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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十章/残された男たち
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それぞれの決断③

レックス視点



「…今日は、驚くことだらけだな」

ロデオは扉を見つめたまま、呆然と呟いた。



「それで、お前は」



「何がだ?」



「俺に、話があるんだろ」



「ああ…」


ロデオはソファから立ち上がると、レックスの座る執務机に近づいた。



「兄上、二人きりで話がしたい」



「…外せ」


レックスの合図で、エドガーとアランフォースが執務室から出ていった。



「そこまで内密な話なのか」



「かなりな」

ロデオは、机に本をそっと置いた。



「…何だ、これは」


革張りで、帳面のように見える。



「リリアンヌの日記帳だ。ザンビア砦で使った部屋にあった」



「おい…!」


レックスは、眉をひそめて弟を見上げた。


さすがに読むのは、過保護の域を超えている。



「私ひとりでは…どうすればいいのか、分からない」



「あ…?」



「…読めば、分かる」


ロデオはそれだけ言うと、ソファへ戻っていった。


深く腰掛け、そのまま下を向いた。



「…悪趣味だな」


レックスは毒づきながらも、日記帳を開いた。



頁をめくる音だけが、室内に響いた。


しばらく、静かな時間が流れ――



「……」


ぱたんと、日記帳を閉じた。



「…これで、だいたいの疑問が解決したな」



「どこがだ…!」


ロデオは、膝の上で拳を握りしめた。



「リリィは一体、何を抱えていたんだ…!」



「俺たちは、知らないところでもリリアンヌに助けられていたのかもしれねぇな」



「その…デューゼの森の悪夢というものは、防げたのか?」



「あの時の精霊王が、瘴気に飲み込まれるようには見えなかった」



「そう…だな」

ロデオは、自分に言い聞かせるように頷いた。



「ロデオ。お前は、この日記を見なかったことにしろ」



「…兄上は」



「俺もだ。あいつが起きた後に何も言わないなら、そのまま忘れる」



「…リリィの苦しみを、知らなかったふりしろと言うのか」



「そうだ。知られたくなかったから、誰にも言ってこなかったんだろ」



「……」



「おい、泣くな」


レックスは、わずかに顔をしかめた。



「そんな場合じゃねぇだろ」



「…どうしてリリィは、何も相談してくれなかったんだっ…」



「お前はこれを言われて、信じたか?」



「当たり前だ…!」

ロデオは、吠えるように顔を上げた。



「本当か?実際に精霊王を見た今だから、信じられるんじゃねぇか?」



「…そんなことはない」



「そうか?俺は、あいつが加護を貰った時にこれを言われても、信じなかった」



「…私は、違う」



「一緒だ。お前は、信じない。リリアンヌにそう判断された」


レックスは、止めを刺した。



「俺たちは、リリアンヌに信用されていなかった」



「…っ…」


ロデオは俯き、両手で顔を覆った。


そのまま、小さく肩を震わせた。



「私は…どこまでも父親失格だな」


ぽつりと、力ない声が漏れた。



「何も…見えていなかった」



「お前も悔しければ、変われ」

レックスは、鋭く言い放った。



「もう、リリアンヌを閉じ込めておくだけでは駄目だと分かっただろ」



「……」



「本当に娘を思うなら、束縛してやるな」



「…そうだな。勝手に抜け出されるより…いいな」


ロデオは、はぁ…と深い溜息を漏らした。



「三年前か…心当たりがありすぎる」



「…ギタンは、シルヴィアのところにいたか」

レックスは、何気なく呟いた。



「…まさか、リリィと繋がっていたとはな」



「あいつが、剣を使えた理由が分かった」



「あの爺…余計なことを教えやがって」



「おい、そのおかげでリリアンヌは死なずに済んだだろ」



「そもそも、リリィが剣を握るような状況になったことが問題だ!」



「その通りだな。俺も、お前と約束を違えた。本当にすまなかった」



「あ…!?」


レックスの言葉に、ロデオは固まった。



「必ず護ると言った。リリアンヌを兵と戦わせる気は、まったくなかった」


ザンビア兵が襲撃する気だと分かった時、


何よりも先に、リリアンヌと合流するべきだった。



アランフォースが、ヌシカの存在を伝えた時、


さっさと、アランフォースをリリアンヌのもとへ向かわせるべきだった。



何を言っても――言い訳だ。



「お前は…リリアンヌが目覚めた時、傍にいてやれ」


レックスは椅子に深く座り込み、ロデオから視線を逸らした。



「ザンビア砦のことを聞かれたら、お前が説明しろ」



「どう…説明してやればいい」



「時間は、たっぷりある。何を伝えるか、お前が決めろ」



「…リリィにも、操られていたことを隠すのか?」



「だから、それもお前に任せる」



「…少し、考える」


ロデオは、ゆっくりと立ち上がった。



「私は、日記に関して何も知らなかったことにする」



「それでいい」



「一度…自室に戻る」


ロデオが机に近づき、手を伸ばした。


その手が届くより早く、レックスは日記帳を手に取った。



「しばらく、貸してくれないか」



「…知らなかったことにするのにか?」



「知らなかったことにするにも、考えることはある」



「…リリィが目覚めるまでには、返してくれ」


ロデオは伸ばした手を引き、扉に向かっていった。



「エドガーたちを、中に戻すか?」



「いや…いい。外で待ってろと伝えろ」



「…了解」


執務室の扉が、静かに閉まった。



「……」


レックスは深く椅子に身を沈めたまま、しばらく宙を睨みつけていた。


やがて身を起こし――日記帳を、再び開いた。



――もう、時間がない


“デューゼの森の悪夢”まで、あと半年しかない

スノウが消えずに異形の存在の大群を消し去る方法を、結局思いつけなかった


早く、デューゼの森に向かわないと

精霊王が瘴気に飲み込まれる前に、会わないと


決行は、明日夜

ひとりで旅立つために、一年かけた

褒賞金も、まだたくさん残っている


お父様たちに手紙を書いて、

それから、最後にもう一度、持っていくものを確認して――



ぺらりと、頁をめくった。


今度は、書き殴ったような字で書かれている。



――私のせいで、御者が殺されてしまった


馬車が、怖い

カーテンの閉められた部屋が、怖い


あの御者の顔が…

どこも見ていないあの目が、忘れられない


ルイージ宰相が、守衛隊にも死人が出たと言っていた

私を攫うためだけに、何人も犠牲になってしまった


また…人を巻き込んだ

一体私は、どれだけ周りを巻き込めば気が済むのだろう


…アランフォース副団長やアイラ様と話して、もっと笑うと決めたばかりだ

楽しいことを、思い出そう



その隣の頁は、細かな字が並んでいた。



――夢に、オーリア様が現れた


会った時は少年のような姿だったのに、

白のちからを送ったら、少し成長した姿になった


封印はしばらく大丈夫と言ってたけど、まだ分からないとも言ってた

どっちだろう…

だけどまずは、王城の地下にいる精霊を見つけることが先だ


私の言葉が、国王に届いたのかは分からない

それでも、精霊が見つかれば、デューゼの森に行ける

すべて、キリのおかげだ


まさか、こんなに早くキリと出会えるなんて思わなかった

加護を持つ者としてふさわしいって、言ってくれた

ずっと、負い目を感じていた


私が、スノウの加護を授かる予定じゃなかったから


それでも、キリは認めてくれた

やっと、私がスノウと一緒にいてもいいと言ってもらえた気がした


それにしても…マドカは、どこへ行ってしまったのだろう

きっと、いないわけじゃない

それなら、霊拝師にならないで、どうしているのだろう。



また、頁をめくった。



――お父様が、城下町に行くことを許してくれた!


駄目元で言ったのに、本当に本当に嬉しい!

何もかも、キリのおかげ!


まず、薬療院と孤児院のみんなに会いにいった

シルヴィアは相変わらず優しくて、温かかった

ギタンにはあんな別れの挨拶をした手前…会うのが、少し恥ずかしかった


安易な考えで菜園に白のちからを送ったことは、反省しなくちゃいけない

まさか、あんなことになるとは思わなかった


それに…キリが、一緒に収穫するなんて思わなかった

かなり慣れていたから、きっと、風の里でも小麦を収穫していたのだろう


カヤは、とっても元気そうだった

攫われる怖さは、私も知っている

それでもまた受け入れてくれて…すごく嬉しかった

メルも、ヌイやワンス、モモ、ゲン、ユウも

新しく孤児の子が増えていたことは複雑だったけど…みんな元気そうだった


三年前、ギタンに、自分が救ったものが何なのか見届けろって言われて

逃げるなって言われて

緊張したけど、会いに行って、本当に良かった


サムとは、喧嘩してしまった

だけどお互い三年分のわだかまりを吐き出したみたいで、なんだかすっきりした

初めて町に行くって言ったら、案内してくれることになった!

相変わらず、頼りになるお兄ちゃんだ



楽しげに、中央市場の話が綴られている。


しばらく、薬療院や市場での出来事が続いた。



「……」


レックスは、ぱら、ぱらと先へ進んだ。



――オーリア様が、また夢の中へ会いに来た


少し…様子が、変だった

私とキリが、精霊狩りのことを何も知らないと言っていた


何か…知らず、傷つけてしまったのだろうか

それでも、信用していると言ってくれたけど…


でも…信用されてなくても、仕方ないなって思った

それほど、人間たちはひどいことをしてきたから


とにかく…精霊を見つけて、その期待に応えたい

まずは、明日の地下捜索だ



再び、頁をめくった。



――オーリア様の、言った通りだ


私は、精霊狩りについて、知った気になっていただけだった

ここまでひどいことをしてきたなんて…

何も知らずに、オーリア様に精霊を見つけるなんて言って、傷つけた


…泣いている場合じゃない

キリに、動かなければ変わらないと言われた

キリと、精霊を探して、助けようと約束した


まずは、ナナたちをデューゼの森へ返しに行く

伯父上が、約束してくれたのだから


そうすれば、デューゼの森の悪夢は起こらない


一の月を無事に乗り越えたら、白のちからのことをお父様に報告しよう

今度こそ、霊拝師になろう

それでもきっと、精霊を探すことはできるから



「…できるわけねぇだろ」


小さく呟き、さらに日記を読み進めた。


ある頁で、ふいに手が止まった。



…俺は、信用されなかった。


当たり前だ。


リリアンヌが加護を貰った時、面倒ごとを増やされたとしか思わなかった。


加護のちからが使えると分かって、今度はそれを試させようとした。



隠れていたエルフが現れ、精霊王の存在を知った。


それでもまだ、同じように思っていた。



あいつの行動は…すべて、“これ”のためだった。



ひとりで、抱えていた。


ひとりで、解決しようとしていた。



「……」

レックスは机の上で、きつく拳を握りしめた。



『お前は、悔しいんだな。リリアンヌを護れなかったと思っている』



ああ、そうだ。


死ぬほど、悔しい。



すべてにおいて、弱い。


あまりにも、無知。


これで二千万人の頂点に立つ男など…笑わせる。



だが…


これで終わりと思うな。



まだ、変われる。


まだ、間に合う。



ロデオには日記を見なかったふりをしろと言ったが、


リリアンヌには、絶対に口を開かせる。



ルイージのちからを使う気は、一切ない。


あいつが俺を信用して、自ら話そうと思うまで。



何度も、向き合う。


どこまでも、付きまとう。



起きたら――覚悟しろ。




――今日、王都を出発した


デューゼの森まで、往復だけで二か月だ

帰ってくる頃に、私はちょうど誕生日を迎えるだろう


私の誕生日には、お兄様が死んでしまう

その数か月後には、お母様も


お父様も、伯父上も

エドガー団長も、今一緒にいる、国王直属騎士団の人たちも

ニアやステファン、城下町の人たちも…


みんな、大勢、死んでしまう


絶対に、そんなことにはならない

現実のオーリア様は、瘴気に飲み込まれたりしない


オーリア様が異形の存在にならなければ、未来はきっと変わる

そうすれば、スノウだってずっと一緒にいられるはず

大丈夫


お父様たちと、約束した

必ず、みんなと一緒に王都へ帰ってくる

「ただいま」って、笑って言えるはずだから


…大丈夫



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