第一章Ⅴ(役目と役割)②
リリアンヌ視点
「現在セスランディア王国には、王族と呼ばれる方が九名いらっしゃいます」
授業が始まるなり、マルコはすぐに話し始めた。
「さて、リリアンヌお嬢様。この国の王族とは、どなたを指すかお分かりになりますか?」
「はい…。まずは、国王と王妃」
リリアンヌは戸惑いながらも、ゆっくりと答えた。
「あとはお二人のお子様の、ブライアン王太子、シューゼン王子、マルウィン王子」
「ええ、そうですね。ここまでが王家です。ですがお嬢様、まだ王族はいらっしゃいますね?」
「国王の弟である、お父様、そしてお母様」
ということは――
「その子供であるサイラスお兄様と、私――以上です」
「素晴らしい。おっしゃる通りです」
マルコは満足そうに頷いた。
「お嬢様のお父様は大公の身分をお持ちですが、王位継承権を持つため、王族にあたります」
「あ…なるほど」
だから、貴族ではなくて王族と呼ばれるのか。
「王位継承権という言葉の意味は、ご存じですか?」
「はい。次の王になる資格がある者ということですね」
「本当にお嬢様は賢いですね。それでは、王位継承の順位はお分かりになりますか?」
「…順位」
リリアンヌは、ぐっと口ごもった。
順位なんて考えたこともなかった。
「…まず、王太子であるブライアン第一王子が一番上です」
王太子とは、第一継承者を指す言葉だったはずだ。
「ええ、正解ですよ。お次は?」
マルコは、穏やかに促した。
「第二王子の、シューゼン王子でしょうか」
「残念。次は、お嬢様のお父様です」
「えっ…あ、そうなのですね」
父の順位の高さに、驚いた。
「その次が、第二王子殿下、第三王子殿下と続きます。
ここからは、少し難しいですね。お次はどなたになると思いますか?」
「……」
その次――
まだ、王位継承権を持つ者がいるのか。
「ええと…エレメア王妃でしょうか」
リリアンヌは、間を置いて答えた。
「残念ながら、配偶者様に王位継承権はございません。ですから、アヴェリーン大公妃殿下――お嬢様のお母様にも、継承権はございません」
「あっ…では次は、サイラスお兄様ですか?」
「その通りです」
マルコが、にっこりと頷いた。
「そして最後が、お嬢様です」
「えっ…」
思わず、息を呑んだ。
「わ、私にも王位継承権があるのですか…!?」
「もちろんです。この国の王は、女性でもなれますから」
「……」
私に、王位継承権がある?
そんな大事なこと――“物語”には出てこなかった。
「ご存じかとは思いますが、まもなく陛下とエレメア王妃殿下の間に、第四子がお生まれになります」
マルコは、リリアンヌの様子を気にすることなく話を続けた。
「そうなればお嬢様は、ひとつ順位が下がることになります」
「あの…でも、次はブライアン王太子が王になることは決まっているのですよね?」
「ええ、お嬢様のおっしゃる通りですよ」
「それでも、王位継承の順位は必要なのでしょうか」
「それは、もちろんです。セスランディア王国は、次期王以降もずっと続くのですから」
「あ…ブライアン王太子の、さらに次の王を決める時に重要になってくるということですね?」
「ブライアン王太子殿下が王位を継げば、また継承者も変わりますが…今は、そういうことでいいでしょう」
「なるほど…」
私が王になることは、あり得ない。
ブライアンが王になれば、私の継承権など実質なくなるようなものだろう。
「続きまして、王族の心得について学びましょう」
マルコは、どんどん授業を進めた。
「まず、この国には約二千万の民が住んでいると言われています」
「…言われている?」
リリアンヌは小さく首を傾げた。
「中には戸籍に載っていない者もいますから、正確な数字を出すことはできないのです」
マルコがすぐに付け足した。
「いずれにせよ、大国であることには変わりません」
「はい、そうですね」
二千万もの人が、住んでいるなんて。
想像よりもずっと、セスランディアは大国だった。
「そして、この二千万人の頂点に立つお方が――我らが偉大なる国王、レックス陛下です」
「…はい」
自然と背筋が伸びた。
「お嬢様は、レックス陛下とお会いになられたことはありますか?」
「…私のお披露目の報告で、お父様と一緒に玉座の間に行ったそうなのですが、まったく覚えていないのです」
「それは、そうでしょう。さすがのお嬢様でも、生後六か月の時の記憶はありません」
マルコが、ははっと笑った。
「…ですから私は、国王がどんな方かを知らないのです」
本当は、覚えている。
けれど、それをここで話すつもりはなかった。
「レックス陛下は在位されてから八年間、この国を大きく変革されてきました。賢王と呼ばれる所以ですね」
マルコは気にせず続けた。
「…賢王?」
リリアンヌは、ぴくりと反応した。
「詳しくはまた、別の授業で学ぶことにいたしましょう。今は、王族の話でしたね」
「あ…はい」
そういえば、王族の心得についての話を聞いているところだった。
「レックス陛下に続く身分が、お嬢様を含む王族の方々になります。その下に貴族、平民と続き、またその中でも身分が分かれていますが…これもまた、別の授業でお話しいたしましょう」
「はい」
「さて、賢いお嬢様なら今の話で分かったとは思いますが、ご自身がどれほど高い身分でいらっしゃるか、理解されましたね?」
「…はい」
リリアンヌは慎重に頷いた。
「身分制度を説明する時、わたくしは三角形を用います。
身分の低い者が下で、人数が多い。上にいくにつれ身分が高くなり、人数は減っていきます」
マルコは宙に三角形を描くと、一番上の部分をとんっと示した。
「そして、ここ…三角形の頂点に、王族は存在します。この位置はまるで、太陽のようではありませんか?」
「た、太陽…?」
思わず、声が上ずった。
「ええ。太陽は、地を照らすこの世界の象徴ですね」
マルコは顔色を変えずに淡々と言った。
「それと同じです。王族は、セスランディア王国の民にとって大変尊い象徴なのです」
「…象徴」
その言葉が、重く胸に落ちた。
「これは、大切な王族の心得のひとつです」
「…国の象徴であるということを、念頭に置くということですか?」
「おっしゃる通りです」
マルコは深く頷いた。
「お嬢様はまず、ご自身の立場を知り、それがどれほど貴重な存在かを心に留めていただきたいのです」
「…はい」
先ほどのシルヴィアと、同じようなことを言われたはずなのに――
その言葉より、ずっと窮屈さを覚えた。




