば良かったですかね」
「……」
随分と、軽口を叩くようになった。
「ふっ…冗談ですよ。アランフォース副団長を客として呼んだら、主役の座を奪われてしまう」
「…?」
そんなことは、絶対にあり得ない。
ブライアンが主役でない宴でも、参加すれば瞬く間に中心になる。
「…本当に、何も興味がないんですね」
ブライアンは、呆れるような顔を向けた。
「何にだ?」
「いえ…なんでもありません。この後は、父上の護衛でしょうか」
「いや、今日は大広間内の警固だ」
「え?アランフォース副団長がですか?」
「国王直属騎士団の仕事のひとつだ。驚くようなことではないだろう」
「そう…ですが」
ブライアンは、じっとアランフォースを見つめていた。
「もしかして…国王直属騎士団を辞めようと思っていますか?」
「…なぜだ?」
アランフォースは、答えなかった。
「最近、あまり父上の護衛についていないので。何か理由があるのかと思ったまでです」
「……」
「理由が、あるのですね」
食い下がる気は、なさそうだ。
「……」
アランフォースは前を見たまま、小さく口を開いた。
「…国王直属騎士団は、辞めない」
「…国王直属騎士団は、辞めないのですね」
ブライアンは、確認するように繰り返した。
「では、何を辞めようとしているのです?」
「……」
「それはもう、父上と話を進めているのですか?」
「……」
「…なんとなく分かりました」
ブライアンは顔を前に向けると、王城の入り口へと足を踏み入れた。
そのまま、階段を上がっていく。
「…また、後ほど」
アランフォースは階段の下から、ブライアンに向かい一礼した。
城に入れば、再び関係は王太子と騎士に戻る。
「アランフォース副団長。私も、同じことを考えている」
「……」
伏せていた目を、ゆっくりと上げた。
「あなたと、同じことを考えている」
ブライアンは、力強い笑みを浮かべていた。
「では、また後で」
すぐに振り向き、階段を駆け上がっていった。
「……」
アランフォースはその場に立ったまま、遠ざかるブライアンの背を見つめていた。
…本当に、変わった。
何もできなかったと悔しさを滲ませる彼は、もうどこにもいない。
羨ましいくらい、前を向いている。
俺は、何も変われていない。
三年前の、あの日から。
『お前は、悔しいんだな。リリアンヌを護れなかったと思っている』
そう。
悔しかった。
いつでも呼び出せと言って、その声を拾えなかったことも。
レックスへの忠誠心を優先して、彼女に剣を握らせてしまったことも。
彼女に最期の言葉を残しておきながら、助けられてしまったことも。
何もかも、悔しかった。
ずっと…分かっていた。
初めて出会った時から、
彼女が、スノウを見つけた時から――
彼女が、何かを背負っていることに。
何かを、ずっと恐れていることに。
気付いていたのに、何も尋ねなかった。
それを聞くのは、俺の役目ではないと言い聞かせていた。
それなら…誰の役目だと思っていたのか。
ロデオか。
ルイージか。
まさか、あの頃のレックスに彼女が話すとでも思っていたのか。
俺に話してくれればいい――そう願っていた。
それでも距離を置いていたのは、俺の方だ。
『頼りにしています…アランフォース副団長』
彼女が向けてくれた信頼に応えなかったのは、
俺の方だ。
結局、誰にも何も言わないまま、彼女は眠りについてしまった。
彼女が恐れていたのは、この未来ではなかったのか。
『あなたのその優しいちからで、世界を変えてください』
…なんて無責任な言葉を吐いたのだろう。
そんなことを言っておいて、自分はその命を投げ出そうとしていた。
彼女に、そんな言葉をかけるくらいなら――
「……」
アランフォースは小さく頭を振り、止めていた足を進めた。
今は、仕事だ。
今日は、ブライアンの誕生祭だ。
多くの招待客を護ることも、国王直属騎士団の大切な仕事だ。
『今後、リリアンヌのために何ができるか考えろ』
彼女が、目覚めるまでは。
まだ、国王直属騎士団の副団長として――




