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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十章/残された男たち
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市井に届いたもの①

サム視点



「おい!山みてぇな巨人の化け物が現れたって、本当かよ…!」


騒がしい酒場の中で、ひと際大きな声が耳に入ってきた。



「南から帰ってきたら、町中どこもその話で持ち切りだ。しかも、中央ザンビア砦なんてそう遠くねぇじゃねぇか」



「おう。あの砦で何かあったことは、間違いねぇ」

別の声が、自信ありげに答えた。



「どうしてだ?」



「近くの山まで行った奴が知り合いにいてよ。遠くからでも分かるくらい、砦が崩壊してたらしいぜ」



「あそこには、山ほど兵士がいるだろ」



「ほとんど、死んじまったってな」



「おい、兄ちゃん!エール二つ持ってきてくれ」



「…はい!ただいま!」


別の場所から上がった声に、サムは慌てて返した。



「本当に巨人の化け物なのか?山賊じゃなくて?」


エールを注文した男たちもまた、大きな声で話し込んでいた。



「山賊で、兵士が大勢死ぬかよ!あんなとこ、誰が襲うってんだ」



「かぁ…本当かよ。それで?リリアンヌ様が、その巨人の化け物を倒したって?」



「…!」


聞き慣れた名前に、ぴくりと体が反応した。



「そう発表があったな」



「精霊の加護を貰った姫さんが、巨人の化け物と相討ちして眠りについた…か。まるで、お伽話だな」



「おい、不敬で捕まるぞ」



「…エール二つ、お待ち」


サムが、どんっとジョッキを置くと、男たちは口を噤んだ。



「おい!ここ、飲み物こぼれてんじゃねぇかよ!汚ぇな」



「今、拭きます!」


雑巾を手にして、声の飛んだ方へ向かった。



「だってよ、お前は信じられるか?」


呼びつけた客たちは、床を拭くサムを気にせず話を続けた。



「オレは一度、巨人の化け物を見たことあるからな。あんなもんを、加護があるからって、姫さんが倒せるとは思えねぇな」



「だが実際、まだ眠ったままなんだろ?」



「それも、どうだか。もともと、あまり表に出てくるような方じゃなかっただろ」



「……」


サムは、いつもより念入りに床を拭いていった。



「何かをさ、誤魔化したかったんだろうな」

男二人の会話に、隣の席の男が加わった。



「何かって?」



「知らねぇが、兵士が大勢死ぬような何かだ」



「あ?なんだそれ」



「兵同士で、争ったのかもな」



「何のために?」



「そこまで知るかよ」


会話に加わった男は、小さく肩をすくめた。



「だが、リリアンヌ様を利用して誤魔化したんだ」



「そんじゃ、姫さんは何もしてないのか?」



「違う。オレは、眠るリリアンヌ様を運んでるアランフォース様を見た」



「あ?あの黒の騎士のアランフォース?」



「それ以外に、誰がいる」



「じゃあ、本当に…」



「まあ、何かにゃ巻き込まれたんだろうな」



「…襲われたのか?」



「大巨人の化け物を倒した、よりはよほど現実的だ」



「おい、いつまで床拭いてんだ!役立たず」

調理場から、怒鳴り声が飛んだ。



「…すみません」


サムは雑巾を脇に置き、空いた食器をテーブルから回収していった。



「ありゃ、本当に精霊の生まれ変わりだ」



「本当に、リリアンヌ様が巨人の化け物をお倒しくださった。間違いねぇ」


また別の席から、リリアンヌの名前が出た。



「自分が生きている時代に、あんな尊い方がお生まれになるなんてなぁ」



「そのうち、聖院に像がひとつ増えるかもしれんな」



「一番奥のテーブルだ」

店主が、どんっと大皿料理を台に置いた。



「…はい」


サムは慎重に大皿を両手で持ち、指示されたテーブルへ向かった。



「リリィは、そんな奴じゃない!」



「…!」


甲高い叫び声に、はっと顔を上げた。


店内の喧騒が、一瞬途切れた。



「…あ?なんだ、このチビ」


座る男たちが振り向き、前掛けを着ける少年を睨みつけた。



「リリィは、本当にすごいんだ!馬鹿にするな!」



「リリィって…姫さんのことか?…ぶはっ!お前、大正門の上で見た姫さんに惚れたのか!」



「…ちがうっ!」



「勝手に愛称で呼びやがって!不敬で、しょっぴかれちまうぜ」


ぎゃはははっ!と男たちが笑った。



「おい、メル…!やめろ」


サムは大皿を持ったまま、慌てて弟のもとまで近づいた。



「…取り消せ!リリィが目立ちたがり屋だなんて、取り消せ!」


メルは眉を吊り上げ、男たちに向かって叫んだ。



「うるせぇんだよ、ガキが」


別のテーブルで飲んでいた男が、メルの背中を蹴り飛ばした。



「!」


メルはサムにぶつかり、料理の載った大皿が、ガシャーンッと床に散らばった。



「おいっ!クソガキども!」


店主が顔を真っ赤にして、調理場の奥から飛んできた。



「安いから使ってやったのに、余計な仕事まで増やしやがって!」


勢いのままに、ぐいっとサムの胸倉を掴んだ。



「…申し訳ありませんでした」



「出てけ!お前らに、金なんて払うか!」


店主は扉に向かい、サムを突き飛ばした。


後ろに倒れ込み、ガンッと扉に背中が当たった。



「貧民区に戻れ、クソガキども!」


その言葉に、一瞬、店内が静まり返った。



「…貧民区のガキどもかよ!道理で臭うと思った」


「小銭稼ぎもできねぇとは、本当にカスだな」


「さっさとお家へ帰んな!…あれば、だけどな!」


すぐに、ぎゃははっと下卑た笑いが響き渡った。



「兄ちゃん…!ごめん、オレ…」



「…出るぞ」


サムは素早く立ち上がると、メルの腕を引っ張り、酒場を後にした。



外へ出るとメルから手を離し、黙々と通りを進んでいった。


道行く人たちが、不思議そうな視線を送っている。


そういえば、前掛けを着けたままだ。


だけど、外す気力もなかった。



「…本当に、ごめん」


メルは、小走りで兄を追いかけた。



「どうしても許せなくって…かっとなっちゃった」



「…オレも、全然集中してなかった」

サムは、ふっと息を吐いた。



「兄ちゃん…ごめんな。ここの仕事、もう二度とできなくなった」



「もういいよ。どうせ、長くは続かなかった」


落ち込む弟の肩を、ぽんっと叩いた。



「帰って、早く寝よう。明日もまた仕事だ」


通りはまだ、がやがやと騒がしい。



「巨人の化け物が」


「リリアンヌ様が」


「眠ってるって」


耳に入る単語は、どこも一緒だ。


誰もが、同じような話ばかりしている。



「…リリィのこと、目立ちたがり屋の姫さんだって言ったんだ」


ぽつりと、メルが口を開いた。



「兄ちゃんを治して、菜園まであんなにすごくしたリリィを…どうして馬鹿にできるんだ」



「…メル。それは秘密にしろって、ギタンにも言われただろ」



「…だってさ!ギタンばっかり、ずるいよ!オレだって、全部気付いたのに!」


メルは、がばっと顔を上げた。



「それなのにっ…ギタンにばっか、いろんな話してさっ…何も教えてくれなくて」



「…それは、八つ当たりっていうんだ」



「…なあ、兄ちゃん。リリィは、大丈夫だよな…?」



「……」



「眠ってるって…死んでないよな…?」



「…絶対に目覚める。そう発表があっただろ」


サムは前を見たまま、静かに答えた。



ザンビア山脈の砦に、かつてないほどの巨人の化け物が現れた。


また多くの兵が犠牲になったけど、騎士と共に向かったリリアンヌがそれを討伐した。



相討ちになり、リリアンヌもまた倒れた。


今は深い眠りについているが、必ず目覚める。



突然、そんな内容が国から発表された。



精霊の加護を授かった時と同じように、町は大騒ぎになった。


噂が飛び交っていて、どこまでが本当なのかも分からない。


発表から一週間以上経った今でも、町中、リリィの話だらけだった。



また、リリィは急に来なくなった。


二か月間、毎日のように来ていたのに、ぱたりと姿を現さなくなった。


またな、と言い合ったのが最後だった。



「あら、あんたら可愛い顔してんね。うちで働く?」


「やめときなってぇ。そいつら、貧民区のガキだよ」


「可愛けりゃ、貧民区のガキでも稼げるさ」


店の前に立つ娼婦たちに笑われながら、サムとメルは裏路地へ入っていった。



貧民区出身と分かれば、必ず差別を受ける。


差別しなかったのは、リリィだけだ。


大切な友達だとまで、言ってくれた。



だけど――オレは、リリィのことを何も知らない。



リリィは初めて孤児院に現れた時、ひとりきりだった。


半年間、ずっと。



今なら、分かる。


王族の娘がたったひとりで貧民区まで来るなんて、異常だ。


数多くいる使用人や衛兵にもばれず、こっそり抜け出していたのだろう。



リリィは、自分の話をほとんどしなかった。


孤児院に来る時は、いつでも笑っていた。


怒ったり泣いたりするのは、いつもオレたちのことだった。



だから、何も気付けなかった。


来られなかった時は…どこかに閉じ込められていたのではないか。


つらい思いを、していたのではないか。



もし発表された内容が、すべて本当の話なら。


加護を持っているからって、巨人の化け物と戦わせるなんておかしすぎる。


一緒に向かった騎士たちは、一体何をしていたのか。



たった十歳の少女が、天災のような存在に立ち向かうことに…


誰も、何も感じなかったのだろうか。



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