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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第九章/ザンビア砦の戦い
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浮き上がる異変③

アランフォース視点



砦の正門をくぐった瞬間に、強く違和感を覚えた。


この砦を何度か通ったことがあるが、こんなことは初めてだ。



何か、大きなものに覆い隠されているような感覚がある。


得体の知れない気配が、体にまとわりつくようで気持ち悪い。



それが、今もまだずっと続いている。



「…あの、アランフォース副団長!」



「どうした」


アランフォースは城塞の入り口前で足を止め、振り返った。



「食事の準備ができています。どうぞ、食堂に向かってください」


廊下の奥から、ザンビア兵が駆けてきた。



「分かった」



「食堂まで案内いたしましょうか」



「いや、場所は分かる。あとで向かう」



「すでに他の騎士様は召し上がっています。雨も降っていますし、出られるのはやめた方がいいかと」



「私のことは気にしなくていい」



「…分かりました」


ザンビア兵は敬礼すると、再び廊下を戻っていった。



「……」


アランフォースは、去っていくザンビア兵をじっと目で追った。



兵たちのふとした目線や動きが、異様に気になる。


殺気とも違う、何か探るような気配――


だが、妙に掴みづらい。



やがてザンビア兵から目を逸らし、そのまま外へ目を向けた。



雨が本格的に降り始め、風も先ほどより強くなっている。


外ではまだ篝火が灯っているが、そろそろ消えるだろう。


エドガーの言う通り、ずっと天気が悪い。



ここは――何か、おかしい。


だがそれが何かは、はっきり分からない。



出立前に、いくつかの懸念があった。


ブルックの独断で、霊拝師(オランス)の巡礼を撤回しようとした。


その後、聖守護騎士団(サークラグラディウス)が、霊拝師を大聖堂に閉じ込めた。


リリアンヌが――



「……」


アランフォースは小さく首を振ると、マントを頭から深くかぶった。


降りしきる雨の中、ひとり、城塞の外へ足を踏み出した。



中央ザンビア砦は、崖の上に築かれている。



正門をくぐると、広い道がまっすぐ奥へ伸び、両脇には兵舎や倉庫が並ぶ。


その道の突き当たりに、砦の中核となる巨大な城塞がそびえ立っている。



城塞の外壁にはいくつもの側防塔が設けられ、


中央には、大きくくり抜かれたような門が構えている。


今は門が開かれ、その上には巨大な鉄格子が収まっていた。


門の上は広い見張り台になっていて、兵が常に詰めているはずだ。



城塞のさらに高い位置には、見張り塔もある。


あの高さなら、ザンビア山脈の麓まで見渡せそうだ。



昔、ザンビア山脈の東半分はタッセント国の領土だった。


この砦は、その国境を護る最前線だったという。


その名残で、今も兵と武器が多く配備されているのだろう。



「……」


アランフォースは城塞から離れ、さらに闇に紛れた。



雨音の中に、バシャバシャと水を跳ねる音が混ざっている。


多くの兵が、外で動き回っている。



あえて、建物の陰に隠れながら進んでいった。



王都に置いてきた懸念――


レックスの見立てでは、聖守護騎士団は霊拝師を人質にし、精霊を狙っている。


だからこそ予定を変えず、精霊を連れて早々に出立する決断をした。



出立した夜には、ロデオやナイジェルたちが大聖堂を制圧したはずだ。


聖守護騎士団が百人いようが、守衛隊の数には敵わない。


ブルックも、それくらいは分かっていたはずだ。



ならば、あれは何かから目を逸らすための作戦だったのではないか。


そうだとすれば、何からだ。


この砦に感じる違和感と、何か関係あるのか。



レオと名乗った、新任の砦長…


話し方は淡々としていたが、時折見せる冷笑が引っかかった。


リリアンヌが目を逸らした瞬間に、舐めるように見下ろしていた。


あれは、スノウを見ていたのか。



…出立の時。


リリアンヌは、なぜあんな表情をしていたのか。



急に声を掛けて驚かせてしまったと思ったが、違った。


一度も、目を合わせようとしなかった。



何かあったのかと尋ねた自分に、言葉を詰まらせた。


聞き返すのを躊躇うほど、ひどく傷ついた顔を浮かべていた。



何か…してしまったのか。


思い当たることが、何もない。



…結局、考えてしまっている。


そんなこと、今はどうでもいいはずだ。


無事に、デューゼの森に着けさえすれば――



「…!」


アランフォースは、ぴくりと顔を上げた。



暗闇の中で一瞬、何か素早く横切るものが見えた。


建物の屋根に、誰かいる。


この速さは、恐らく彼だ。



壁に手を掛け、一息で屋根へ登った。



屋根の端に、暗闇に紛れる人影を見つけた。


アランフォースは、静かにその影に近づいた。



「お前も、気になるか」


影が、振り向きもせず口を開いた。



「キリ殿の目には、どう映る」


屈むキリに並び、建物の下を覗き込んだ。



雨が降りしきる中、いくつもの灯りが動いている。


夜番にしては、兵の数が多すぎる。



「ここの兵は、お前たちを狙っている」



「…狙っている?」


アランフォースは、怪訝な顔をキリに向けた。



「分からないのか?あれらは、城塞を取り囲むように動いている」


キリは、動く灯りを指さした。



「…兵からは、殺気を感じないが」



「誰かの指示で動いているからだろう。駒の人間に殺意はあるのか?」



「…誰の指示で動いていると言うんだ」



「私が知るわけないだろう」



「違和感の正体は…これか」


アランフォースは、静かに溜息をついた。



レオによる、謀反計画か。


まさか、こればかりの兵で襲撃しようと思っているのか。



「人族は愚かだ。浅はかな理由で、すぐに裏切る」

キリが、吐き捨てるように言った。



「…リリアンヌ殿下のもとへ戻らないのか?」



「決行前には戻る。お前たちはやられないだろう?」



「当たり前だ」


兵が千人いようが、負けはしない。



「ならば、問題ない。私はリリアンヌと先へ進む」



「…二人で進む気か?」


アランフォースの声が鋭くなった。



「もともと、その予定だった」



「勝手なことをするな。行かせるわけないだろ」


あまりにも勝手な物言いに、つい素の口調が出た。



「お前たちは、王のための護衛だろう」



「違う。王族のための護衛だ」



「そう言うなら、なぜ無視した」



「…無視?何の話だ?」



「…届いていないとは思った」


キリは、ちらりとアランフォースを一瞥した。



「だから、何の話だ」



「説明が面倒だ。お前は、さっさと王のもとへ戻れ」


キリは静かに立ち上がると、そのまま城塞の方へ歩いていった。



「…さすがエルフだな」


口の中で嫌味を言い、キリを追いかけるように進んだ。



二人でなど、行かせるものか。


兵が襲撃する気でいることをすぐ報告に行き、短時間で決着をつけてみせる。


レックスやブライアンが王都に戻ろうが、俺は――



前を行くキリが、唐突に足を止めた。



「どうした」


アランフォースは、再びキリの横に並んだ。



「……」


マントの下の目は、城塞に向けられたままだ。


無表情のキリの顔が――ゆっくりと険しくなっていった。



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