決着の裏側①
レックス視点
体に、温かいものが流れた。
「…あ?」
自分の体が、白く光っている。
潰れたはずの右手が、綺麗に治っていた。
隣でぴくりとも動かなかったブライアンが、静かに上体を起こした。
倒れていった国王直属騎士団の騎士たちが、そこら中で立ち上がる気配がした。
「…ナナ!ポポ!」
聞こえた声に、はっと正面を向いた。
「ギイイイイャアアアアア…!」
異形の存在の体が膨らみ、棘を突き出した。
すかさず、黄緑と桃色の光が襲いくる棘を防いだ。
「スノウ…!いくよ!」
両手を前に伸ばすリリアンヌの体が、白く光った。
まるで繋がるように、黒い巨体も光に包まれた。
「ゲギャアアアアアアアアアアアアア――…ッ!!」
咆哮と同時に、足元が大きく揺れた。
無数の棘が弾け飛び、手当たり次第に城塞を貫いていく。
――バチバチッ…
バリバリィィ…ッ!
精霊たちが、猛攻からリリアンヌを護っている。
その間も、異形の存在は白い光に呑まれたままだ。
――拘束している。
いや…違う。
直接、心臓を消そうとしているのか。
胸元に渦が生まれ、揺らめく光が現れた。
露出した心臓の光が、徐々に縮んでいく。
異形の存在そのものを、消し去ろうとしているのか。
そんなことが――できるのか?
「…あぁっ!」
「!」
小さな肩を、棘の切っ先が貫いた。
その瞬間、ようやく体が動いた。
レックスが前に出るより先に、素早く人影が割り込んだ。
アランフォースが、胸壁の上でよろめくリリアンヌの体を支えた。
ふたりの頭上から、崩れた瓦礫がいくつも降り注いだ。
――ドドドドドド…ッ!
ブライアンが、すかさず光の連撃で吹き飛ばした。
撃ち落としきれなかった瓦礫が、まっすぐリリアンヌの上へ落ち――
――ゴッ…!
レックスは、咄嗟に剣で叩き落とした。
「…お前ら、リリアンヌを護れ!」
そのまま、鋭く口を開いた。
「周りを囲め!邪魔をさせるな!」
「はっ!!」
同じように固まっていた騎士たちが、一斉に動き出した。
すぐにリリアンヌを囲むように見張り台の端へ展開し、
上から降ってくる瓦礫を剣や腕で次々と弾き飛ばしていった。
城塞が、崩壊し始めている。
この足場も、まもなく崩れるだろう。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
死ぬ覚悟で、いたはずだ。
それなのに。
――消せ!
そう、強く願っていた。
ふいに、朝陽が差し込んだ。
一気に、辺りを覆っていた雲が晴れていく。
「オ、オ、オ…リ、ア…サマ…ァァァ」
異形の存在が、か細い声を上げ――消えた。
それと同時に、リリアンヌが力なく倒れ込んだ。
後ろから、アランフォースが両手で抱きかかえた。
「リリアンヌ…!」
ブライアンがすぐに駆け寄った。
レックスは剣を収め、その横に並んだ。
リリアンヌの顔が、真っ白だ。
左肩から、血が流れ出ている。
「…マコ!」
「はいっ…!」
マコはすぐに駆け寄ると、リリアンヌに触れた指先を白く光らせた。
「リリアンヌ殿下…っ」
汗と涙をこぼしながら、懸命にちからを使っている。
左肩の血が、止まった。
それでも、顔は白いままだった。
「リリィ!」
「!」
「下に、アイラ殿がいる!」
崩れた見張り台の端から、サイラスが現れた。
「早くしろ!」
その言葉と同時に、アランフォースはリリアンヌを抱えたまま、
躊躇いなく見張り台から飛び降りていった。
「陛下。我々も今すぐ下りましょう」
エドガーが、隣に並んだ。
「……」
レックスは答えず、胸壁から下を覗き込んだ。
地面は、遥か下だ。
リリアンヌを抱えるアランフォースのもとに、アイラやロデオたちが瓦礫を越えて駆けてくるのが見えた。
――ゴゴゴゴゴッ…
足元が、大きく揺れた。
「私が抱えます。急ぎましょう」
「死んでもごめんだ」
「…では今度こそ、この手に触れてください」
エドガーが、静かに手を伸ばした。
レックスは、ようやくその手に触れた。
切り替わった視界の先に、リリアンヌを抱えて屈むアランフォースの背があった。
その横に、キリがいる。
――ドォォォンッ…!
今までいた見張り台が、崩れた。
城塞の至るところに穴が空き、内側がむき出しになっている。
サイラスが、マコを抱えて飛び降りるのが見えた。
ブライアンも騎士たちに交ざり、壁を下りてきている。
レックスは、再びリリアンヌへ視線を戻した。
「リリアンヌ殿下…!」
駆けてきたアイラが、勢いのまま両膝をついた。
両手を伸ばし、リリアンヌに触れ――
「ホ~」
その肩に、ふくろうの精霊がとまった。
「…え?」
そのまま――アイラの体が、白い光に包まれた。
「アイラ殿、頼む」
アランフォースが、急くように言った。
「…はい」
頷くと共に、白のちからを放った。
眩い光が、辺り一面を覆った。
「…すごい」
アイラが、呆然と声を漏らした。
「…起きない」
キリが呟くと同時に、光が収まっていった。
リリアンヌの顔に、赤みが戻っている。
それでも、目は閉じたままだ。
「リリィ…!」
ロデオが、震える手で娘の肩に触れた。
「お願いだ…起きてくれ!」
その後ろに、サイラスも戻ってきている。
ただ静かに、強く拳を握りしめていた。
「……」
レックスは、目を閉じたままのリリアンヌをじっと見下ろした。
なぜ――目覚めない。
見る限り、国王直属騎士団のほとんどが無事だ。
援軍も、巻き込まれなかった。
なぜ、皆を助けたお前だけが、目覚めない。
「…しばらく、眠らせてあげてくれないか」
ふいに、リリアンヌの足元付近から緑の光が溢れた。
「大丈夫…死んだりしないよ」
溢れた光が徐々に膨らみ、人の姿になっていく。
「ただ少し、時間が必要なだけだ」
現れた人物は――レックスに、まっすぐ視線を向けていた。
「……」
レックスは、険しい表情で現れた人物を見据えた。
何だ、この男は。
今まで感じたことのない、形容しがたい気配。
人とは、まったく違う。
まるで、自然の脅威そのものを前にしているような――
「人族の王よ。我は、精霊王オーリアと言う」
こいつが――精霊王。




