第一章Ⅲ(広がっていく知識)④
リリアンヌ視点
「シルヴィア~、いるかぁー!?」
カランカランと鐘が鳴り、扉が勢いよく開いた。
「…!」
リリアンヌは、はっと入り口の方へ顔を向けた。
「お、珍しいな。孤児院の子がこっちにいんのか」
入ってきたのは、ギタンより若そうな男性だった。
だけどずっと細身で、顔色もあまり良くない。
「こんにちは、ボノ。この子には手伝ってもらっているのよ」
シルヴィアは椅子から立ち上がると、収納棚へ向かっていった。
「…こんにちは」
リリアンヌは作業の手を止め、ボノに小さく頭を下げた。
「偉いぞ、嬢ちゃん。薬師を目指してんのか?」
ボノは足を引きずりながら、来客用の長椅子にどさりと座り込んだ。
「…ええと」
「薬師になって、貧民区の星になってくれよ」
「…星?」
「期待の星ってことだな」
ボノは長椅子の背もたれに腕を掛け、にかっと笑いかけた。
開いた口から、数本しかない歯が見えた。
「…ん?よく見たら嬢ちゃん、綺麗な顔立ちしてるな。貴族みたいだ」
「…!」
「ボノ、あなたは薬を受け取りに来たのでしょう?」
シルヴィアが素早く割って入った。
「セイは、まだ歩けなさそう?」
小さな袋を手に持ち、長椅子の前へ回った。
「…そうだな。起き上がるのは、無理みてぇだ」
ボノは正面に体を向け直すと、真剣な声でシルヴィアに答えた。
「咳はどう?止まった?」
「止まらねぇ。胸を押さえて、痛いって言ってんだよな」
「昨日は、吐血しなかった?」
「ああ。薬のおかげかな、血は吐いてねぇ」
「じゃあ、鎮咳薬で大丈夫ね。これを食べ物に混ぜてあげて」
「食べ物か…明日の炊き出しに混ぜてやりゃいいか」
「それだと…今日がつらいわ」
「そうは言ってもなぁ…混ぜて食えるようなもんは、炊き出しくらいしかねぇし」
「…でもこの薬は、何かと混ぜて飲んだ方がいいものなの」
シルヴィアはそう言うと、ちらりとリリアンヌの方に視線を向けた。
「…!」
リリアンヌは咄嗟に、出来上がったばかりの繋ぎ薬を手に取った。
「…そこに置いてある薬缶を、取ってくれないかしら」
シルヴィアは、やんわりと首を振った。
「や、薬缶…あ、はい」
テーブルの端に置いてある、鉄製の薬缶を両手で持ち上げた。
中に入っている水が、ちゃぽんと軽く揺れた。
「ありがとう。…ボノ、これを持って帰って」
シルヴィアはリリアンヌから受け取った薬缶を、そのままボノへ手渡した。
「中に、蜂蜜を薄めた飲み物が入っているわ。これに鎮咳薬を混ぜて、セイや子供たちに飲ませてあげて」
「…本当にありがてぇ。ここの薬を飲むと、あいつら、見るからに元気になるんだよ」
ボノは両手で薬缶を受け取ると、胸の前で大切そうに抱えた。
「…明日炊き出しの時に、また薬を渡すわ」
「何から何まで、本当にすまねぇな」
ボノは、いてて…と呟きながら立ち上がった。
「この恩は、忘れねぇ。ここが困った時には、オレたちはいつでも助けるからな」
「…いつも言っているでしょう。感謝は、精霊王オーリアへ捧げなさい」
シルヴィアは、困ったように微笑んだ。
「いんや、目に見えない精霊より、目に見える薬師様だな」
「元、ね。今は院長よ」
「おい嬢ちゃん、薬師になっても、シルヴィアのように綺麗な心をなくしちゃ駄目だぞ」
ボノは、扉の前でくるりと振り返った。
「…!」
リリアンヌは、びくりと肩を震わせた。
「町にいる療師や薬師は、偉そうにふんぞり返ってるだけだ。ったく…偉いのはお前らじゃなくて、霊拝師様だってのに」
「ボノ…この子は、薬師を目指しているわけではないわ。忙しくて手伝ってもらっただけ」
「まあ、ここの子らは大丈夫だな。シルヴィアとギタンが面倒見てるんだから、間違いねぇ」
「ほら、早くセイたちのもとへ戻ってあげなさい」
「おう。じゃあ、また明日な」
ボノは、足を引きずりながら扉から出ていった。
扉が閉まると、部屋はしんと静まり返った。
「…ごめんなさいね、リリィ」
シルヴィアは、扉に体を向けたまま静かに口を開いた。
「ここで白のちからを込めた薬を渡すことは、できないの」
「…ごめんなさい」
咄嗟に、この静痛薬を渡してあげればいいと思ってしまった。
あれだけ、シルヴィアに秘密と言われたのに。
でも――
ここに、白の使い手が二人もいるのに。
「…薬は、無償で渡しているわけではないのよ」
「…え?」
ぽつりと聞こえた声に、リリアンヌは顔を上げた。
「何を作って、どれだけ渡しているかを報告して、代わりに国が払っているの」
振り向いたシルヴィアは、穏やかな表情だった。
「あ…ええと、ここは国の施設なの?」
「ええ、そうよ」
「どうして、ここでは国が薬代を負担しているの?」
「貧民区のための薬療院だからよ」
シルヴィアはすぐに答えた。
「今の国王が、貧民区のために、三つも薬療院と孤児院を開いてくださったの」
「…国王が」
私の――伯父が。
「ええと…貧民区って、城下町中にあるということ?」
「…ゆっくり覚えていきましょう」
シルヴィアは優しく微笑むと、そのままテーブルの後ろを通り過ぎた。
「今日のお勉強は、ここまで。リリィ、ぽかぽか茶でも飲む?」
「あっ…そうしたら、孤児院の方へ行ってきてもいいかな?」
昨日の子供たちの様子を、知りたい。
「ええ、それは喜ぶわ。二階にいると思うから、様子を見てあげてくれる?」
「裏口から出てもいい?」
「もちろんよ。後で、焼き菓子を持って行くわね」
「やった…!ありがとう」
リリアンヌは椅子から勢いよく降りると、
調理場の奥にある扉まで小走りに向かった。




