王太子の下剋上②
ブライアン視点
ブライアンは軽く頭を振り、槍を構えた。
「…お願いします!」
何度やっても、隙が見つからない。
力でも技術でも勝てない。
それなら、自分が狙うのは速さだ。
とにかく、打ち込む。
反撃する余裕を、与えない。
一撃目を狙うと同時に、アランフォースの槍が消えた。
槍をぶつけられる前に、肩を引いて避けた。
――ドォォッ…!
「っ…」
空を切ったとは思えないほどの衝撃だ。
だが、怯むな。
避けた勢いのまま、アランフォースの腹を狙った。
――ゴッ…!
防がれた瞬間、反対側から打ち込むと見せかけ――
槍を返さず、同じ側から攻めた。
「もっと速くやらなければ、引っかからない」
アランフォースは、簡単にブライアンの槍を弾いた。
――ドッ…!
弾かれた槍が、地面に突き刺さった。
「くっ…!」
ブライアンは力任せに槍を引き抜き、そのまま振り上げた。
――ドンッ…!
再び弾かれ、また地面に突き刺さった。
「くそっ…!」
強引に槍を引き抜き、辺りに土が舞った。
飛び散った土がアランフォースの顔にかかり、煩わしそうに片目を瞑った。
好機だ――
目を瞑った側から、勢いよく槍を叩き込んだ。
――ゴッ…!
アランフォースの強烈な薙ぎが、体を捉えた。
――ズザァァッ…!
「…っ!」
気付いたら、また吹き飛ばされていた。
「さっきよりも、良くなった」
「ありがとう…ございました」
ブライアンは片膝をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
勝てる気が、しない。
「副団長相手に四撃も打ち込むなんて、良くやった」
ぽんっと肩に手を置かれた。
「…ありがとうございます、ウェイバー部隊長」
「殿下…あいつらは、これから町まで飲みに行くらしいですよ」
ウェイバーが、くいっとシャルたちの方に親指を向けた。
「へぇ…わざわざ、町まで行っているんですか?」
「私には、到底真似できませんがね。殿下も、たまには一緒に行ってきたらどうです」
「…いいえ、僕は」
「また、居残りですか」
「…はい」
「ひとりで根詰めても、意味はない」
ウェイバーは、小さく苦笑を浮かべた。
「あなたこそ、息抜きが必要だと思いますけどね」
「そう…でしょうか」
「ま…年寄りの忠言は、聞き流してください」
ウェイバーは、再びブライアンの肩を叩いた。
「自主練も、ほどほどに」
「…はい。お疲れ様でした」
騎士同士の関係は、あっさりしている。
相手の立場は、関係ない。
手加減もないし、特別扱いもない。
深くは関わらないが、遠慮はしない。
それが、今の自分にはありがたかった。
―――
誰もいなくなった訓練場の中央に、ブライアンは丸太の標的をごとりと置いた。
もう、的は穴だらけだ。
「…よし」
ブライアンは的から離れながら、軽く両手を振った。
体はもうくたくただが、この日課は外せない。
足を止め左手を前に突き出すと、一気に光を溢れさせた。
――ドドドドドドドドドッ…!
放った光が、狙った一点へ吸い込まれていく。
分厚い的に、またひとつ穴が空いた。
攻撃の類のちからは、使えば使うほど鍛えられると言われている。
確かに、ちからを使っていられる時間が増えた気がする。
少なくとも、ザンビア砦の戦いの時よりは勢いも増えた。
だが、もっとだ。
もっと、一気に撃ち込めるように――
「ブライアン」
「…!」
放っていた光を止め、はっと振り返った。
すぐ後ろに、アランフォースが立っていた。
この人は、気配まで消せるのか。
「俺に、それを撃ち込め」
「…え?」
「遠慮はいらない。どこからでもいい」
アランフォースは言いながら、背中の大剣を抜いた。
「…当たれば、体に穴が開きますよ」
本気で、言っているのか。
「分かっている」
無表情のまま、大剣をまっすぐに構えた。
「殺す気でいい」
「……」
ブライアンは、さっと左手を突き出した。
この――腹が立つほど澄ました男の腹に、風穴を空けてやろうか。
――ドドドドドドドドドドドドドドッ…!!
いつもより多い光の連撃が、アランフォースに迫っていった。
――キキキキキキィンッ…!
アランフォースは素早く大剣を捌き、すべての光を弾いた。
汗ひとつ、かいていない。
「…っ…はぁ、はぁ」
こちらは、すでに肩で息をしているというのに。
「遠慮するな」
「…!」
ブライアンは、すぐに両手を前に構えた。
――ドドドドッ…
ドドドドドッ…ドドドドッ…!
交互に、光の連撃を撃ち込んでいく。
――キキキンッ…
カカカカッ…!
アランフォースは、まるで重さを感じさせない動きで大剣を捌いた。
構わず、すぐに光の連撃を撃ち込んだ。
本当に…どこまでも憎らしい。
父に、気に入られて。
部下たちから、尊敬されて。
リリアンヌからも――頼りにされて。
自分がやりたいことを、この男は、簡単にやってのける。
「ふっ…!」
ブライアンは両手を前に突き出し、ひたすら連撃を続けた。
――ドドドドッ…ドドドドドドドドッ…!
キキキンッ…!カッ…キキキンッ!
アランフォースの足が、少しずつ下がっていく。
このまま――訓練場から追い出してやる。
――キキキィン…キンッ!
カカカカッ…キィン…ッ!
もう、少し――
「!」
突然、がくんっと膝が折れた。
「!?…はっ、はぁっ…!ぅ…げほっ…!」
ブライアンはそのまま、両手を前について倒れた。
うまく息ができない。
苦しい。
「げほっ…は、はぁっ、はぁっ…!」
心臓が張り裂けそうなくらい、早鐘を打っている。
汗が、止まらない。
ちからを、使いすぎた。
ここまで苦しいのは、初めてだ。
「リリアンヌ殿下は…よくその状態になっていた」
「…!」
耳元に落ちた低い声に、体がぞくりと震えた。
「本気で強くなりたいなら…今みたいに、死ぬ気でやれ」
いつの間にか、目の前にアランフォースが屈んでいた。
「誰かを護りたいなら、自分の命を懸けろ」
その瞳の奥には――静かな怒りが滲んでいた。
「…っ…」
ブライアンは、ぐっと唇を噛みしめた。
「…いい訓練を見つけた」
アランフォースは立ち上がり、大剣を背に戻した。
「明日からも、よろしく頼む」
不気味な言葉を残し、訓練場を後にした。
膝をつくブライアンだけが、その場に残った。
「くそっ…!」
――ダンッ…!
地面を叩きつける音が、虚しく響く。
拳の上に、ぼたぼたと汗も涙も落ちた。
あの男の膝を…地につかせてやりたい。
いつか、吹き飛ばしてやりたい。
強くなってやる。
リリアンヌは、まだ目覚めない。
あとどれくらいで起きるかは、誰も分からない。
それまでに――
せめて、自信を持ってリリアンヌの横に並べるくらいには。
絶対に、強くなってやる。




