決着の裏側③
レックス視点
「……」
レックスは、オーリアの消えた場所をまだ睨みつけていた。
精霊王は――味方と見ていいのか。
側近は人族を恨み、人族同士で争わせた。
あげく瘴気に飲み込まれ、あれだけ巨大な異形の存在になった。
被害がこれだけで済んだのが、不思議なほどだ。
そうだ。
被害状況の確認が、優先だ。
怪我人がいないか…
…ああ、違う。
あの時、城塞全体が白く光ったように見えた。
リリアンヌの白のちからが、城塞に残っている者たちにも届いたなら――
怪我人は、もういないはずだ。
少なくとも、見張り台にいた部下たちは何事もなかったかのように動いている。
確認すべきは、死者と、運良く生き延びた聖守護騎士団やザンビア兵だ。
「…ロデオ。ナイジェル」
レックスは、ようやく口を開いた。
「…あ、ああ」
ロデオが、はっと精霊王が消えた場所から目を離した。
「…はっ」
ナイジェルは呆然としたまま、ゆっくり立ち上がった。
「国王直属騎士団を二隊に分ける。半数は、すぐにリリアンヌを連れて王都へ戻る」
レックスは、後ろを見やりながら続けた。
国王直属騎士団の状況は…
すでに、エドガーが指示を出したようだ。
「残りの半数と、お前たちが連れてきた兵で、今すぐに城塞の中で生きている聖守護騎士団とザンビア兵を捕縛しろ」
「…全員、裏切ったのか?」
ロデオの顔が険しくなった。
「そうだろうな。俺たちは、睡眠薬を盛られた」
「なっ…!」
「あいにく、睡眠薬くらいではやられない。抵抗しないようなら、拘束して王都に連れ帰れ」
「…少し、待ってくれ」
ロデオが振り返り、守衛隊の騎士に指示を出した。
騎士は頷くと、兵たちの方へ向かっていった。
すぐに援軍の兵が進み出し、レックスたちの後ろを通り過ぎていった。
「…それで、兄上。他には」
「この砦を封鎖する。通行人は今日一日は来ないが、南北双方へ早急に通達を出せ」
「分かりました。それは、私が指示を出しておきます」
頷くナイジェルは、いつも通りの表情に戻っていた。
「あとは死体の確認だな。それから、スワハマがどこかに潜んでいる可能性もある」
「!そうだ、スワハマ…!」
ロデオが、はっと眉を寄せた。
「王都で奴を拘束しようとしたら、消えたと報告を受けた」
「同じく、ここでも奴は消えた。ヌシカに何かしらのちからを借りていたんだろ」
「どこにいる…」
ロデオは、ぎりっと拳を握った。
「復興はすべて後回しだ。生存者と死者を確認したら、お前たちも戻ってこい」
「陛下は、リリアンヌ殿下と共に戻られるので?」
「ああ、戻る」
レックスはナイジェルへ短く答えると、リリアンヌを囲む者たちへ振り向いた。
「…陛下」
アイラが、ゆっくりと顔を上げた。
「精霊が虐げられてきたとは…どういうことでしょうか」
「……」
そうだ。
それもあった。
「…その件については、少し待て」
レックスは、静かに答えた。
「今は、リリアンヌを連れて帰る。アイラ、マコ。お前らもだ」
「…分かりました」
アイラは小さく頷くと、静かに立ち上がった。
それに続き、周りの者たちも動き出した。
「…!おい待て、アランフォース!」
サイラスが振り向き、一気に詰め寄った。
「俺が妹を連れて帰る。代われ」
「……」
アランフォースはじっとサイラスを見つめたまま、動かなかった。
「俺は、兄だ。リリィと揃いの加護を貰ったからって、調子に乗るなよ」
「サイラス」
ナイジェルが鋭く呼んだ。
「お前は、今どの立場だ」
「リリィの兄です」
サイラスは間髪入れずに答えた。
「違う。お前は従騎士であり、模範となるべき王族だ。コンラッドを手伝いに、城塞へ向かえ」
「ナイジェル隊長…!妹が襲われた挙句…っ、戦って、倒れているのですよ!」
「サイラス…気持ちは分かるが、リリィは必ず目覚める」
ロデオが、静かに口を開いた。
「目覚めた時に、めいっぱい話を聞いてやろう」
「だからと言って、アランフォース副団長が運ぶ必要はないでしょう!」
「今は、一人でも人手が必要だ。仕事をしろ」
ロデオは言いながらマントを脱ぐと、アランフォースの腕の中にいるリリアンヌへ優しくかけた。
「アランフォース…王城で寝かせてやってくれ。アヴェリーンに説明してから、私が屋敷に運ぶ」
「分かりました」
「父上っ…」
「行くぞ。その怒りを聖守護騎士団やザンビア兵にぶつけてやれ」
食い下がるサイラスを連れ、ロデオは城塞の方へ向かっていった。
「陛下、お待たせしました。行きましょう」
二人と入れ違いに、指示を出し終えたエドガーが戻ってきた。
「厩舎の方は、無事でしょうか」
「…確認に行くか」
厩舎は、城塞のすぐ脇にある。
馬が瓦礫の下敷きになっている可能性が高い。
「駄目だったらナイジェル、お前らが乗ってきた馬を使う」
「もちろんです」
「ナイジェル隊長…!」
城塞に向かったはずの兵士が二人、こちらに駆けてきた。
随分若い守衛隊兵だ。
「…ああ、そうか。それもあったな」
ナイジェルは顔をしかめ、一瞬アランフォースに視線を向けた。
「なんだ、ナイジェル」
レックスは、即座に反応した。
「…いいえ。決して急ぎではありませんので」
「お前が決めるな。言ってみろ」
リリアンヌと、アランフォースに関係することだ。
すぐに察した。
「…お前に、ひとつ確認がある」
ナイジェルは小さく息を吐き、意を決したようにアランフォースへ顔を向けた。
「リリアンヌ殿下からの手紙を…誰からも受け取ってはいないな?」
「……はい?」
アランフォースの眉間に、深く皺が寄った。
「手紙…?何の話です」
「…やはり、そうか」
ナイジェルは深い溜息をついた。
「出立の一週間前に、この二人が、リリアンヌ殿下からお前宛ての手紙を預かった。だが、即座にブルックに奪われたそうだ」
「申し訳ありませんでした!!」
兵士の二人が、アランフォースに勢いよく頭を下げた。
「手紙?何でそんなものを守衛隊兵に託した?」
レックスはすかさず口を挟んだ。
「分かりませんが…時期から言って、今回の襲撃と何か関係のあることだったのかもしれません」
「それなら、城下町にある大木の穴のことだ」
別の声が割り込んだ。
「…あ?」
「は?」
レックスとナイジェルは、同時にキリへ顔を向けた。
「リリアンヌが、その穴が町の外へ繋がる抜け道ではないかと気にしていた」
キリは、淡々と言った。
「…おい、待て。何だそれは。詳しく説明しろ」
レックスは鋭く尋ねた。
「町を囲う外壁近くの話だ。北東側の森にある大木の穴に、人が入っていく気配がした。アランフォースを呼んで調べるつもりだったが、こいつは来なかった」
「何でそんなところに、お前らがいた?」
第三城壁の一塔から二塔付近のことか。
そうだとすれば、立ち入り禁止の区画だ。
「私は、リリアンヌについていただけだ」
つまり、知らないのだろう。
「……」
確かに町にも抜け道はあるが、あの辺りにはなかったはずだ。
すべてを把握していると思ったが、
後から、誰かが作ったのか。
「それを…なぜ、早く言わなかった」
アランフォースの押し殺した声が、静かに落ちた。
「どうやって呼べばいいか、伝えなかったお前が悪い」
キリは、冷たく返した。
『アランフォース副団長を、呼ぶ?』
『はい。いつでもエラドリオール邸まで駆けつけます』
…王城の地下で、そんな会話をふたりでしていなかったか。
本当に、呼ぼうとしたのか。
「…そうだな。俺が悪い」
アランフォースは、ふっと目を伏せた。
「…本当に、申し訳ございませんでした」
「罰なら、なんでも受けます」
兵士の二人が、再び頭を下げた。
「いや…私が悪い」
もう一度、同じ言葉を繰り返した。
「…陛下。早急に、その大木の穴を確認すべきです」
ナイジェルが、静かに切り出した。
「もし本当に抜け道なら、聖守護騎士団が使った可能性があります」
「…まずは、馬の確認だ」
どちらにせよ、厩舎に早く向かう必要がある。
「ナイジェル、あとは任せた」
「はっ」
「行くぞ」
レックスは短く言い放つと、厩舎へ足を向けた。




