刻銘の一声⑤
リリアンヌ視点
「私は…その言葉を、ずっと言ってやれなかった」
ロデオは、そっと娘の肩に手を伸ばした。
「…絶対にリリアンヌを護り切るな?」
「必ず護る。命に替えても」
キリは、きっぱりと答えた。
「……」
ロデオは小さく息を吐き――
「…分かった」
頷いた。
「…兄上」
今度は、まっすぐにレックスへ顔を向けた。
「私は、娘の望むことをやらせてやりたい」
「…!」
サイラスもリリアンヌも、はっと顔を上げた。
「今まで娘を護るために、ずっと娘自身に我慢をさせてきた。キリ殿の言う通り、意思を尊重させるべきだ。エルフが傍にいてくれるなら、これ以上の護衛はないだろう」
「…はっ」
レックスは腕を組んだまま、小さく鼻を鳴らした。
「エルフの説教は、効いたな」
「……」
リリアンヌはそっと目元を拭い、成り行きを見守った。
「…リリアンヌ」
「…はい」
「王城地下の捜索を、許可する」
「…!」
「ただし、俺も行く」
レックスが、すかさず付け足した。
「仮にデューゼの森へ行くことになったとしても、同じだ」
「兄上…!」
「伯父上!」
ロデオとサイラスが同時に声を上げた。
「待ってくれ、行くなら私だ。今度こそ、私が娘に付き添う!」
「いいえ。父上、私が行きます。王都から出ることが駄目だと言うのならば、従騎士を辞めます」
「冷静になれ、馬鹿ども」
レックスは、順に二人を睨みつけた。
「お前らはリリアンヌのために生きているのか?違うよな。王族としての仕事は何だ?」
「……」
二人同時に、ぐっと口を噤んだ。
「王族として、お前らが見本にならなくてどうする」
「…お前がよく言うよ」
ルイージが、苦々しげに何か呟いた。
「…おじうえ」
ぽとりと、言葉がこぼれた。
「なんだ」
レックスは、すぐにリリアンヌへ顔を向けた。
「!?あっ…い、いいえっ…お兄様が、そう呼んでいたので…」
驚いて、つい呟いてしまった。
まさか、返事をされてしまうとは。
「お前もそう呼べばいい」
「……」
呼べるわけがない。
「リリアンヌ。お前はもう、王城に来なくていい」
「え…?」
「違うな…お前が来たい時に来ればいい」
レックスが言い直した。
「大聖堂にはまだ通うか?」
「…通わなくていいのですか?」
「俺からスワハマに断っておく。…あいつは謹慎中か。ルイージ、オドバに伝えておけ」
「了解」
「……」
協力の話も、なくなったのだろうか。
事態が急変しすぎて、ついていけない。
「王城地下の捜索までは、時間をくれないか」
レックスは構わず言葉を続けた。
「…どのくらいでしょうか?」
もうあまり、時間はない。
「そうだな…一か月。それまでに準備を進める」
「分かりました」
リリアンヌは素直に頷いた。
「他に、何か希望はあるか」
「え…」
「ついでだ。頼みごとがあれば全部言っておけ」
「…あの、最後に大聖堂へ行きたいです」
それならば――
「お世話になった方たちへ、ご挨拶したいです」
「分かった。この後アランフォースを貸すから、行ってこい」
レックスはあっさりと頷いた。
「…はい、ありがとうございます」
また…随分と急な話だ。
「地下捜索の日が決まったら知らせる」
「はい」
リリアンヌは姿勢を正し、座ったまま深く頭を下げた。
「陛下…このたびはご決断いただき、ありがとうございました」
国王自身が、捜索に協力してくれるのならば。
それほど心強いことはない。
「違うだろ」
「へっ…」
リリアンヌは顔を上げ、きょとんと目を瞬いた。
何が、違うのだろう。
「陛下、じゃないだろ」
「……」
まさか。
「…ありがとうございます、伯父上」
「それでいい」
そう言うと、ふいと目を逸らした。
「……」
先ほどあんな言い争ったのが、嘘のようだ。
「おい、エルフ」
レックスはそのまま、キリに目を向けた。
「お前、住むところはどうしている」
「町に宿を借りている」
「それは不便だろ。ロデオ、お前のところに住まわせろ」
「それは、もちろんだ」
ロデオは即答した。
「キリ殿、それでいいか」
「どこでもいい」
キリも即答した。
「決まりだな。話は終わりだ」
レックスが、がたりと腰を上げた。
それに倣い、ルイージとブライアンも立ち上がった。
ブライアンがなぜ来ていたのかは、最後まで分からずじまいだった。
「キリ殿」
ルイージは、まっすぐにキリのもとまで進んだ。
「これから町へ向かいますか?」
「荷物を取ってくる」
キリが短く答えた。
「では各門番に、あなたが通ることを伝えておきます。…お願いですから、必ず門を通って入ってきてください」
「……」
今度は、返事をしなかった。
「……」
もしかして――キリは、私の使った抜け道から来たのではなかろうか。
あの道のことだけは、言わないで…
リリアンヌは急いで立ち上がると、たたっ…とキリに近づいた。
「…キリ様、あの」
「キリでいい」
「…キリ。その…本当にありがとうございます。とても助かります」
「これで何があっても、君がひとりでデューゼの森へ行くことはない」
「…はい。心強いです」
やっぱり、ギタンとの会話は聞かれていたようだ。
「あの元騎士と――」
「!?わぁぁっ…!」
リリアンヌは間髪入れず、キリの言葉を大声で遮った。
全員の目がこちらに向けられた。
「…あ、あの、またあとで。…また屋敷で、話しましょう」
「…分かった」
キリは小さく頷くと、まっすぐに扉へ向かっていった。
「……」
結局、墓穴を掘ってしまった。
どうしよう。
父に、何か勘づかれてしまっただろうか。
リリアンヌは、恐る恐る振り返った。
「…!」
喉が、ひゅっと鳴った。
真後ろに、レックスが立っていた。




