現れた光②
ロデオ視点
「なんだ…あれは」
全員が手を止め、空を見上げた。
突然――門の向こう側に、巨大な黒い人影が現れた。
「ギィィィヤァァァァァァァァァ――…!!」
地面を揺らすほどの絶叫が、響き渡った。
現れた黒い人影は、そのまま城塞へ向かって歩き出した。
――ガシャアァァァンッ…
ガラガラガラ…ッ
建物が、次々と崩れていく。
城塞までもが、大きく傾いていた。
あれは――異形の存在だ。
あれほど巨大なものを、見たことがない。
なぜ突然、あんなものが――
「門を開けろっ!」
息子の声に、はっと我に返った。
「もう戦っている場合じゃないだろ!開けろ!」
門の上に向かって、サイラスがまた叫んだ。
門の上にいる兵たちは、城塞の方へ体を向けたまま固まっている。
「…くそっ!」
「…サイラス!」
サイラスが馬から飛び降り、門へ駆けていった。
門の脇の壁を伝い、あっという間に門の上に辿り着いた。
「…アイラ殿!」
ロデオは馬上のまま振り返り、列の後ろに向かって叫んだ。
「はいっ!」
兵の間を抜け、馬に乗ってアイラが駆けてきた。
「今のうちに、負傷者を診てくれないか。ただし、アイラ殿のちからは温存しておいてくれ」
「分かりました」
アイラは頷くと、後ろに振り向き霊拝師たちを呼んだ。
ようやく門の前に辿り着いたばかりだ。
二度ほど矢の攻撃を受けたが、重傷を負った者はいない。
門番の数が、あまりにも少なかった。
残りは、すべて城塞に向かっているのではないか。
リリアンヌは、無事なのか。
そう思っていたところに、あの巨大異形の存在が突然現れた。
あんなもの、どうやって倒せばいいのだ。
今も城塞へ、一歩ずつ迫っている。
「…ロデオ総長」
横に馬を並べる者が、静かに口を開いた。
「一度、退きましょう」
「…!」
「あんなもの…砦に常備している武器だけでは、到底倒せません」
ナイジェルの顔は、険しく強張っていた。
「一度王都に戻り、態勢を整えましょう」
「…あの城塞の中には、陛下も王太子も…私の娘もいる」
「…分かっています」
「見捨てると言うのか」
ロデオは、ナイジェルをぎろりと睨みつけた。
「…兵を分けましょう。王都へ戻り準備を進める班と、救出に向かう班です」
「馬鹿言え。これ以上、戦力を減らすわけにはいかない」
「あくまで救出が目的です。陛下たちを救出次第、直ちに王都へ――」
――ドドドドォォォンッ…!
轟音に、ナイジェルの言葉が掻き消された。
「…!」
ロデオとナイジェルは、同時に城塞へ顔を向けた。
「ギィィヤァァァァァァ…!」
――バチバチバチィッ…!
城塞から、いくつもの激しい音が上がっている。
「…駄目だ」
ロデオは、静かに首を振った。
「城塞で戦っている。我々も加勢する」
前線に、兄がいる。
間違いない。
国王が、最強部隊と共に、あの異形の存在を倒そうとしている。
「ロデオ総長…!」
「今討伐しなければ、あの異形の存在は山を越えていく。山の向こうに、いくつの村があると思っている」
「そうですが」
「必ず、ここであれを倒す」
「…ですが、ロデオ総長。あなたは、王都へお戻りください」
「何を言っている?私が、なぜ戻らねばならない」
「状況が、お分かりですか」
ナイジェルは鋭く返した。
「ここに国王と、王位継承者が四人もいるのですよ」
「……」
ブライアンと、サイラスと、リリアンヌと――
そして、私自身だ。
「王都にいる三人の王子は、まだ幼い。何かあれば、継ぐのはあなたです」
「お前っ…!」
ロデオは、ぎりっと拳を握った。
「もう兄上たちが助からないようなことを言うな!」
「討伐を決意するのなら、ご覚悟を!」
ナイジェルは、ロデオを上回る声で叫んだ。
後ろに並ぶ兵たちの目が、一斉にこちらへ向いた気配がした。
「…ここで討伐する気なら、その覚悟を持ってくださいということです」
ナイジェルは兵たちの方を見やり、声を鎮めた。
「あなたは、絶対に死んではいけない」
「……」
ナイジェルの言う通りだ。
本当は、自分がここに来るべきではなかった。
分かっている。
分かっているが――
「ギイヤァァァァァァァ――…!」
異形の存在の咆哮が、砦中に響き渡った。
――ゴゴゴゴゴゴゴ…ッ
「ヒィィン…!」
地面が激しく揺れ、馬が嘶いた。
「きゃっ…!」
「うわっ…」
霊拝師たちが揺れに耐えられず、尻餅をついて倒れた。
――ガラガラ…ッ
目の前の門が、ゆっくりと開かれた。
サイラスが、中から操作したか。
「…進むぞ!」
「ロデオ総長!」
ロデオはナイジェルを無視して、開かれた門を進んでいった。
門の先は、瓦礫だらけだった。
左右の建物が崩れ、砂煙が舞っている。
雨が降っていたのか水溜まりができ、足場が泥濘んでいた。
「馬から降りろ!ここからは歩いて進むぞ」
ロデオは、後ろに叫びながら馬から降りた。
「ゲギャギャギャァァァァァ…!」
ここからでは異形の存在しか見えず、城塞の様子が分からない。
だが、まだ激しい音が続いている。
まだ、戦っている。
まだ、生きている。
『――…デオ総長!リョ……です!』
「!」
ロデオは、はっと耳を澄ませた。
伝達のちからを持つ、リョーマの声だ。
『リリア……を、これから、そちらへ送り……!』
激しい音で、声が不鮮明だ。
それでも、何を言いたいかは分かった。
『そのまま王都へ戻り、準備を――』
「ギャアアアアアアアアアアア――ッ…!」
地面が再び大きく揺れ、ガラガラッ…と辺りの瓦礫が崩れた。
リョーマの声が、聞こえなくなった。
「…アイラ殿!」
ロデオは、異形の存在へ目を向けたまま叫んだ。
「はい!」
アイラは、すぐ後ろに控えていた。
「アイラ殿。これからここに、リリアンヌが送られてくる」
「…え!?」
「城塞で戦う騎士からの伝言だ」
ロデオは、耳をとんと指した。
「娘が来たら、ナイジェルと共に王都へ帰ってくれないか」
「…!?ロデオ総長、どういうことですか!」
ナイジェルが、すぐに口を挟んだ。
「あなたが、リリアンヌ殿下と戻るべきです!」
「私は、絶対に帰らない」
ロデオは、決意のこもった目で振り返った。
王領から共に向かってきた兵たちが、呆然と異形の存在を見上げている。
「なんだよ、あれ…」
「うあ…」
何人かは、恐怖から呻き声を上げていた。
「この門まで、異形の存在を引き寄せる!」
城塞から聞こえていた激しい音が、消えている。
だが、絶望はしない。
「全員、門の上へ登れ!!大量の矢を送ってやれ!」
娘が、生きていてくれるのならば。
もう、迷いはない。
次に異形の存在が現れた時は、私が倒すと決めた。
リリアンヌさえ、無事ならば――
ふいに――城塞が、カッ…と白い光で溢れた。
「…!?」
ロデオはすぐに振り返り、城塞を見上げた。
あの光は、何だ。
閃光弾か…?
いや…あの、白い光は――
「…っ…リリアンヌ殿下」
アイラの震える声が、耳を抜けていった。




