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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十章/残された男たち
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決着の裏側②

レックス視点



「やあ、キリ。久しぶりだね」


精霊王の視線が、跪くキリへ移った。



「四百年ぶりだ。すっかり、大きくなった」



「もったいない…お言葉です」


キリは、下を向き――


静かに、涙を流していた。



精霊たちが、精霊王の周りに集まった。


嬉しそうに、光を揺らしている。



「お前たちも、名前をつけてもらったようだね」


手のひらに精霊を乗せると、柔らかな笑みを浮かべた。



「……」


レックスは、眉をひそめたままその光景を見ていた。



精霊王オーリア――


周りの精霊とは、明らかに別の存在だ。



「精霊王…!?」


「うそだろ…」


「聖院の像と、同じだ!」


援軍の兵たちの間に、ざわめきが広がった。



「…ナイジェル、黙らせろ」


レックスは、精霊王から目を離さないまま短く言った。



「…はっ」


ナイジェルは頷くと、すぐさま跪いた。


「……」


それに倣い、後ろに並ぶ兵たちも跪いた。



立っているのは、王族と国王直(フィデリス)属騎士団(グラディウス)の騎士たちだけだった。



「…そんなことは、しなくていい」



「精霊王とやら。俺は、確かに人族の王だ」


兵たちに目を向けるオーリアに、レックスが鋭く返した。



「なぜ突然、現れた。用件を言え」


人族の王として――絶対に、頭は垂れない。



「…ヌシカが、取り返しのつかないことをしてしまった。申し訳ない」


オーリアは、悲しそうに目を伏せた。



「今の我では、瘴気にも異形の存在(ゼノプーパ)にも近づけない。…すべてを、リリアンヌに任せてしまった」



「申し訳ないで、済むと思うか」


レックスの声に、怒りが滲んだ。



「リリアンヌを、お前は騙していたのか」


側近を使い、陥れようとしたのか。



「やめろ!」


キリは顔を上げ、レックスを睨みつけた。



「オーリア様が騙すわけないだろう!」



「キリ…いいんだ。彼の言っていることは、正しい」



「…あ?騙したことを、認めるのか」



「違う。ヌシカがしてしまったことを、認めるということだ」


オーリアは、ゆっくりとレックスに目を向けた。



「君たち人族のしてきたことで、深く恨み…結果、異形の存在になってしまったことを、ね」



「……」


…こいつ。



「リリアンヌが、なぜデューゼの森へ来ようとしていたかは知っているかい?」



「…知っている。精霊を返すためだ」

レックスは、慎重に頷いた。



「そうだね。我のちからが、弱ってしまっているから。精霊がいれば、少しは取り戻せる」



「…少しは」


反射的に、呟いた。



「精霊が、あまりにも減ってしまったからね。でもやっと、ここまで戻った」


オーリアは嬉しそうに目を細め、周りを飛ぶ精霊たちに視線を向けた。



「リリアンヌのおかげで…やっと、我は精霊のもとを訪れることができるようになった」



「もう、デューゼの森まで返しに行かなくてもいいということか?」



「そうだね。この子たちは、このまま我が連れて帰る。見つけてくれて、ありがとう」



「…見つけたのは、リリアンヌとキリだ」


二人が、引かなかったからだ。



「すごいことだ…我ですら長い間見つけられなかった精霊を、わずか二年で四匹も見つけてしまった。それでも、彼女は精霊探しを続けようとしてくれている」


そっと、眠るリリアンヌに視線を落とした。



「…彼女なら、本当に見つけてしまうだろう」



「私も協力します」



「ありがとう、キリ」



「待て…もう、精霊は返した」

レックスは、素早く口を挟んだ。



「これ以上、リリアンヌに何を求める気だ」



「人族の王よ」


オーリアの一言で――空気が、沈んだ。



「長い間、精霊たちは虐げられてきた。…そのことは、もちろん知っているね?」



「……」


肌が、ひどくひりつく。



「人族により狩られ、ほとんどの精霊が消えてしまった」


返事を待たず、オーリアは静かに続けた。



「君たちには、遠い昔の話かもしれない。それでも我は、忘れられない」


まるで、四百年分の重みを突きつけられたようだった。



「…だが、リリアンヌと約束をした。我も変わると、約束したんだ」


張り詰めていた空気が、ふっと和らいだ。



「人族の子らよ」


オーリアの声が、辺りに反響した。


頭の中に、直接語りかけるような声だ。



「もう一度、精霊とのあり方を考えてくれ。

精霊が戻れば――異形の存在が生まれることも、いずれなくなる」



「…!」


全員が、オーリアへ顔を向けた。



「異形の存在の正体は――瘴気に飲み込まれた、精霊のなれの果て(ウァヌスプーパ)だ。

今回君たちを襲った異形の存在は…嘘をつき、人を恨み、精霊ではいられなくなったものだった」


ウァヌスプーパ――


初めて聞く言葉だ。



「瘴気があるから、異形の存在は生まれる。我がちからを取り戻せば、完全に瘴気を封印してみせる。そうすれば、二度と異形の存在は生まれない」


異形の存在(ゼノプーパ)が、この世からいなくなる。


本当に、そんなことが――



「だから…これ以上、精霊を虐げないと約束してくれ」


オーリアの悲哀を帯びた声が、頭の中に染み込んでいく。



「歴史を繰り返さないでくれ。我と…リリアンヌに、どうか協力してくれないか。

我には――リリアンヌのちからが、必要なんだ」


その言葉が、静かに反響した。


誰も、身じろぎすらしなかった。



「リリアンヌは、渡しません」



「え?」


オーリアは辺りに響かせていたちからを解くと、声のした方へ顔を向けた。



「リリアンヌを、連れては行かせない」


サイラスが、リリアンヌを隠すように立ち塞がった。



「ああ…!違うよ」

オーリアは、くすくすっと笑った。



「そうじゃない。リリアンヌの白のちからが必要、ということだ」



「…!」


そうだ。


リリアンヌが、白のちからを使っていた。



「リリィは…白のちからが使えるのか…?」

ロデオは、かすれた声で尋ねた。



「彼女はずっと、誰かのために白のちからを使ってきた。今回の件で、隠すことをやめたんだろうね」


オーリアは、ロデオたちへ優しい笑みを向けた。



「リリアンヌが、我をここまで戻した。彼女が、弱っている精霊たちを元気にした」


…そういうことか。


ふくろうの精霊も。


死にかけていた精霊三匹も――



「精霊たちがちからを取り戻せば、我が気付き、直接迎えに行くことができる」


皆、リリアンヌが元気にした。



「だけど彼女は…体を酷使した」


オーリアは、眠るリリアンヌを悲しそうに見つめた。



「異形の存在を倒す時、精霊たちにもずっと白のちからを送り続けてくれていたんだ。…なんて、優しい子なのだろうね」


精霊が、消えないように。


リリアンヌは、それを一番心配していた。



「どれくらい…かかるのだろうか」


ずっと黙っていたアランフォースが、静かに口を開いた。



「リリアンヌ殿下は、いつ目覚めるのだろうか」



「…!」


オーリアは視線を向けると、はっと目を見開いた。



「…ああ、驚いた」


アランフォースを凝視している。



「そうか…そういうことか」



「…?」

アランフォースは、訝しげに眉を寄せた。



「目覚めるまでは、一年…では、足りないかな。もう少し、時間がかかるかもしれない」


答える頃には、驚きはすでに消えていた。



「そんなに…!」

ロデオが、絶望に満ちた声を上げた。



「でも、必ず目覚める。大丈夫」

オーリアは、優しく頷いた。



「だから――」



「その言葉を、信じていいんだな」


鋭い声が、割り込んだ。



「……」


オーリアは言葉を止め、ゆっくりと顔を上げた。



「リリアンヌは、必ず目覚めるんだな」


レックスは、まっすぐにその目を見据えた。



「もちろん。我の名に懸けて、目覚めることを誓おう」


力強い言葉が、辺りに響き渡った。



静かに、二人の王の間に沈黙が落ちた。



「…さて、お前たち。そろそろ帰ろうか」


やがてオーリアは視線を外し、手を伸ばした。


舞っていた精霊たちが、その手にとまった。



「お前は、これからもリリアンヌを助けるんだよ」


白い光だけが離れ、アランフォースの肩に戻った。



「君は…気付いているかな」

オーリアは、微かな笑みをこぼした。



「君にも、スノウの加護が宿っている」



「…!」

アランフォースは、ぴくりと顔を上げた。



「スノウは、よほど人族が好きなようだね」



「ホ~」


応えるように、ふくろうの精霊が鳴いた。



「…リリアンヌの好きな人が、好きらしい」



「それはどういう意味っ…!」


「今はよせ」


ロデオが強く襟元を引っ張り、サイラスの言葉を遮った。



「リリアンヌが愛されているようで、安心した…目覚めるまでは、我が預かろう」


オーリアを包む光が、大きく揺らいだ。



「また、会おう」


精霊王のいた場所から光が膨らみ――


ふっと、消えた。



「…預かるって、なんだよ…」


サイラスの力ない声だけが、その場に落ちた。



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