第一章Ⅳ(はじめての友達)①
リリアンヌ視点
昨日訪れた子供部屋からは、賑やかな声が聞こえていた。
「…こんにちは」
リリアンヌはゆっくり扉を開け、そっと顔を覗かせた。
「あーっ!リリィだ!」
「えっ」
「昨日ぶり~!」
少年が、笑顔で扉まで駆け寄った。
「…うん。メルだね」
名前を覚えられているなんて、思わなかった。
「そう!オレ、メルっての!」
メルは嬉しそうに笑うと、リリアンヌの手を握って部屋の中へと引いた。
「みんなを、しょうかいしてあげる!」
「こんにちは~!」
「りりぃ?」
「昨日も、きてたね~」
「あたらしい子?」
左右に並ぶ二段ベッドから、次々と小さな子供たちが顔を覗かせた。
昨日、全員ベッドで寝ていた子たちだ。
「ちがうよ~!シルヴィアが、きんじょの子って言ってたじゃん!」
メルが、ベッドの子供たちに答えた。
男の子と女の子が、二人ずつ。
三歳から五歳くらいだろうか。
「カヤに、モモに、ゲンに、ユウ」
メルはリリアンヌと手を繋いだまま、ひとりずつ指さしていった。
「元気になったんだけどね、まだ動いちゃダメなんだって」
「ねぇ、メル…」
リリアンヌは、そっと眉を寄せた。
「サムは、どこ…?」
元気になったと言っていたはずなのに。
確かに、治ったように見えたのに。
サムが寝ていたベッドは、空だった。
「兄ちゃんなら、外だよ」
メルは、あっさりと言った。
「…えっ?」
「リリィも、いこう!」
「わわっ」
「まだカヤたちがあそべないから、オレ、つまんないの!外で、きしごっこしよ!」
メルはリリアンヌをぐいぐい引いて、勢いよく扉を開けた。
「きしごっこ…あ、騎士ごっこ?」
「うん!そとに、剣があるから!」
「ええ?」
リリアンヌは戸惑いながら、手を引かれるまま階段を下りた。
一階の広間を駆け抜け、そのまま大きな扉を開けて外へと出た。
メルは振り返ることなく、勢いのまま裏側の低い門へ向かっていった。
門を出たところには、石を積んでできた大きな窯があった。
その前は籠がいくつも積まれ、作業台らしき石が置かれている。
そこから少し離れた場所に、長椅子が二つ並んでいた。
窯や作業台の傍にあるということは、休憩場所なのだろうか。
「…メル、柵から外に出て大丈夫だったの?」
「うん!だって、外に出ないと手伝いもできないもん」
「手伝い…」
窯や作業台の先には、畑が広がっていた。
ギタンが、菜園と呼んでいた場所だ。
仕切られた区画ごとに、野菜がたっぷりと育っている。
支柱に絡む葉は、自分よりもずっと背が高かった。
「あ…!」
葉の隙間から、作業をしているギタンの姿が見えた。
こちらに気付いたギタンが、右手を軽く上げた。
リリアンヌも手を振って返した。
「ここで、やろう!」
「あ…え?」
リリアンヌは、はっとメルの方へ顔を向けた。
「これで、打ちあうの!」
メルが長椅子の前で、木の剣二本を頭の上で交差させていた。
「はい、リリィも、いっこ!」
「あ、ありがとう…でも私、やったことないよ?」
リリアンヌは、目の前に差し出された木の剣を受け取った。
先が丸くなっている軽い剣で、怪我はしなさそうだけれど。
「どうすればいいの?」
これで、何をすればいいのだろう。
「剣をおとせば、勝ち!」
そう言った瞬間、メルはいきなり剣を振り下ろした。
「わっ…!」
両手で柄を握り、咄嗟にその一撃を弾いた。
カンッと、木のぶつかる音が響いた。
「ふんっ!」
メルが今度は、横に剣を薙いだ。
リリアンヌはぱっと下がり、その剣先を避けた。
「これで、どうだ!」
「わっ…と!」
思ったより、力が強い。
打ち込まれた剣を受け流すたび、体がじりじりと後ろへ押された。
「リリィも、うち返して!」
メルは大きく振りかぶり、勢いよく突っ込んだ。
「…!」
リリアンヌはくるりと身を捻り、振り下ろされた剣を避けた。
「わっ!」
剣が空を切り、メルが前のめりになってたたらを踏んだ。
リリアンヌは、その隙に右手を伸ばし――
メルの背に、こつんと剣先を当てた。
「…私の、勝ち!」
「…すっげぇ~!」
メルは、目を輝かせて振り返った。
「リリィ、すっげぇ~!うごくの、はやい!」
「本当?メルも、すごかったよ」
「あんなふうに、よけられないもん!」
メルは、嬉しそうにくるりと回った。
「あんなの、兄ちゃんしかできないって!」
「…ん?呼んだか?」
近くの支柱の間から、ひょっこりと男の子が現れた。
「…!」
「…あっ、リリィか!」
サムはリリアンヌに向かって手を上げると、葉の中に姿を消した。
「ん?」
「なんか、声した?」
別の男の子が二人、さらに葉の間から顔を覗かせた。
昨日、サムのベッドの脇にいた二人だ。
「あれが、オレの兄ちゃん」
メルが指さした方角から、サムが駆けてきていた。
「それで、あっちがヌイとワンス」
サムに続いて現れた二人は大きな籠を持ち、ギタンと何か話している。
「今日も、来てたんだな」
「お邪魔しています」
リリアンヌは、駆けてきたサムに向かって小さくお辞儀した。
「え?ああ、いつでも来なよ」
サムが、ははっと笑った。
「リリィ、昨日はちゃんと挨拶できなくてごめんな」
他の子と同じように細いけれど、自分よりも背がずっと高い。
後ろでひとつに束ねた茶色い髪が、ぴんと跳ねている。
「…もう、ベッドから起きても大丈夫なの?」
「ああ、お前の――あ、ええと…とにかくなんか、すっげぇ元気になったんだよ」
サムは頬を掻くと、ちらりと菜園の方へ視線を向けた。
「体慣らすために、収穫の手伝いしてたんだ」
「でも、まだご飯をちゃんと食べられてないって、シルヴィアから聞いたよ」
確かに元気そうには見えるけれど、まだ病み上がりには変わらない。
「ん?そりゃ、いきなり食うと胃がびっくりするからだろ?食えって言われりゃ、食えるよ」
「まだ本調子じゃないなら、休めばいいのに…」
「ベッドの上にいる方が、しんどいって」
「ねぇ!にいちゃんとリリィ、どっちがはやいかなぁ!」
無邪気な声が、割って入った。
「は?」
「はやい?」
メルの言葉に、サムもリリアンヌも同じように首を傾げた。




