第一章Ⅳ(はじめての友達)③
リリアンヌ視点
「みんな、休憩にしましょう」
遠くから、シルヴィアの声が届いた。
「やった!きょうは何かな~!」
「メル、この小麦の籠は、あっちに運べばいい?」
「それはギタンか兄ちゃんたちがやるから、だいじょうぶだよ~!」
「そうなんだ」
リリアンヌは顔を上げ、シルヴィアの声が聞こえた方を見た。
サムたちは、長椅子の前にもう集まっているようだ。
「リリィも、はやくもどろ!」
メルは、待ちきれないように駆けていった。
その後を追い、リリアンヌも小走りで長椅子の方へ向かった。
「リリィ、お疲れ様」
シルヴィアは、長椅子の上に編み籠や水差しを並べていた。
「そこの盥の水を使って、手を洗って頂戴。手拭いは、そこにあるから」
「うん、分かった」
「あなた、畑の収穫も手伝っていたのね」
「うん。あんまり役には立てなかったけど…」
「後ろから見てたけど、カヤが初めてやった時よりはましだったよ」
長椅子の方から声が飛んできた。
「ええと…ありがとう、ヌイ」
カヤは、先ほどベッドで寝ていた小さな女の子だ。
褒められた…のだろう。
「疲れただろ。椅子に座れよ」
サムが焼き菓子を頬張りながら、長椅子を指さした。
「飯も食ってけば?シルヴィアのパンは、美味いぞ」
「あっ…!」
リリアンヌは、はっと声を上げた。
「わっ、びっくりした」
ワンスが、ごほっと咳き込んだ。
「どうした?リリィ」
「今、何時!?」
「結構前に、十一時の鐘が鳴ってたけど…」
サムが、目を瞬きながら答えた。
「…間に合わない!」
急いで帰らないと、十二時までに自室へ戻れない。
「間に合わない?」
「何が?」
ヌイとワンスが首を傾げた。
「もう、帰らなきゃ…!」
「急ぐのか?」
長椅子の端に座っていたギタンが立ち上がった。
「うん…!みんな、また明日ね!」
「えっ」
「またな…?」
リリアンヌは振り返ることなく、表の門の方へ向かって必死で駆けた。
帽子は、薬療院の中に置きっぱなしだ。
取りに戻る余裕もない。
走って帰るなら、帽子は必要ないだろう。
「待て」
表の門を出たところで、後ろから呼び止められた。
「急いでるなら、俺が抱えて走ってやる」
いつの間にか、ギタンがマントを羽織っていた。
「えっ、いいよ…!大丈夫」
「遠慮するな。俺は速い」
「わわっ…!」
ギタンはリリアンヌを右腕でひょいと抱えると、そのまま勢いよく地面を蹴った。
「…どうして、頭までマントをかぶってるの?」
「気にするな。道だけ教えろ」
「わっ…すご…」
風が頬を打ち、思わず目を細めた。
景色が、どんどん後ろへ流れていった。
ギタンは、本当に速かった。
息ひとつ乱さず、一定の速さのまま森を駆け抜けていく。
「どっちだ?」
「まっすぐ。あっち」
リリアンヌはギタンの腕の中から、抜け道の方角を指さした。
「あ…?町側じゃねぇのか」
「うん。違うの」
このままだと、抜け道の存在を知られてしまう。
だけど、ギタンなら別にいいかなと思った。
それよりも、ニアたちに部屋にいないことを気付かれて、
大騒ぎになってしまう方が嫌だった。
森の中だというのに、ギタンは少しも速度を緩めない。
樹々の間を迷いなく駆け抜け、あっという間に抜け道へ辿り着いた。
「…こんなとこに、こんなもんがあったのか」
大穴を見下ろすギタンが、呆然と呟いた。
「第二城壁内に繋がってんのか…?」
「ギタン、ありがとう…!またね」
「!おい、待て!」
「うわっ」
ギタンは手を伸ばし、飛び込もうとするリリアンヌの後ろ襟をつかんだ。
「あぶねぇだろ」
「ちからがあるから、大丈夫なの」
「あ?白のちからで治すから平気ってことか?」
「ううん、違うよ。跳ぶちからがあるから、平気なの」
リリアンヌは、くすっと笑って首を振った。
「…跳ぶちからだぁ?」
「あ、ここの抜け道のことは内緒ね」
「当たり前だろ。簡単に教えやがって」
「でも、ギタンだから」
やっぱり、ギタンは信用できる。
「また明日、来るね…!」
「おい…!」
ギタンの制止を聞かずに、リリアンヌはそのまま穴の中へ飛び込んだ。
崩れた階段の途中へ軽やかに足をつけ、すぐにもう一度跳ねた。
そのまま一気に下まで降り、すたんっと地面に着地した。
二度目ともなれば、もう躊躇いもない。
円形の天井の遥か上で、ギタンがこちらを覗き込んでいた。
「…じゃあね!」
リリアンヌは大きく手を振ると、
真っ暗な抜け道の奥へ向かって駆けていった。




