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第一章Ⅴ(役目と役割)④

リリアンヌ視点



「それにしても、リリアンヌ様。町へ行かれたことがないなんて、もったいないですわね」



「…え?ええ、行ってみたいとは思うのだけれど」

リリアンヌは、慌ててカップを受け皿の上に置いた。


「まだ、お父様の許可が貰えなくて…」



「許可が出ましたら、ぜひ南の金鐘通りのガウレント宝石店へ行ってみてくださいませ。私の領の商会が店を出しているところなのですわ」

ミレーネが、嬉しそうに両手を合わせて言った。



「金鐘通り以外は、何があるのかな」

リリアンヌは、何気なく尋ねた。



「え?」



「城下町には、金鐘通り以外に、どんな通りがあるのかな」



「……」

マリドーナもミレーネも、ぴたりと口を噤んだ。



「…あ、ごめんなさい」


どうやら、二人は金鐘通り以外詳しくないようだ。



「い、いいえ…!」

マリドーナはそう言うと、素早く辺りを見渡した。


「どなたか、王都に詳しい者はおりまして?」



「あ…あの…私、王都住まいです」

正面に座る令嬢が、おずおずと手を上げた。


先ほど呟いた令嬢だ。

彼女もまた、マリドーナたちくらい大きい。



「父の仕事柄、町にはよく行くんです」



「!お父様は、何の仕事をなさっているの?」

リリアンヌはすぐに食いついた。




「書記長官として、王城で働いています」



「書記長官…」


きっと、文官の偉い人なのだろう。



「あなた。まずは、自分の名を言いなさい」

マリドーナが、さっと口を挟んだ。



「…申し訳ありません。ヨセファと言います」

ヨセファは座ったまま、小さく頭を下げた。



「それで…ヨセファ嬢は、町のどこへ行ったことがあるの?」

リリアンヌは、わずかに身を乗り出して尋ねた。




「中央市場には、よく行きます」



「中央市場…!」


それは、“物語”にも出てきた名前だ。



「中央市場は、中央通り――王道を挟んで、左右の小路に続く王都最大の市場なんです。

大正門の前の大広場から始まって、中央門まで長く続いています」



「ええと…大正門は、第二城壁と町を隔てる門のことね?」



「あ…そうです。ごめんなさい」

ヨセファがすぐに謝った。


「中央門は、第三城壁から町の外へ出る門のひとつです。九塔と十塔の間にあります」



「その塔というのは、何を指しているのかな?」


ギタンたちがいる薬療院は、四塔近くだと言っていた。



「城壁と城壁の間には、見張り塔が一定の間隔で建てられています。

王城の裏側を一塔として、左回りに二塔、三塔と数えていき、ぐるりと一周して再び王城の裏側に戻ります。

第三城壁の最後の見張り塔が、確か十八塔と呼ばれていたはずです」

ヨセファは、すらすらと答えた。



「!なるほど、そういうこと…」


王城は、王都の東側に位置する。


そこから左回りに数えるのなら、北側にある薬療院が四塔近くというのも納得がいく。




「あ、あの…リリアンヌ様?」


躊躇いがちな声が、割って入った。



「マリドーナ嬢、どうしたの?」



「こんな話を聞いて…面白いのですこと?」



「えっ」


とても面白いけれど、どうしてだろうか。



「この方は、ただ門や塔の話しかしていませんが」

マリドーナは、ヨセファに向かって馬鹿にしたような視線を送った。


「あなた、もっと分かりやすいお話をしてくれません?」



「あ…」

ヨセファが固まった。



「私が、塔の質問をしてしまったからだね」

リリアンヌは慌ててその場を取りなした。



「ヨセファ嬢。他に、どんな通りがあるのかな」



「…第三城壁の四塔と五塔の間に北門が、十四塔と十五塔の間に南門があるのですが、それらの門を結ぶ通りにも、大きな商店通りがあります」

ヨセファは、青くなりながらも再び口を開いた。



「あとは…王道を進むと噴水広場があって、王道と交差する道のことを噴水通りと呼びます。そこもまた、雑貨店が並び、栄えています」



「通りの名になるくらいなら、よほど大きな噴水なのね」

リリアンヌは、こくりと相槌を打った。




「はい、その通りです。そこからさらに西へ進むと、今度は、町で一番大きな聖院がある広場に出ます。ここを町の人たちは、聖院広場と呼んでいます。

そこから伸びる聖院通りには、薬草商や聖具店が並んでいて、なんだか神秘的です」



「へぇ…」


北と南の商店通りに、噴水通り。


さらに西へ進むと、聖院通りがある。


一気に、王都の地図が頭の中に広がった。



「でもやっぱり、面白くて見応えがあるのは中央市場です」



「市場ということは、食料品が売っているのかな?」

リリアンヌはさらに身を乗り出した。



「食料品から日用品、何でも売っています」

ヨセファの口調が、少しずつ滑らかになった。


「私が好きなのは、その場で買って食べられる屋台の串焼きです」



「ちょっと、あなた」


鋭い声が、素早く飛んだ。



「リリアンヌ様に、そんなことをしろと言うつもり?」

ミレーネが、きつくヨセファを睨みつけた。



「あっ…ごめんなさい、そういうつもりで言ったのではないのです」

再びヨセファが青くなった。



「リリアンヌ様…やっぱり、ああいう子とは話が合いませんわね」

ミレーネは小さく溜息をつき、呆れ顔を浮かべた。


「きっと中央市場も、そういう者しか行けない場所なのですわ」



「…でも、中央市場は治安がとても良いのです」

ヨセファは戸惑いながらも言葉を続けた。


「守衛隊兵も、よく巡回していますから…」



「あなたね、いい加減に――」



「ヨセファ嬢。中央市場は、ということは、治安が悪い場所もあるの?」

リリアンヌは、ミレーネの言葉を遮り尋ねた。



「城下町は、治安が悪いのかな…?」


ずっと、不思議に思っていたことだ。



“物語”の中の城下町は、確かに治安が悪かった。


けれど、それは“デューゼの森の悪夢”の後の話だ。

国の半分が壊滅し、政策もまともに機能していなかった。



まだ――いや、ここではそんなことは起きていない。

それなのに、治安が悪い場所があるということが意外だった。



「いいえっ…父は、今の国王様になってからとても治安が良くなったと言っていました」

ヨセファはすぐに首を振った。



「…そうなの?」


また、国王の話だ。



「はい。貧民区も、だいぶ改善されたと聞きましたし」



「貧民区って、何かな」

リリアンヌは、即座にヨセファの言葉に食いついた。


「町に、そう呼ばれる区域があるということ?」



「…それは――」



「お嬢様、お話し中失礼いたします」


さっと、声が割り込んだ。



「あちらのテーブルで、エレメア王妃がお呼びでございます」

見知らぬ王城の使用人が、リリアンヌの耳元でそっと囁いた。



「あ…ええと、お話し中にごめんなさい。少し、離席させていただきます」



「ええ。リリアンヌ様、この場はお任せください」


「しっかり話をつけておきますわ」


マリドーナとミレーネが、にっこり笑って言った。



「…え」



「お嬢様、どうぞ」



「あ、はい」

リリアンヌはニアの手を借り、そっと立ち上がった。



「では、失礼します」


令嬢たちに一礼して、王城の使用人に続いた。




「…お嬢様、駄目ですよぉ~」


すぐに、耳元でこそりと囁かれた。



「…何が?」

リリアンヌは前を見たまま、ニアの囁きに返した。



「あんな場で、貧民区の話なんてしては駄目です」



「…どうして駄目なの?この町のことだよ?」



「そんな存在、令嬢方が知っているわけないじゃないですかぁ」



「でも…あの子は知っていそうだったよ」


ヨセファは、あのまま話していたら教えてくれただろう。




「ですから、これから彼女は怒られちゃうんですよ」



「…えっ!?」

リリアンヌは、思わず令嬢たちの方へ振り返った。



マリドーナとミレーネは、かなり怒っているように見えた。


周りの令嬢たちは静かに、二人が何か注意する言葉を聞いている。



ヨセファは、真っ青になり俯いていた。




「……」



「あとで戻ったら、また話しかけてあげればいいんです」


ニアがさりげなく視界を遮り、令嬢たちの座るテーブルが見えなくなった。



「でも次は、お願いですから令嬢らしいお話をなさってくださいね」



「…はい」


令嬢らしい話、とは何だろう。



マリドーナやミレーネのように、買い物や料理店の話はできない。

だからといって、ヨセファと町の話を深掘りしてはいけない。


同年代の子と話す機会なんてほとんどなかったから、全然分からない。



孤児院の子たちとは…何を話していたのだったか。


ちゃんとした会話はあまりしていないけれど、

それでも、こんな居心地の悪さは感じなかった。



メルと昨日一緒にやった小麦の収穫が、もう恋しかった。



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