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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第六章/動かす言葉
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届き始めたもの②

リリアンヌ視点



「それで…わざわざ大聖堂まで…?」

アイラは、そっと眉を寄せた。



「どうしてそんなご無理をなさるのですか」



「いいえ。アイラ様のおかげで、こうして綺麗に足も治りました。それに、たくさん協力もしていただきました」

リリアンヌは座ったまま、ぺこりと頭を下げた。



「いろいろと、ありがとうございました」



「…頭をお上げください。体調はもう、大丈夫なのでしょうか」



「はい。ご心配を――あ」


はたと、言葉を止めた。



「アイラ様は…昨日のことを、どこまでご存じなのでしょうか?」



「…何も知りません。リリアンヌ殿下のお体を確認しただけです」



「…そうですか」


それなら、かなり驚いたはずだ。


足の腱が、すっぱりと斬られていたのだから。



「その…いろいろとあって…急にお手伝いも止めてしまって、ごめんなさい」

リリアンヌは目を伏せ、申し訳なさそうに続けた。



「必ず有事の際には、ご協力しますから…」


言い訳がましい。


ただ、聖療院が怖いだけだ。



今は――チャンがいた場所に、足が向かないだけだ。



「…リリアンヌ殿下」

アイラは、きゅっと眉を吊り上げた。



「ご事情は分かりませんが、殿下は、もっとご自身を大切になさってください」



「…ごめんなさい」



「違います。謝ってほしいわけではないのです」

すぐにアイラが首を振った。



「ご自身が一番つらい思いをされているのに、殿下は他の者を気にしてばかりです」



「……」



「大聖堂へは、本来、殿下が来る必要などありません。…いいえ、お手伝いしてくださることは、本当にありがたいのです」



「でも…私は、白のちからを持っています」



「それに関しては、前もお話したはずです。殿下にお役目があるのなら、大聖堂は邪魔するべきではないと」



「……」

リリアンヌは、しゅんと肩を下げた。


今日は、人を怒らせてばかりだ。



「殿下のおかげで、潤沢な薬の用意ができています。ですから、大聖堂に負い目を感じる必要は何もありません」



「…はい」


でも、その薬も――


民のもとへ届くことは、ない。



「殿下の考えは…いつかご自身を犠牲にしそうで、怖い」



「…え」


はっと、顔を上げた。



「どうしたら…そんな考え方に…」


アイラは、苦しげに眉を寄せていた。



「……」


どうしよう。


どうして、こうなってしまったのだろう。


ただ、お礼を言いにきたはずなのに。



「…ごめんなさい。これは、私が言うべきことではありませんね」

アイラは、静かに表情を戻した。



「…リリアンヌ殿下、そろそろ――」



「アイラ様。私の指導者になってくれませんか?」

リリアンヌは、そっと口を開いた。



「…指導者?」



「はい。私はまだ家と王城と、それから大聖堂のことしか知りません」


ルイージやアイラのおかげで、知識は身についた。


でも――



「何が常識で、何がいけないことなのか、何も分からない。ですから私が間違っていたら、今日のように教えてほしいのです」


これでは、サムたちの時の二の舞だ。


相手の気持ちを汲めずに、つらい顔をさせてしまう。



「そうしないと…私は、周りに迷惑ばかりかけてしまうから」


どうしてそういう顔をさせてしまうのか、分からない。


私は、いつでも自分のことばかりだから――



「リリアンヌ殿下。私の言葉は、ちゃんと届いていますか?」



「…!」


鋭い声に、びくりと姿勢を正した。



「迷惑だなんて、誰か言いましたか?もっと、周りの言葉に耳を傾けてください」

アイラは身を乗り出し、まっすぐな目を向けた。



「もっと、周りを頼ってください。頼りないかもしれませんが、私も殿下の味方です」



「…!?いいえっ…とても頼りにしています」


思わず、ぶんぶんと首を振った。



「私は、アイラ様のことを心から信頼しています」



「…ありがとうございます」

アイラは、ふっと口元を緩めた。



「そう思っていただけるのなら、大聖堂のことはお任せください」



「…はい」


本当に――格好いい。


いつでも、しゃんと胸を張っている。


いつでも背を丸めている自分とは、大違いだ。



「…迷惑をかけられているとは、一切思いませんが」

アイラは、そっと言葉を続けた。



「ただ…もっと子供らしく生きてほしいなと、殿下を見ていると思うのです」



「…子供らしく、ですか?」

リリアンヌは、小さく目を瞬いた。



「そうです。もっと、笑ってください」


にこっ、とアイラが笑みを浮かべた。



「…!」


どきりとするような、綺麗な笑顔だった。



「ご自身のやりたいことをなさってみてください。殿下が思う以上に…皆、自分のことを優先して生きています」



「でも…アイラ様は、私のことを思ってくださいます」



「それは、リリアンヌ殿下だからです」

アイラが、小さく苦笑を漏らした。



「私は本来、もっと自分勝手な人間なのです」



「そんなこと、ありません」

リリアンヌは、すぐに首を振った。



「私も…アイラ様みたいに、誰かを助けられる人になりたい」


言いながら、どんどん肩が下がった。



「そう思うのですが…皆を巻き込んでばかりで…」



「…リリアンヌ殿下は、すでにたくさんの方を助けていらっしゃいますよ」


優しい声が、そっと耳に届いた。



「討伐の時も、兵たちを助けました。今まで作った薬によって、どれだけの騎士や兵たちが助けられてきたことか、分かりません」



「……」



「殿下…周りからの声を、受け入れてください」


まだ下を向くリリアンヌに、アイラが囁くように言った。



「殿下は、ご自身が思われているよりとても大切な存在です。ですからどうか、卑下するのはおやめください。…ご自身を、認めて」



「…自分を、認める」

リリアンヌは、伏せた目をゆっくりと上げた。



私を、認める。


周りからの声を、受け入れる――



今まで、何を言われてきただろう。


つらそうな顔を向けられるのは、どんな時だったか。



巻き込んでごめんなさいと謝った時に、


悲しそうな顔を向けたのは、誰だったか。




『リリアンヌ殿下も、私を信用してくれませんか』


『私を信用して、頼ってください』




ふと――大事な言葉が、頭をよぎった。



私は…


あの時、よく考えもせず――



「…長くお話してしまいましたね。今日はもう、ゆっくりお休みください」

アイラが、静かに席を立った。



「…アイラ様。今まで、本当にありがとうございました」

リリアンヌは立ち上がると、再びアイラにお辞儀した。



「…お会いできなくなってしまうことが、寂しいです」



「…そうですね。ですが、これからもお会いする機会はあります」



「はい、そうですね」


無事、“デューゼの森の悪夢”の時期を過ぎたら。


もう大丈夫だと確信できたら。



その時は霊拝師(オランス)として、ここで生きていくことになる。



「その時は、どうぞよろしくお願いします」



「ええ、もちろんです」

アイラは、ふっと微笑んだ。



初めて会った時より、よく笑っている気がする。


確かに…人が笑っていると、嬉しい。




『あなたが笑えば、心が温まる』




私は、こんなにも大事な言葉を聞き流していた。


誰よりも信頼している人から貰った、大切な言葉を。



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