孤独なエルフの出立
キリ視点
わずかに開いている窓から、そっと部屋の中へ足を踏み入れた。
心地のよい風が、室内に入ってきている。
「ホ~」
気付いたスノウが、こちらに目を向けた。
その脇では、少女が昏々と眠り続けている。
「……」
キリはベッドに近づき、リリアンヌを見下ろした。
今日も、白の使い手が訪れていた。
砦で倒れた時より、顔色はかなり良くなっている。
「…少し、出かけてくる」
眠るリリアンヌに向かい、静かに言葉を落とした。
精霊を探しに、各地を巡る。
まだ何の反応もないが、
彼女が目覚めるまで、じっとしていることなどできない。
――精霊を、見つけてくれ。
私にとって、精霊王のその言葉は絶対だった。
それなのに一族の長は、精霊探しを諦めた。
長に従わず、精霊探しを続けた。
何度か、人族の住む里にも足を運んだ。
そこで、精霊の加護を授かった少女の噂を聞いた。
そのことを、すぐに長へ伝えた。
長から返ってきた答えは――頑なな拒絶だった。
一族は、もう駄目だ。
あの狭い里で、ただ何百年も生きているだけだ。
長は狂ったようにひとつのことに心を奪われ、里から出ようともしない。
一族は、長の言うことしか聞かない。
私の意見など、受け入れない。
だから――
命懸けで、里を抜け出した。
一年かけて、この国を巡った。
長から聞いていた様子とは、随分違った。
どこにも、血生臭い戦争など起きていない。
ただ、欲張りで自分勝手というだけだ。
奇妙な掟や身分制度も、多く存在していた。
多くの里を巡り、王都へやってきた。
自分なりに、人族の性質を理解したつもりだったが――
リリアンヌは、誰とも違った。
彼女は、他人のことしか気にしていなかった。
彼女の涙は、いつも誰かを想って流すものだった。
今まで見てきた人族は、身分が高いというだけで居丈高だった。
だが彼女は、当然のように身分の低い者と抱き合い、喧嘩し、笑い合っていた。
初めは精霊探しのために近づいたが、単純に、彼女自身に興味が湧いた。
彼女と、行動を共にしたいと思った。
人族と、関わるな。
精霊を絶やした人族を、許すな。
お前は、人族が精霊を虐げてきた歴史を知らない。
何度も、長から呪いのように言われた言葉――
その通りだ。
だが、だから何だという。
四百年ぶりに現れた精霊を、無視していいのか。
知らないからと、加護を持つ者と関わってもいけないのか。
長も、この少女のことを何も知らない。
一族といた四百年より、
リリアンヌといた二か月の方が、よほど精霊について知ることができた。
もう、いい。
彼女を護れるなら、
彼女と精霊の、小さくも綺麗な世界を護れるなら。
一族のことなど、どうでもいい。
自分なら、何ものにも負けない。
そう思っていたが――それは、大きな勘違いだった。
精霊のなれの果ての存在など、知らなかった。
放たれた異形の存在が、あれほど強いとは知らなかった。
四百年以上生きてきて、一体、何を学んできた。
彼女が目覚めなかった時は…胸の奥を、何かにきつく締められた。
病気でもないのに、胸が苦しかった。
精霊王が必ず目覚めると言って、ようやくその痛みがなくなった。
私にも――こんな感情があった。
「……」
キリはそっと手を伸ばし、リリアンヌの頭に触れた。
柔らかい髪が、指をくすぐった。
『ありがとう、キリ』
『キリと出会えて、良かった』
「…ありがとう」
それは、私の方だ。
「……」
やがてキリは手を離し、窓へ向かっていった。
「ホ~」
すぐに、スノウが追いかけてきた。
「今は離れるが、必ず戻ってくる」
このままいなくなると、勘違いしたのだろうか。
「ホ~!」
スノウがもう一度鳴き――
キリの体が、強い光に包まれた。
「…!」
…これは。
「…私に、ついて来てくれるのか」
「ホ~」
「…ありがとう」
キリは、スノウを肩に乗せると、
静かに、エラドリオール邸を後にした。




