国王の面接Ⅰ②
せいやくされる者
「お前が、スワハマの飼い犬か」
案内された部屋に入るなり、ソファで足を組む国王が待っていた。
何度も聞いてきた声だ。
「はぁ…まあ、そうです」
男は国王に答えながら、素早く室内を見渡した。
扉の脇にひとり、騎士が立っている。
黒の騎士の団長だ。
あとは、自分のすぐ後ろに立つルプスか。
室内に、護衛が二人しかいないとは。
舐められているのか。
それとも、絶対に殺されないと思っているのか。
「名は、何と言う」
「…ご主人様には、駒と呼ばれていました」
「はっ…色気のねぇ名だな」
レックスは、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「ペス。まずは座れ」
「えっ…座るんですか?」
座る場所は、国王の前のソファしかない。
「いつまでもそこに立たれたら、話ができないだろ」
「…僕は罪人ですよ?」
国王の前に罪人が座るなど、あり得るのだろうか。
しかも、客間の一室でだ。
「関係ないだろ。それとも、俺を殺したいとでも思ってるのか?」
「いいえ。微塵も思っていません」
ペスは即答した。
「なら、いい。座れ」
「……」
ペスは扉の前から離れると、ソファに浅く腰掛けた。
ルプスも室内を進み、座るレックスの後ろで足を止めた。
「単刀直入に言う」
レックスは身を乗り出し、口を開いた。
「ペス。俺の影になれ」
「…はい?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
影とは、つまり。
そこにいる、ルプスと名乗った者のことか。
「集音のちからは、貴重だ。しかも、一度聞いたことを忘れないんだろ?随分と優秀じゃねぇか」
「……」
しっかり、ばれている。
「ちょうどひとり、空きが出た。お前が入れば、埋まるんだが」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ペスは両手を前に出し、国王の言葉を遮った。
「その前に、僕を取り調べないんですか?」
「お前を?なぜだ」
「僕は、フラディン家の飼い犬だったんですよ?」
「そうだな。その前は、フラディン領のピラーリエにいた」
「…っ」
「生まれは、オールデッヒ領のイガカ村だ。親は、もう村にいないようだな」
「…あ、そうなんですか」
「知らなかったか?村を追い出され、今はエラナリアの町で、お前を売った金で細々と暮らしている」
「へぇ……いや、そうじゃなくて」
すべて調べ上げられていることは、もう分かったが。
「僕は、何度も国王の話をご主人様に密告したんですよ?」
「密告とは言わないな。別に俺は、お前に直接話したわけじゃねぇ」
「何と言うかは知りませんが…勝手に話を盗み聞きしたら、それも犯罪でしょう?」
「まあ、そうだな。聞かれた会話によっては、国家反逆罪だ」
レックスは平然と言った。
「それなら、何を話してきたとか…そういうのをまず聞くもんじゃないんですか?」
ペスは、困惑で眉をひそめた。
「それは、もういい。今までのことは、どうでもいい」
「どうでもいいって…」
「お前が俺の影になるなら、すべてを水に流してやる」
国王は、淡々と言い切った。
「……」
これはつまり、脅しだ。
断れば、この場で殺されるのだろう。
…だが、それ以前に。
「…僕は、フラディン家を裏切れません」
ペスは、自分の首元を指さした。
細い金属の輪には、印章のような紋様が刻まれ、淡く光っている。
「制約の首輪か。久しぶりに見たな」
「国が使用を禁じる前に着けられました」
奴隷がいた時代は、この首輪が使われてきた。
今は使うことはおろか、持っていることも許されないらしい。
「何を制約されている?」
「フラディン家の人間に危害を加えるな。必ず指示に従え。そのうえで、ご主人様に王都から出ることを禁じられています」
ペスは、すらすらと答えた。
それを言ってはいけない、とは制約されていない。
「来い。外してやる」
「…え?」
「知らなかったか?制約の首輪は、着けた者以外に王も外せる」
レックスは、片手でペスを手招いた。
「…本気ですか?」
「心配するな。何度か、外したことがある。死ぬことはねぇよ」
「…ひとつ、確認させてください」
ペスは腰掛けたまま、そっと切り出した。
「今度は、何の制約を課されるのでしょうか」
別に、スワハマに対して何の恩義もないが。
国王にとっては、自分は敵の一味だ。
いつ裏切るか分からない存在を、何の条件もなしに引き込むとは思えない。
「思ったよりは、馬鹿ではなさそうだな」
レックスは、ふっと口角を上げた。
「任務に失敗したら死ぬ制約なら、僕は一発で終わりますよ」
「おい、やる前から諦めるなよ」
「僕の戦闘能力は、皆無です。暗殺任務なら、間違いなく失敗するでしょうね」
「そんなこと、お前に頼みやしねぇよ。それにお前は、そこまで弱くないだろ」
「先ほど囲まれた人たちの誰にも勝てそうにはないくらい、弱いです」
「俺の分身と比べるな。…まあ、影になればこいつがお前を鍛える」
レックスは、くいっとルプスに親指を向けた。
「ルプス。“誓約”について、説明してやれ」
「はっ」
ルプスは目を伏せ一礼すると、そのまま固まり、動かなくなった。
「…?」
――シュッ…!
鋭い何かが、一直線に右目へ飛んできた。
「…っ」
ペスは咄嗟に手を上げ、飛んできたものを人差し指と中指で挟み取った。
「…何です、これ?」
細長い金属の先端が、鋭く尖っている。
「ふむ…育て甲斐はありそうだな」
ルプスは顔を上げ、値踏みするようにペスを見ていた。
「ああ…さっきのも、こういうことだったんですね」
やっと、屋根の上で言ったルプスの言葉の意味が分かった。
「…毒針ですか?」
受け止められず目に刺さっていたら、毒が回って死んでいたのだろうか。
「毒針ではない。ただ、右目を失っていただけだ」
「……」
もしこの人が上司になるなら、先が思いやられそうだ。
「その針をこれから、お前の脳に刺す」
「げ」
「痛みはない。今はな」
「ああ…これが、制約の首輪代わりということですね」
「その通りだ。私の“誓約のちから”で、お前に、これから二つのことを誓わせる」
ルプスは、ぴっと二本指を立てた。
「“セスランディア王”に、生涯忠誠を尽くすこと。王を、裏切らないこと」
「随分…大雑把な制約ですね」
思わず、本音が口を衝いて出た。
「行動を制限する制約ではない。お前自身が明言した忠義を、誓約とする」
「…まあ、意味は分かりました」
「その二つさえ守れば、針は一生作用することはない」
「……」
一見、緩い誓約に見えるが。
どこからが“裏切り”と見なされるのかは、分からない。
それに…目の前の男ではなく、“セスランディア王”に誓いを立てるということは、
王が代替わりすれば、誓約の対象も次の王に移ることになる。
そうすれば、レックス・セスランディアへの裏切りは可能となる。
なんとも不気味な誓約だ。
「…それで、どうする」
レックスは、低く口を開いた。
「影になるか、死ぬか。今、選べ」
容赦のない二択を、突きつけられた。
「…死ぬのは、嫌です。影になりますよ」
考えても仕方ない。
その二択なら実質、選べる道はひとつだ。
「分かった。来い」
「…はい」
ペスは立ち上がると、向かいのソファへ回り込んだ。
わずかに逡巡した後、レックスの足元で跪いた。
「動くなよ」
レックスが手を伸ばし、ペスの首輪に触れた。
「――外れろ」
「…!」
制約の首輪が、ガシャンッ――と床に落ちた。
十年ぶりに、首元が軽くなった。
「…では、先ほど私が言った言葉を、その場で繰り返せ」
ルプスは言いながら、跪くペスの後ろに回り込んだ。
「ああ…はい」
ペスは、首をさする手を止めた。
今度は、脳に別の重みが加わる。
主が変わるだけだ。
まあ…暗殺任務を頼まれなさそうなだけ、ましか。
小さく溜息を漏らし、口を開いた。
「…私は、セスランディア王に――」
「待て、ペス」
「…?」
ペスは言葉を止め、伏せた目を上げた。
「…誓約を変えろ」
レックスは視線を宙に浮かせ、とん、とんと指で膝を叩いていた。
「…!」
国王の体が――紅く光っている。
特別なちからを持つ者ということは知っていたが、
そのちからが何なのかは、スワハマも知らなかった。
強化の類のちからだったか…
「…“セスランディア王”と“リリアンヌ”に忠誠を尽くし、裏切らないこと。
もしその二人が敵対した場合は、リリアンヌにつけ」
「…は?」
ペスは、きょとんとレックスを見上げた。
「…陛下、本気ですか」
「大真面目だ」
レックスは、表情も変えずにルプスへ答えた。
「あなたとリリアンヌ殿下が敵対することなど、あり得ないでしょう」
「次の王は、別かもしれない」
「ブライアン殿下も、あり得ません」
「ブライアンが死ねば、次は誰がなるかもう分からないだろ」
「縁起でもない…」
「縁起も何も、実際、そうなりかけた」
「……」
ペスは、静かに二人のやり取りを聞いていた。
これは…ザンビア砦の話だ。
スワハマと城から拾った話で、だいたい何が起こったかは知っている。
本当に…あのリリアンヌ・エラドリオールが、異形の存在を討ったのか。
黒の騎士でも敵わなかった、化け物を。
だから目の前の王は、彼女をそこまで特別視するのか。
「ペス、誓約しろ」
「…分かりました」
ペスはその場で姿勢を正し、わずかに息を吸った。
「私は、セスランディア王とリリアンヌ殿下に忠誠を尽くし、裏切らない。
その二人が敵対した場合は、リリアンヌ殿下につくことを、固く誓います」
言い終わると同時に、ちからが送られる感覚があった。
後ろから、ルプスが針を刺したのだろう。
確かに今は、痛みはなかった。
「ようこそ、王の影へ。今日から、お前もルプスだ」
「…はぁ」
ルプスの言葉に、ペスは苦い顔を浮かべた。
すごいな。
リリアンヌの知らないところで、彼女に忠誠を誓う男がひとり、できあがってしまった。
本人が知ったら、気味が悪いどころの話ではないだろう。
「…それで、僕はこれからどうすればいいんですかね」
さっそく今日から、修行の日々が始まるのだろうか。
「さっそくだが、任務だ」
レックスが即答した。
「え」
「お前には、何年か潜入して探りを入れてもらう」
「潜入任務ですか…」
つまり、密偵か。
「難しいことはない。ただ、守衛隊に入隊して兵士として過ごしてもらうだけだ」
「…は?僕が?」
「不満か?」
「いいえっ…そうではなくて、ついさっきまで僕は敵の一派だったんですよ?」
スワハマが守衛隊に潜入させた山賊が、何をしたかは知っている。
その一味の人間を、また守衛隊に入れるというのか。
「だから、関係ねぇ。お前はもう、王の影だ」
レックスは、平然と言ってのけた。
「はぁ…」
なんて、無茶苦茶で強引なんだ。
国王の会話は、何度も拾ってきた。
人となりを知っていたつもりだったが、まだ足りなかったようだ。
「守衛隊に入隊したら、お前は特定の人物に近づけ」
「は…ああ、なるほど」
一応、役割はあるようだ。
「無理にちからを使う必要はない。ただ、そいつの人となりを探れ」
「何か話を引き出す必要はないんですか?」
「そうだな…強いて言うなら、なぜ王都に来て守衛隊になったのかを聞き出せ」
「…分かりました」
ということは、王都出身の人間ではないのだろう。
「入隊は、明日だ。もう、お前の手続きは済ませてある」
「ええ?」
「お前の元主人のせいで、入隊条件が厳しくなってな。ほとんど正直な経歴で登録しておいた。名も、本名を使え」
「……」
今日捕まることも、自分が断らないことも想定していたのか。
それに、本名など十年以上も使っていない。
「ただし、つい最近エラナリアから王都へ来たことになっている。話を合わせておけよ」
「エラナリアなんて…ほんの数週間しかいなかったんですがね」
ペスは、諦めたように言った。
「それなら、今日中にエラナリアの情報を詰め込め。ルプス、頼む」
「お任せを」
ルプスが、姿勢正しく一礼した。
「お前次第で、そいつをこっちに引き込むか決める」
レックスは言いながら、ゆっくりとソファから立ち上がった。
「お前次第で、お前の使い方も変わる」
「…使い方、ですか?」
確かに、すでにスワハマのもとにいた時とは違いそうだが。
それでも結局は、身を潜めて探るのが仕事だ。
誇れるような仕事ができるとは、思っていない。
「刺激的な仕事が、したいんだろ」
「…!」
ペスは、はっと顔を上げた。
「刺激を求めるのは、結構なことだ。だが別に、命を懸けることだけが刺激的な仕事じゃねぇ」
レックスは扉の前で振り返り、わずかに笑みを浮かべた。
「安心しろ。退屈はさせねぇよ」
その口調は、どこか挑戦的だった。




