王太子の下剋上①
ブライアン視点
――ドゴォッ…!
前の騎士が、壁まで吹き飛んでいった。
「…次」
騎士を吹き飛ばした大男が、こちらに顔を向けた。
「……」
ブライアンは、ごくりと喉を鳴らした。
いつまでも…慣れない。
「…お願いします、アランフォース副団長」
「ちからに頼らず、私を一歩でも動かしてみろ」
アランフォースは槍を軽く振るい、構え直した。
「…はぁっ!」
ブライアンは一気に槍を振り上げ、地を蹴った。
――ドッ…!
槍を受け止めたと思えないほどの、鈍い音が響いた。
それと同時に、アランフォースの槍が見えなくなった。
ブライアンは間髪入れず、槍を斜めに振り下ろした。
ガンッ、とアランフォースの打ち出した槍を打ち落とした。
「っ…!」
腕が痺れるのを堪え、さらに踏み込み、右肩を狙って突いた。
軽々と避けられ、またアランフォースの右手が見えなくなった。
反射的に体の前に槍を構え、二撃目に備えた。
――ゴッ…!
左の横腹に、強い衝撃が走った。
「…っつぅ…!」
そのまま体が吹き飛び、壁際まで転がった。
「半年前よりは良くなった」
先ほどと同じ場所に立つアランフォースが、短く言った。
「次」
もう、次の相手に目を向けている。
「ブライアン殿下、大丈夫ですか」
目の前に、手が差し出された。
「…シャル、ありがとうございます」
その手を借り、立ち上がった。
「副団長に二撃目まで出させるなんて、やるじゃないですか」
「…半年かけて、やっと二撃目を出させた」
つい、苦笑いがこぼれた。
「あと半年かければ、一歩は動かせますかね」
「俺は、四年いてもまだ無理だ」
ふはっ、とシャルが吹き出した。
「次!」
指導役の騎士が、二人に向かって叫んだ。
「おおっ!」
シャルが顔を前に向け、槍を振り上げた。
――カンッ、カカッ…カカンッ…!
槍がぶつかり合う激しい音が、辺りに響く。
「相手の槍を叩き伏せろ!私の手から落としてみせろ!」
今日は指導側にまわったフーリンが、槍を交えながら叫んでいる。
「……」
ブライアンは二人の後ろで槍を握り、何度も素振りを繰り返した。
自分なら…そこで、突く。
防いだ後、もう一撃を――
「だぁ…っ」
フーリンの素早い突きが、シャルの腹をかすめた。
槍が体に触れれば、交代だ。
「次っ!」
「お願いします」
ブライアンは両手で槍を構えると、一気にフーリンへ迫った。
――ビュッ…
カンッ…!
隙を狙った一撃は、あっさりと防がれた。
ブライアンはそのまま、槍を大きく薙いだ。
フーリンが一歩下がり、切っ先を避けた。
「ふっ…!」
槍を握り直し、下がるフーリンの肩に向かい、思いきり突いた。
――カッ…!
再び、防がれた。
国王直属騎士団の騎士は、誰もが強い。
水上特別隊でも、もちろん剣や槍を用いた訓練はあった。
剣技は正直、自信があったが。
ここでは、誰にも通用しなかった。
こんな状況で正式に騎士になるなど…あり得ない。
「攻め一辺倒になってるぞ!守りを疎かにするな!」
「はいっ!」
――カンッ…カンッ、カンッ…!
ブライアンは、フーリンの猛攻を必死に弾いた。
弾き損ねた槍が、右肩に迫ってくる――
「くっ…!」
体を大きく逸らし、右手一本で槍を突き出した。
「!」
突き出した槍が、シュッ…とフーリンの腕をかすめた。
「だいぶ良くなったが、もっと実戦を想定して体を動かせ」
「はいっ、ありがとうございました!」
ブライアンはフーリンに一礼すると、次の騎士に場を譲った。
槍を手にしたまま、訓練場の端へと進んでいった。
実戦を想定して、か…
確かにまだ、実戦は一度きりだ。
それも、一気に何十人もの兵を相手にした。
人を斬った感触は、まだこの手に残っている。
恐怖や不快感は、一切ない。
操られていたとはいえ、剣を向けてきた者に容赦する必要はない。
思う以上に自分は、冷酷な人間だったのかもしれない。
心を占める感情は、ただ――
「ブライアン殿下、お疲れ様でした」
「お疲れ様です。槍を貰います」
「…!イヴリ、コルネ」
同期の二人が、訓練場の端ですでに片付けを始めていた。
「僕も片付ける」
ブライアンは二人のもとまで駆けると、地面に置かれた槍を拾い上げていった。
訓練の締めに、指導役の者たちと一度ずつ手合わせする。
それが終われば、あとは片付けをして、今日は終了だ。
「…相変わらず、アランフォース副団長は格好いいな」
ぽつりと呟く声が、耳に届いた。
「ここ最近、ずっと訓練に参加してくれているよな。陛下の護衛は、いいのかな」
コルネが槍を磨きながら、イヴリの呟きに答えた。
「それは分かんないけど、もうすごすぎて、すごいよな」
「なんだよ、その言い方」
「だってさ、大剣を持っている理由が、他の武器だと折れるからだろ?武勇伝すぎないか?」
イヴリは手を動かしながら、アランフォースの方を見つめたままだった。
「剛腕のちからに、耐えられないってことだろ」
「ちからを使わなくても、何本も武器を駄目にしてきたんだって」
「それ…絶対シャルさんの情報だろ」
コルネが苦笑をこぼした。
「いや、ムロバンさん」
「えっ、あの人、喋るの?」
「よく喋るよ。副団長のことだと」
「ああ…なるほど。憧れてますって、体が言ってるもんな」
「なんだよ、その言い方」
「……」
ブライアンは二人の話を聞きながら、槍を片付ける手を止めた。
「…?どうしました、ブライアン殿下?」
「…すまない。終わったら必ず、片付けを手伝うから」
「え?」
「もう一度…実戦を想定するなら、やっぱり先手で…」
ぶつぶつ独り言を呟きながら、片付けの場から離れていった。
「うわ…まさか」
「本当…一生懸命だよなぁ」
イヴリとコルネの囁きを背に受けながら、ブライアンはひとつの列に向かった。
――ドゴォッ…
ドン…ッ!
この列だけ、まるで投石器の演習をしているかのような音を放っている。
これだけ屈強な騎士たちが、次々と吹き飛ばされていく。
それでも、彼は本気を出していない。
半年ついてきて、よく分かった。
アランフォースの強さは、別格だ。
国王直属騎士団の中でも、群を抜いている。
剛腕のちからを使われていなくても、まったく勝てない。
父の専属護衛であり、忠実な家臣。
今までアランフォースの印象は、そんなものだった。
それが、あのザンビア砦での戦いで一気に変わった。
見張り塔で、ヌシカに攻撃を受けた時――
自分は、別の見張り塔まで吹き飛ばされた。
意識が戻った時には、すでにアランフォースがヌシカと戦っていた。
あの化け物と、張り合える人間がいるとは。
リリアンヌが途中で消えたことにも気付かず、ただ茫然と二人の戦いを見ていた。
本当に…自分は、何の役にも立てなかった。
これで、王太子か…
光のちからを持っていると分かって、騎士になるためすぐに訓練校へ入れられた。
体を動かすことは好きだったが、自分の性格は、戦いに向いていなかった。
――あまりにも優しすぎる
――絵や刺繍が得意?まるで、女子のようだ
――せっかく光のちからがあるのに、威厳が足りない
――第二王子の方が、よほど王としての素質がある…
何をしても、よくそんな陰口を叩かれた。
だが、その通りだ。
どれだけ教育を受けても、自信のない自分は隠せない。
気弱で、卑屈で、嫉妬心ばかりが強い。
それが、僕の正体だ。
もし光のちからがなかったら、王太子にはなっていなかっただろう。
それでもなんとか、王太子という仮面をつけ続けてきたつもりだ。
あと十年も経てば、父のようになれるのか。
誰からも恐れられるような…畏敬の念を持たれるような王に、なれるのか。
毎日、王太子としての重圧に耐えていた。
そんな時に、リリアンヌが加護を貰った。
しかも、自分の誕生祭の日に。
話題を、すべて持っていかれた。
異形の存在の初討伐では大成功を収め、褒章授与式も行われた。
精霊祭では父と共に、民たちの前に出ていた。
自分は、取り巻きと宴に参加するくらいしかできなかったというのに。
リリアンヌも、王位継承者だ。
背中から、凄まじい勢いで追いかけられているような――
そんな焦りを、ずっと感じていた。
妹のように可愛いと思うと同時に、
頼れる兄でいたいと思うと同時に、
ずっと、リリアンヌに嫉妬していた。
王太子である自分を差し置いて、討伐に行ったのだ。
あれだけ周りから褒めそやされ、さぞや有頂天だろう。
そう、思っていたのに。
『もう…私のせいで誰かが死ぬのは、嫌なんです…!』
そこにいたのは――
命を狙われ、代わりに死んだ者を嘆き悲しむ、小さな少女だった。
加護を貰って喜ぶ少女の姿は、どこにもなかった。
なぜ…こんな子に嫉妬していたのだろう。
彼女も、苦しんでいる。
僕と、同じだ。
彼女を、助けてあげよう。
護ってあげよう。
何かを抱えている彼女の心を、少しでも軽くしてあげよう。
そうして自分は、過信した。
助けるどころか…彼女を戦わせてしまった。
あんなに人が死ぬことを嫌がっていた彼女に、人殺しをさせてしまった。
あの時、自分にもっと力があったなら。
あれくらいの数の兵など、ひとりで倒せていたら。
リリアンヌが、あんな顔をすることはなかった。
ザンビア兵に囲まれ、戦っていた時も。
フーリンが剣を取り上げ、鞘に戻した時も。
僕が腕を引き、隣に並んだ時も。
リリアンヌは、ずっと震えていた。
泣き出しそうな顔で視線を彷徨わせ、必死に何かを堪えているようだった。
あの時の表情を思い出すたびに、強く胸が締めつけられた。
二度と、あんな顔を見たくない。
二度と、彼女の手を汚させたくない。
二度と――
「次」
いつの間にか、前に並ぶ者がいなくなっていた。




