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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第九章/ザンビア砦の戦い
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運命が動くとき①

リリアンヌ視点



自分の体が、自分のものではないみたいだ。



目は見えている。


体も、動けるはずなのに。


何も、感じられない。



ここは、どこだろう。


遠く、喧噪が聞こえる。


足元が、揺れている気がする。



すべてが、ただ自分の中を通り抜けていった。



私のせいで…


大勢の人を、巻き込んだ。



ヌシカの言葉が、何度も胸を突き刺している。



加護を授かって、王城へ通うようになった。


それでチャンに目を付けられ、


自分を攫うために、御者も守衛隊兵も殺されてしまった。



地下でナナたちを見つけて、


デューゼの森へ返しに行きたいと言った。



そうしてヌシカが待ち構えているこの砦に、のこのことやって来て…


大勢が、死んだ。



人を…殺した。


何人斬ったかも、分からない。




『誰かを助けるために、一生懸命なあなたのままでいてください』


『どうか、そのままの殿下でいてください』




「…うぁぁ…っ!」


助けるどころか…


人の命を、奪った。



変わって、しまった。



もう――


王城の地下で、優しく抱き上げてもらった私じゃない。



「う、ぐぅ…っ」


護衛なんていらないと言ったのに。


“物語”のような、戦うリリアンヌになりたいと思っていたのに。



どこかで――ずっと、護られたいと思っている自分がいた。



本当は…王子様に護ってもらえるような、お姫様でいたかった。


優しく抱きかかえてもらえるような、女の子でいたかった。



なんて、最低なのだろう。


なんて、醜いのだろう。



もう…嫌だ。


何もかも、放り出したい。



誰かが代わりに、国を救えばいい。



『なぜ、こんな非力な者に加護を与えた』



ヌシカの言う通りだ。


加護を持っていたって、何もできやしない。



それに、このまま生きていたって。


“物語”通りに進めば、十八歳のリリアンヌは――



大切な人たちを、苦しめるのだから。



このまま意識を手放したら、どれほど楽だろう。


深く沈めば、真っ暗な闇にどっぷりと浸かれそうだ。



…もう、それでも――



「リリアンヌ殿下」



「…!」


ふいに聞こえた声に、反射的に高く跳んだ。



まだ、敵がいる。


勝手に、体が動いた。



空中で剣を抜き、相手の首の位置で思いきり振り抜いた。


簡単に避けられ、宙を掠った。


それなら、下から突きを…



「…っ」


あっさりと、右腕を掴まれた。


握る剣を、また奪われた。



「返して…!」


その剣は、大切なものだから。



「リリアンヌ殿下」


誰かが、目の前に跪いた。



「私が、分かりますか」


分からない。


知らない。



もう、どうでもいい。



「ひとりにして…申し訳ありませんでした」



「…?」


誰かにも、謝られた。


どうして、私に謝るのだろう。



「どうか…戻ってきてください」


意味が…分からない。


ここに、いるのに。



「リリアンヌ殿下」


また、呼ばれた。



「私を、見てください」



「…見えない」


もう、何も見たくない。



「声は、届いていますね」



「…知らないっ」



「リリアンヌ殿下――」



「もう、戻らない…!」


もう、すべてを手放すと決めたのだから。



「私の言葉を、聞いてください」



「…!」


何かが手に触れ、体がびくりと震えた。



「大丈夫です。あなたは、戻れる」


両手が、大きなものに包まれている。



「まっすぐで、何ごとにも一生懸命なあなたが、私は好きです」



「…っ」


目から、何かがぽたりと落ちた。



「私は…人を、殺した」


言葉も、震えるようにこぼれた。



「…こんなことを、させたくなかった」


誰かが、苦しそうに言っている。


握られる手が、ぎゅっと強まった。



「私は…変わった」


もう、戻れない。



「何も変わっていない。あなたの心は、綺麗なままだ」


今度は、力強い声が聞こえた。



「どうか、戻ってきて」


…どこに。



「私を、見て」


…誰を。



「ここに、います」



「…!」


突然――視界が晴れた。



違う。


もともと、見えていた。



視界の先に、灰色の瞳が見えた。



とても…見覚えがある。


…物語で?



違う。


ここは、物語の世界なんかじゃない。



物語の表情なんかと、全然違う。


この、優しい瞳は――



「……アランフォース」


静かに、その名が落ちた。



「そうです。アランフォースです」


目の前で跪く人が、ふわりと優しく微笑んだ。



「…う…ううう…っ」


ぽろぽろと、涙がこぼれた。



胸に、安堵が広がった。



「…ひとりにしてしまい、申し訳ありませんでした」


アランフォースはリリアンヌの手を離すと――



そっと、抱きしめた。



「ごめんなさい…っ」


アランフォースの肩を、きつく握りしめた。



「あなたが謝ることは、何もありません」


大きな手が、背中を優しくさすった。



「私が、デューゼの森へ行きたいなんて言ったからっ…」



「必要なことだったのでしょう?」



「でも、たくさんの人を巻き込んだ…っ」



「巻き込んだのは、あなたではない」



「私がっ…加護なんか、貰ったから」



「リリアンヌ殿下」


アランフォースはリリアンヌの肩を掴み、顔を寄せた。


額が、くっついてしまいそうだった。



「あなたが加護を貰ったから、ここまで来た。

そうでなければ、私たちは何も知らないままだった」



「……」


涙を溢れさせながら、アランフォースを見つめ返した。



「あなたは、スノウと出会わなければ良かったと思っているのですか?」



「…!」


すぐに、首を振った。



「そうですね。私も、出会えて良かった」


アランフォースが、優しく頷いた。


その瞬間――



――ゴゴゴゴ…ッ



足元が、大きく揺れた。



「…!?」


リリアンヌは、咄嗟に辺りを見渡した。



「…え」


城塞の前に顔を向け、そのまま固まった。



巨大な異形の存在(ゼノプーパ)が、目の前にいた。



「…なに、あれ」


あんな大きさ、見たこともない。


あれは――誰?



「ギイヤァァァァァァァ――…!」


異形の存在の体が、ぼこりと膨れ――四方に棘を突き出した。


その一本が、まっすぐリリアンヌたちに迫った。



「わ…っ!」


アランフォースはリリアンヌを抱え、屋上から飛び降りた。



――ドゴッ…!



ふたりが今までいた場所に棘が突き刺さり、ガラガラッ…と崩れた。



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