それぞれの決断①
レックス視点
「もう…スワハマもトジャも、役に立たない」
ルイージが、静かに首を振った。
「どういうことだ?」
ソファに座るロデオが、すかさず尋ねた。
「生きてはいるが、それだけだ。何をしても、呻くだけで話はしない」
「…虚ろ人となったのですね」
ロデオの後ろに立つナイジェルが、静かに口を開いた。
「その通りです。スワハマの従者の方が、まだ情報を持っていました。まさか、スワハマが…と、失礼」
語らせのちからに対抗する術を持っているとは思わなかった。
ルイージは、そう続けたかったのだろう。
スワハマの一族、フラディン家は、古くから続く貴族だ。
有り余る財産を使い、あらゆるものを手に入れてきた。
そのひとつが、“ちからを防ぐ石”だった。
あの無駄に身につけていた宝飾には、意味があった。
ルイージのちからは、とっくに知られていた。
リリアンヌが攫われて尋問した時も、スワハマはその石を身につけていたはずだ。
どうりで、話が噛み合わなかったわけだ。
「ブルックが、一番まともだったな」
ロデオが、深い溜息をついた。
王都まで連行されたブルックは、よく喋った。
ルイージのちからを使わずとも、勝手に話した。
おかげで、ようやく一連の出来事の全体像が見えてきた。
発端は、王城の地下で精霊三匹を見つけたことだった。
ブルックはトジャを引き連れ、その日のうちにスワハマの屋敷へ報告に行った。
そこまでは想像の通りだったが、
そこに、ヌシカが現れた。
ブルックによれば、そこで三人とも操られた。
自分の感情が抑えられなくなったらしい。
ブライアンやフーリンたちの話によると、ヌシカは、リリアンヌに深く嫉妬をしていた。
オーリア様は自分のものだ、と。
お前が憎い、と。
完全な逆恨みだ。
そもそも、ヌシカは人族を深く恨んでいた。
砦にいた人間を、全員殺す気でいた。
実際、リリアンヌがいなければ、あのまま全員死んでいただろう。
そうなれば、異形の存在になったヌシカはザンビア山脈を越え、その先にある村を襲っていたはずだ。
討つまでに何日もかかり、犠牲者の数も今までの比にならなかっただろう。
「キリ殿のおかげで、スワハマが王都から逃げる前に捕らえられたが」
ルイージもつられるように、溜息をついた。
「なぜ突然、あんなに壊れたのだか…」
王の影がスワハマの屋敷で見張っていたのは、分身の方だった。
ヌシカにちからを貰ったスワハマは、抜け道を使い、ザンビア砦へ先回りした。
だが、砦へ向かったスワハマも分身だった。
本体は、町の隠れ家でもなく、ただの安宿に身を潜めていた。
聖守護騎士団をザンビア砦に少しずつ送り込むため、大聖堂の騒ぎに目を向けさせた。
トジャの狂乱により、事態は余計に混乱した。
操られたことにより、人を殺したい衝動に駆られたらしい。
スワハマは、大院長を生贄にした。
オドバを殺していいから、霊拝師を人質にして大聖堂へ引きこもれとトジャに指示を出した。
大聖堂で捕らえた衛兵どもは、まともだった。
だが、ブルックやトジャに逆らえず、言われるがまま霊拝師や侍者を閉じ込めていた。
砦にいた聖守護騎士団の奴らは、とっくに操られていたのだろう。
生き残った聖守護騎士団やザンビア兵は、漏れなく虚ろ人となっていた。
白のちからでは、虚ろ人は治せない。
俺を斬ろうとした時の、リリアンヌの表情…
あれもまた、操られていた。
なぜ、あいつは正気に戻ることができたのか。
「…レックス、どうする。これ以上は、公表を延ばせないぞ」
「…分かってる」
ルイージの言葉に、レックスは、ようやく頬杖を解いた。
ザンビア砦での戦いから、七日が経った。
まだ、何も公表していない。
大聖堂での事件が重なり、結局、自分たちが王都から出立したことも公表できていない。
だが、町の者たちは何かがあったことには、とっくに気付いている。
中央ザンビア砦が完全封鎖されたのだから、当然だ。
どこまで…何を伝えるべきか。
「まず…聖守護騎士団はもう、このまま解体するべきだな」
レックスは宙を見つめ、机を指でとん、とんと叩いた。
聖守護騎士団の多くが、ザンビア砦で死んだ。
生き残った者も、ブルック以外は虚ろ人だ。
「霊拝師の巡礼は、予定通りでいいんだな?」
ルイージは、再びレックスへ尋ねた。
「当たり前だ。ナイジェル、巡礼にはお前のところの騎士と、兵を多めにつけろ」
「分かりました」
ナイジェルがすぐに頷いた。
「……」
公表する内容か…
精霊王やヌシカについては、触れない。
それは…今、眠っている奴の意思を無視して伝えるべきではない。
それなら――
「…中央ザンビア砦に、巨大な異形の存在が現れた、だな」
レックスは、机を叩く指を止めた。
「国王直属騎士団と聖守護騎士団が向かい、ザンビア兵と共に戦ったが、多くの被害が出た」
「聖守護騎士団とザンビア兵の裏切りを、すべて隠すつもりか?」
ロデオが訝しげに口を挟んだ。
「理由をどうする。まさか、信仰の対象であるヌシカが首謀者だと説明するつもりか?」
レックスは即座に返した。
「む…そうだが」
「スワハマを首謀者にして大逆罪に問えば、フラディン家の遠縁にあたるアイラまで処分の対象になる」
あいつには、いてもらわないと困る。
「レオや聖守護騎士団も全員を大逆罪に問えば、この国から貴族が消える」
それはそれで、すっきりはしそうだが。
巨大な異形の存在が現れて犠牲者が出た、だけでは弱い。
何か、民の目を向けさせるような――
「…中央ザンビア砦に巨大な異形の存在が現れ、多くの兵が犠牲になった。
リリアンヌは死闘の末にそれを討伐したが、ちからを使い果たし、今は深い眠りについている。だが、必ず目覚める」
レックスは、室内にいる全員へ聞かせるようにゆっくりと言った。
「これを、真実として公表しろ」
「おい…兄上!」
ロデオがすぐに噛みついた。
「娘のことを、なぜ言う必要がある!」
「私も…反対です」
扉の脇に立つ男が、静かに口を開いた。
「せめて起きるまでは、彼女の名を出すことは避けるべきではありませんか」
エドガーの表情は、保護者のものだった。
「民には、光が必要なんだよ」
レックスは、執務室にいる者を順に見渡した。
「巨大な異形の存在が現れ、大勢の兵が死んだ。それだけを伝えたら、民は異形の存在を恨む」
また、異形の存在が多くの犠牲者を出した。
また、兵たちが死んだ。
なぜ、異形の存在は自分たちを襲うのか。
「その空気では、異形の存在の正体を伝えることなどできなくなる。今度は、精霊を恨み始める」
信仰しているものが、異形の存在となり人々を襲っていると知れば、
民は信じることをやめるだろう。
「一旦、民の目を逸らさせる。この国には、“光”があることを知らしめる」
リリアンヌがいれば、異形の存在は倒せる。
あいつを持ち上げれば、犠牲者の多さも…霞む。
まずは、希望を示す。
真実を伝えるのは、その後だ。
「まるで…リリアンヌ殿下は、生贄ですね」
怒気をはらんだ声が、静かに室内に落ちた。
「…!」
ナイジェルが驚き、扉の方へ顔を向けた。
「…なら、お前が倒したことにするか?」
レックスは、怒りを押し殺す男を鋭く睨みつけた。
「アランフォース。お前が倒したことにして、代わりに“光”になるか?」
「…いえ」
間を開いて、アランフォースは静かに首を振った。
「私には、分不相応です」
「そうだな。リリアンヌ以外、誰もが分不相応だ」
下手に隠すより、名を知らしめた方があいつも今後動きやすくなる。
それが、なぜ分からない。
「人族は、遠回りが好きだな」
窓際に立つ男が、唐突に口を開いた。
「お前たちが過去に行ってきた非道も、それによりヌシカという精霊のなれの果てが人族を恨み操ったことも、すべてそのまま伝えればいい」
キリは、本当に理解できないというように首を傾げた。
「……」
レックスは黙ったまま、ぎろりとキリを睨みつけた。
そんなことをしたら、セスランディア王家の権威は一気に失墜する。
他国からも非難を浴びるだろう。
精霊がいなくなったのはセスランディアのせいだとされ、また無駄な戦争の火種になるかもしれない。
ただでさえ、先代王のせいで多くの国から恨まれている。
そんな理屈を、このエルフが理解するとは思えなかった。
「操られていたことを公表するのは、私は反対です」
ナイジェルが、代わりに答えた。
「死んだ聖守護騎士団やザンビア兵の遺族が、納得しないでしょう」
「納得させる必要があるのか?」
「当然だろう。身内が死んだんだぞ。なぜ命を落としたのか、説明する必要がある」
キリの言葉に、ナイジェルは眉をひそめた。
「説明も何も、事実を伝えればいい」
「だから…そんなことをすれば、不満が溢れる」
「お前たちに不満を言うのは、的外れもいいところだ」
「そういうことを言っているのではない。身内が操られて死んだとなれば、お前はどう思う」
「事実を受け入れて、終わりだ」
「……」
ナイジェルが、反論を諦めた。
「リリアンヌは…兵を、殺めた」
部屋の隅で静かに佇む男が、小さく呟いた。
「操られていた兵を斬ったと知れば…リリアンヌは苦しむことになる」
「……」
キリが、口を閉じた。
「そうでなくても、彼女は傷ついているはずです。操られていたということを、彼女のために、できる限り隠したい」
ブライアンは、ゆっくりと顔をレックスに向けた。
「……」
あいつは、どうせ斬った相手のことまで抱え込む。
遺族に謝罪へ行くなどと言いかねない。
戦争では、もっと理不尽な理由で人は死ぬ。
そんなことを気にしていては、自分が破滅する。
だが、キリ同様、リリアンヌに理解させることも困難だ。




