第一章Ⅳ(はじめての友達)②
リリアンヌ視点
「リリィってば、オレの剣を、すいすいってよけちゃうんだ!」
「メルお前、リリィに危ないことさせんなよ」
サムは眉をひそめて言った。
「ううん。楽しいから、大丈夫」
体が思ったより反応できたことを知れて、嬉しい。
「にいちゃん、リリィとやってみて!」
メルはそう言うと、サムの胸元に木の剣を押しつけた。
「やってみてって…お前やヌイたちのように打ち込むわけにはいかないぞ」
「サム、本当に体調は大丈夫なの?」
「ああ。ずっと寝てたから、体は鈍ってるけどな」
サムはリリアンヌに答えながら、木の剣を片手でくるりと回した。
「わ、すごい…!」
どんどん、回る速度が上がっていく。
「んん、やっぱり鈍ってるなぁ」
最後に高く放り投げると、
くるくる回りながら落ちてきた剣の柄を、ぱしりと右手で掴んだ。
「すごい…!とても器用だね」
気付けば、拍手していた。
「覚えれば簡単だよ。オレだって、ギタンに教えてもらったんだ」
「…じゃあ、サム。やろう」
リリアンヌは両手で剣を握り、サムに向かって構えた。
「えっ、本気?」
「うん、本気。まだ、やり方はよく分からないけれど」
「う~ん…分かった。気を付けろよ?」
サムは小さく頭を掻くと、片手で剣を持って構えた。
「はじめっ!」
メルが、跳ねるように右手を上げた。
その瞬間――右から、剣が突っ込んできた。
「わっ!」
咄嗟に剣を顔の前へ立て、カンッと弾いた。
今度は左側から、ブォンッと風を切る音が聞こえた。
すぐに剣を振り、再び受け止めた。
メルより、ずっと重い。
右、左、右――
サムは軽やかに踏み込みながら、次々と打ち込んでくる。
「っ…!」
弾き返すたびに、後ろへ下がっていく。
「本当に素早いな」
サムが感心するように言った。
――カンッ、カカン…!
「でもっ…やり、返せない…!」
――カカカン…!
ただ左右から剣を当てられているだけなのに、
防ぐだけで精いっぱいだった。
どんどん速くなる。
考えるより先に、体が勝手に動いていた。
「足を使え」
「え、あ、あし?」
聞こえてきた低い声に、リリアンヌは咄嗟に反応した。
「馬鹿正直に、剣を受けるな」
「っ…」
そんなことを言われても、剣を握ったのはついさっきだ。
何も分からない。
サムが足を大きく踏み込み、
ブォンッ、とひと際重い一撃が振り下ろされた。
「…っ!」
受け止めた瞬間、腕ごと体がびりびりと震えた。
「やべ…!」
その一瞬、サムの動きが止まった。
「!」
リリアンヌは、その隙に一歩前へ踏み込み――
横薙ぎに振り抜いた。
「あっ…!」
サムは、咄嗟に上半身をのけ反らせた。
チッ…と、胸元の服を剣先が掠めた。
「そこまでー!」
メルの元気な声に、二人は剣を止めた。
「おおお~!」
いつの間にかヌイとワンスが長椅子に座り、拍手を送った。
「避けたと思ったんだけどな…リリィ、やるな」
「ううん…!サム、すごかった…!」
リリアンヌは頬を上気させ、興奮するように言った。
サムが手加減してくれていたのは、知っている。
きっと、まだまだ速く動けるのだろう。
それよりも――
「病み上がりに無茶をさせて、ごめんなさい」
昨日まであんなつらそうだったのに、長く相手をさせてしまった。
「こんなの、無茶じゃないって。収穫の方が、ずっときついよ」
サムが、ふはっと吹き出した。
「兄ちゃん!もういっかい、もういっかい!」
「駄目だ。収穫が先だ」
ギタンが、飛び回るメルの頭をぱしりと捕まえた。
「ギタン!さっきは、助言してくれてありがとう」
リリアンヌは、はっと顔を向けた。
「あ?今のか?あんなの、助言にもなってねぇ」
「ね、ギタン。私も収穫を手伝っていいかな?」
「えっ、できるのかよ?」
サムは驚くように目を丸くした。
「うん…多分」
実際にやったことはないけれど、知識はあるはずだ。
柵に立て掛けられている収穫用の道具は、どれも見覚えのあるものばかりだった。
「…それなら、小麦の収穫をしてみろ」
ギタンはそう言うと、小ぶりの鎌をリリアンヌに手渡した。
「えっ、小麦の畑まであるの?」
「畑ってほど大袈裟なもんじゃねぇ。やり方は、メルを見て覚えろ」
「うん、分かった」
「リリィ、行こう!」
メルはそう言うと同時に、すぐに菜園の奥へ駆けていった。
「わっ…待って」
リリアンヌは鎌を手に、慌ててメルを追いかけた。
支柱に絡まった葉や作物で見えなかったけれど、区画はずっと奥まで続いていた。
見てすぐ分かるのは、人参。
葉物は、キャベツにレタスに、それから葱も育っている。
端でまとまっているのは、薬草用の区画だろうか。
何も植わっていない場所も、きちんと土が耕されている。
きっと、ここにも何か種が埋められているのだろう。
小麦の区画に辿り着く頃には、メルはもう収穫を始めていた。
こちらに背を向けて屈み、手を忙しなく動かしている。
リリアンヌはそっと近づき、後ろからその様子を覗き込んだ。
刈り取った小麦を、どんどん脇へ積み上げている。
一列刈り終えると、その束を数本持ち上げた。
茎を紐代わりにして、くるくると手際よく巻きつける。
あっという間に、ひとつの束が出来上がった。
「…とにかく、刈ればいいのかな」
リリアンヌは小さく呟くと、メルとは少し離れた場所で屈んだ。
小麦の根元を掴み、鎌を素早く引く。
――まったく切れなかった。
「…んん?」
今度は鋸のようにギコギコと鎌を動かすと、なんとか一束刈ることができた。
想像していたより、ずっと難しい。
とにかく手を動かし、目の前に生える小麦を刈っていった。
力を込めすぎたのか、鎌を持つ右手がすぐに痛み始めた。
絶対にやり方が違う。
それでも、間違ったまま黙々と刈り進めた。
汗が、ぽたりと額から流れ落ちた。
暑い…。
背中まで、じりじりと灼けている。
日焼けをしたら、さすがにニアに叱られる。
今度来る時は、麦わら帽子を持ってこようか。
「…あれ」
前に伸ばした手が、宙を切った。
いつの間にか、刈るものが目の前からなくなっていた。
「まとめるのは、オレがやるよ~」
メルが隣に屈み、リリアンヌが刈った小麦を束にしていった。
「メル…ごめんね」
「なにが~?」
「私、全然役に立てなかった」
「だいじょうぶだよ~!オレひとりでやることだってあるし」
メルはそう言うと、近くに置いてあった籠を引き寄せた。
「ここに小麦の束を入れるの?」
「そうだよ!」
「分かった」
メルと二人で、小麦の束をどんどん籠の中に積み上げた。
「…メルは、何歳なの?」
「もうすぐ、五歳!リリィは?」
「私は、もうすぐ七歳」
「じゃあ、ええと…二歳ちがうんだね!」
「そうだね」
メルは、すごい。
というか、ここの子たちはすごい。
こんなわずかな時間で、手が真っ赤になってしまった。
汗もいっぱい掻いて、くたくただ。
ただ涼しい部屋で勉強しているだけの自分が、情けなかった。




