決着の裏側④
レックス視点
城塞の脇にある厩舎は、潰れていなかった。
辺りに瓦礫が散らばってはいるが、馬に被害はなさそうだ。
厩舎の中から、馬の嘶きが聞こえた。
誰か、いる。
ふいに、右側に強い風が吹いた。
「アラン!」
その瞬間、後ろにいたエドガーが鋭く叫んだ。
――ドゴッ…!
「…ぐっ!」
続けて、何かが壁に激突する音がした。
厩舎へ踏み込み、即座に状況を理解した。
アランフォースが、厩舎の中央で背を向けて立っている。
奥の壁際で、白い軍服の男が、ずるりと床に落ちるところだった。
「お前は、リリアンヌ殿下を抱えているんだぞ!」
「ええ、分かっています」
エドガーに返事をしながらも、アランフォースは奥へ向かっていった。
「…おい、アランフォース。殺すなよ」
念のため、釘を刺した。
「分かっています」
アランフォースは倒れる男の前に立つと、
躊躇いなく、腹を踏みつけた。
「ぐぁぁっ…!」
――メキメキメキッ…!
骨の軋む音が、ここまで聞こえた。
「…ムロバン、シャル。アランフォースを止めて、ブルックを捕縛してこい」
レックスは、後ろに立つ騎士へ静かに命じた。
「あいつは、リリアンヌ殿下を悪魔と罵りました」
「生きている価値もありません」
二人はブルックを睨みつけたまま、動かなかった。
「……」
どいつもこいつも、頭に血がのぼっている。
「…エドガー」
「はっ!…エツィオ、ヤコブ。ついてこい」
エドガーは、比較的リリアンヌと関わりの薄い騎士たちを呼んだ。
「ぜっ…全部話す!だから殺さないでくれ!」
「黙れ」
「がぁぁぁっ…!」
またブルックの体が、メリメリッと軋んだ。
「アラン。お前は、さっさとロックに乗れ」
エドガーが、ぐいっとアランフォースの肩を引いた。
「今は、リリアンヌ殿下に余計な負担をかけさせるな。帰ってから、いくらでもやればいい」
「……」
アランフォースの足が、ようやくブルックの腹から離れた。
「陛下…!私は、スワハマ大教主の指示に従ったまでです!」
ブルックは縄で縛られながら、声を張り上げた。
「すべて話しますからっ…」
「そうだな。お前には、聞きたいことが山ほどある」
レックスは、見苦しく叫ぶ聖守護騎士団の団長をぎろりと見下ろした。
「王都に戻ってから…と言いたいが、ひとつ、教えろ」
「はっ…何でしょう」
「スワハマは、どこだ」
「ここには、いません!城下町に身を潜めています!」
「…!」
大聖堂でも、自邸でもなく。
町の方にいたか。
「陛下、早馬を出しましょう」
エドガーが素早く振り返った。
「…そうだな。リック、お前が行け」
「はっ」
「おい、キリ」
レックスは、我関せずとばかりに馬に乗っていたエルフの方へ振り向いた。
「お前もそいつについていって、大木の穴の場所を伝えろ」
「分かった」
キリは馬の腹を軽く蹴ると、リックに続いて厩舎から出ていった。
「……」
随分あっさり従った。
リリアンヌと離れることを、渋ると思ったが。
「信じらんないっ…!」
リックたちが出ていくのと入れ違いに、金切り声が上がった。
「リリアンヌ殿下が…悪魔!?なに言ってんの…!?」
マコが、怒りで肩を震わせていた。
「…愚かにも、ほどがあります」
アイラですら、冷たい目でブルックを見下ろしていた。
その周囲にいる国王直属騎士団の騎士たちからは、殺気が立ちのぼっている。
「…エツィオ、ヤコブ」
レックスは、再びブルックたちの方へ顔を向けた。
「はっ」
「お前らは、後から来い。ブルックに馬を与えてやる必要はない。歩かせろ」
帰途で、ブルックが殺されても困る。
まだ、こいつに聞きたいことは山ほどある。
エツィオとヤコブが、ブルックを引き立てて歩き出した。
レックスはその場から離れ、端にいた自分の馬を引いた。
その隣で、静かにブライアンが馬を連れ出した。
「……」
異形の存在が現れるまで、ブライアンがどこにいたかはまだ分からない。
だが、軍服に大量の返り血が付いている。
これが初めての実戦とは、我が息子ながら不運だ。
今も視線を下に向け、険しい表情を浮かべている。
…思うところは、多くあるはずだ。
誰もが、同じように。
ここにいる全員が、夜通し戦った。
だが、寝ている暇などない。
ザンビア砦で、王都で、何が起こったのか。
ヌシカは、いつから関わっていたのか。
精霊王は、本当に味方なのか。
リリアンヌは、何を知っていたのか。
考えることは多くあるが、
すべて、馬上で考えればいい。
どうせ、王都へ着くまで誰も眠れやしない。
リリアンヌのおかげで、体だけは、これ以上ないほど軽かった。




