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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十章/残された男たち
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市井に届いたもの②

サム視点



「ただいま~」


メルが、孤児院の扉を開けた。



「…?兄ちゃん、入らないの?」

すぐに振り返り、不思議そうに首を傾げた。



「…ちょっと、ギタンのとこ行ってくる」



「じゃあ、オレも」



「お前は、もう寝ろよ。明日も早いんだからさ」


サムはメルを置いて、ひとり菜園の方へ進んでいった。



菜園の奥に広がる森の中に、ぽつんと小屋がある。


そこに、ギタンはひとりで住んでいる。


オレたちを拾った頃から、ずっとここにいた。


薬療院の番人のような、シルヴィアの付き人のような…


よく、役割は分からないけど。


オレに生き方を教えてくれたのは、ギタンだ。



小屋に近づくと、扉がゆっくりと開いた。


オレの気配に、気付いたのだろう。



「…派手にやられたな」


扉から出てきたギタンが、ふっと低く笑った。



「…あ」


言われて、気付いた。


前掛けが、大皿の料理でべっとり汚れている。



「…ちょっと、下手を踏んだ」


サムは前掛けを腰から外すと、ぽいっと小屋の脇に落とした。


洗うのは、明日でいい。


メルも今頃、前掛けを着けたままだったと気付いているだろう。



「そうか」


ギタンは身を引き、小屋の中にサムを招き入れた。



「怪我してんなら、シルヴィアに軟膏でも塗ってもらえ」



「喧嘩したわけじゃないから。これくらい、大丈夫」


灯りの下で、肘をすり剥いていることにも気付いた。



「酒か茶しかねぇ」



「…茶を貰っていい?」



「ほら」

ギタンは、すぐにコップをテーブルに置いた。



「ありがとう」

サムは椅子を引き、コップの前に腰を下ろした。



「今度は、何の噂を拾ってきた」



「…え?」



「今度は、何が不安なんだ」

ギタンは向かいの椅子を引き、どかりと腰掛けた。



「…リリィは、本当に眠ってるのか?」


ギタンには、なんでもお見通しだ。


だからこそ、いつでも答えを求めてしまう。



「そう城から公表されただろ。なら、それが事実だ」



「…本当に、生きているのか?」


メルにはそうだと答えたけど、


不安で、仕方ない。



「当たり前だ。そこまであいつらは嘘つきじゃねぇ」



「…あいつら?」


ギタンは、たまに誰かのことを“あいつ”と言う。



「噂に振り回されるな。公表されたことだけを信じろ」



「…なんで、リリィが戦わなきゃいけないんだ」


サムは、ぎりっとコップを握りしめた。



「騎士も兵士も、何してたんだ」



「戦ったんだろ。敵わなくて、大勢死んだ」

ギタンは、淡々と答えた。



「そんな相手を…リリィが本当に倒したのか?」



「お前は、リリィを見ていてそれが嘘だと思うか?」



「…いや。リリィなら、本当にやりそうだ」


剣の腕は、オレとほぼ互角だ。


でも、そういうことじゃない。



病が治る作物を、毎日収穫できる菜園に変えてしまうようなちからがある。


実際に、肩に乗る精霊をこの目で見た。


物語でしか見たことのないエルフだって、傍にいた。


リリィはいろいろ、規格外だ。



「気になるなら、次に来た時、本人に聞けばいい」



「…でも、今は眠ってるって」



「だから、目覚めたらの話だ」



「…また来るかな」



「約束している。必ず来る」

ギタンは、きっぱりと言い切った。



「リリィは、必ずまたここに来る。だから、人の心配より自分の心配をしろ」



「…えっ?オレの?」



「お前はあと二年で成人だ。今のまま、日雇いの仕事を続ける気か?」

ギタンは、くいっとコップを傾けた。



「…そうだな。どうしようか」


つられて、一口飲んだ。


いつもシルヴィアが淹れてくれる、ぽかぽか茶だった。



「仕事は…楽しいんだよ」


日雇いの仕事は、どれも好きだ。


たまに今日みたいな目には遭うけど、それでも思った以上に金を稼げている。



組合で、成人した後の働き口も斡旋してもらえる。


字の読み書きも計算もできると言ったら、いくらでも紹介できると言われた。



想像していたより、ずっと選べる未来があった。


だからこそ逆に、何を選べばいいのか決められない。



「お前は、兵士になる気はないのか」



「…!」

サムは、はっと顔を上げた。


兵士。


考えたこともなかった。



「それだけ剣が扱えりゃ、問題なく入隊できる」



「…貧民区出身でも?」



「今の王になってから、入隊条件は緩くなったはずだ」



「だけど、守衛隊になるためには素性調査もあるんだろ?」



「俺が言ってんのは、王領内で募集している兵士のことだ」



「ああ…関所とかを護ってる兵のことか」



「まあ、そうだ」



「…兵士か」


サムはコップを置き、頬杖をついた。



兵士になれば――


もっと、リリィのことを知れるだろうか。


何か少しでも、役に立てるのだろうか。



それとも、


ザンビア砦で死んでいった兵士のひとりになるのだろうか。



「リリィは、関係ないぞ。お前が何をやりたいか考えろ」



「……」


ギタンには、すべてお見通しだ。



兵士の給金は…悪くない。


領内どこへでも行かされる可能性があるし、戦争が起きれば駆り出される。


危険な任地では、給金も増えるらしい。


薬療院に仕送りする余裕だってできるだろう。



「やりたいこと…」


働くことは、好きだ。


自分のやったことが金になって返ってくる瞬間が、一番嬉しい。


それなら、危険な分だけ稼げる兵士は、オレに向いているんじゃないか。



ただ…そうなると、メルとは一緒に住めない。


それに、あいつが成人する頃には、オレは死んでいるかもしれない。



…あのメルが働けるような場所なんて、あるだろうか。


今は嬉々として煙突掃除に行っているけど、体が大きくなったら、もうできない。



メルは、我慢ができない。


身内が傷つけられると、すぐにかっとなる。


それが良いところでもあるけど、それではどこからも仕事が貰えない。


自分たちは、差別されて当たり前なのだから。



「……」


…当たり前?



違う。


それが普通ではないと、


あいつが、気付かせてくれただろ。



「…うん、そうだよな」


サムは、ひとり納得して頷いた。



貧民区出身だからと、差別を受け入れる必要はない。


今日のような酒場で、メルが我慢して働く必要はない。



「オレ…チビどもが働けるような場所を、作りたい」


ただの、思いつきだ。



「貧民区の奴らが、気兼ねなく働けるような場所を作りたい」


それでも口に出したら、急にやる気が出てきた。



「そりゃ、いいな。お前に、向いてる」

ギタンが、ふっと笑った。



「本当?」



「お前は誰かの下で働くより、連中の先頭に立つ方が似合う」



「…ありがとう」


なんだか、気恥ずかしい。



「…まだ、何をやるかも決めてねぇけどな」

サムは誤魔化すように、頬をぽりっと掻いた。



「あと二年ある。ゆっくり考えろ」



「そうだな」


貧民区出身でも、気兼ねなく働けるような場所――



きっと…口で言うよりも大変だ。


経営の、けの字も知らない。


それに、貧民区出身という偏見はどこまでも付きまとう。



それでも…もし、実現できたら。



成人を迎えた貧民区の子供が、働ける場所がなくて、また貧民区に戻ってくる。


そんなことは、なくなる。


そうしたら、いつかは貧民区もなくなるかもしれない。


…なんて、気が早いけど。



なんだか、楽しみになってきた。



次にリリィが来た時、オレが店を出していたら、驚くだろうか。


あの満面の笑みで、すごいと褒めてくれるのだろうか。



「…ふっ」


市場を案内した時のことを思い出したら、勝手に笑みがこぼれた。


王族の娘が、あんな美味そうに王都揚げを食うなんて、ずるいだろ。



「元気出たな」



「だな。戻るわ」

サムは茶を飲み干し、がたりと立ち上がった。



「あまり、根詰めるなよ」



「うん。話を聞いてくれて、ありがとう」


おやすみとギタンに言い、小屋を後にした。



流れているリリィの噂が本当か嘘かなんて、どっちでもいい。


ギタンの言うように、気になるなら、本人に聞けばいい。



そんな心配をしている暇があったら、自分のやりたいことを進めるべきだ。


二年なんて、あっという間だ。


何を…やるかな。



ふいに、ひとつの言葉が頭をかすめた。



『――まるで、便利屋さんみたいだね』



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