刻銘の一声③
リリアンヌ視点
「その話を、お前は精霊王から聞いたというのか」
レックスは、小さくリリアンヌを睨みつけた。
「…そうです」
そういうことにした方が――話が早い。
「…それで。どうすれば封印は解かれない」
「…オーリア様のちからを強めることができれば、解かれないそうです」
信じて…くれているのだろうか。
「そのためには、精霊のちからが必要とのことでした。…精霊は、スノウ以外にもまだ存在するそうです」
ここからが、本題だ。
とにかく、慎重に――
余計なことを、言いすぎないように。
「私は、精霊王に協力したい。オーリア様のちからを強めるために、デューゼの森へ精霊をお返ししに行きたいのです」
「…肩の精霊の話をしているのか?」
「いいえ、違います」
リリアンヌはレックスを見つめたまま、ゆっくりと首を振った。
「オーリア様によれば――この王城の地下に、精霊がいるとのことです」
「…!」
レックスの眉が、ぴくりと動いた。
「王城に地下…?」
ブライアンが不思議そうに首を捻った。
「……」
王太子すらも知らない。
これも、また…禁忌の話だったのだろうか。
「…地下の存在も、精霊王から聞いたと言うのか」
「はい、そうです…」
リリアンヌは、慎重にレックスへ答えた。
本当に、自分だって地下のことを知らなかった。
「……」
レックスは黙り込み、テーブルを指で叩いた。
「…確かに、王城には地下が存在する」
しばらく間を置いて、再び口を開いた。
「何代も前に封印してから、ずっと使われていない」
「ふ、封印…?」
思わず、声が裏返った。
まさか、ここでも封印という言葉が出てくるとは。
「そう、封印だ。…何があるのかも分からねぇ」
「だから、精霊がいるのだろう」
すぐさまキリが返した。
「…仮にいるとして。それで、どうする」
レックスは、リリアンヌへ視線を向けた。
「ですから…デューゼの森へお返しに行きます。瘴気の封印が、解けないようにするために」
「……」
とん、とん、とテーブルを叩く音だけが響いた。
「…お前は、精霊に関する時だけ随分とはっきり話すな」
「…っ」
リリアンヌは、ぎくりと肩を揺らした。
「お前が、意味もなくこんなことを言うとも思えない」
睨む国王の目は、いつも通り鋭い。
だけど、声は静かなままだ。
「それに…エルフは」
「エルフは、嘘をつかない」
国王の言葉を、キリが継いだ。
「…突然エルフが現れたということは――事実なんだろうな」
レックスはテーブルを叩く手を止めると、腕を組んで椅子に深く座り込んだ。
「……」
リリアンヌは固唾を呑んで、じっと次の言葉を待った。
ふいに、国王のわずかな溜息が漏れた。
「…王城の地下を、捜索する」
「!」
「だが、お前は捜索に連れて行かない」
レックスの目が、すぐにリリアンヌへ向けられた。
「えっ…!?」
「仮に、精霊を見つけてもだ。お前を、デューゼの森には行かせない」
「あっ、おい、リリィ――」
「どうしてですか…!」
リリアンヌはロデオの手を振り解き、勢いよく立ち上がった。
「お前は昨日、狙われた。もう忘れたのか?」
「…陛下が、裁いてくださいました」
「だとしてもだ。火中に自ら飛び込むような真似はするな」
「何が危険なのですか…?」
「言っただろ。地下には何があるか分からない。デューゼの森は、行くだけで一か月もかかる」
「それは、分かっています。でも」
「余計なことをしようとするな。お前は、しばらく城で過ごせ」
レックスはにべにもなく言った。
「…私を…見張るのですか」
震える声が、静かに落ちた。
「違う。護る、だ」
レックスは、まっすぐにリリアンヌを見据えた。
しばらく、静かに睨み合った。
二人以外、口を開く者は誰もいなかった。
「…嫌です」
やがて、リリアンヌが先に口を開いた。
「今年中に精霊を見つけて、私が、デューゼの森に行きます」
「お前が動くことが、迷惑だと言っている。何人の護衛をつけることになるか、分かっているのか」
「…っ」
握った拳が、ぎりっと音を立てた。
この――分からず屋。
「…迷惑なら、護衛なんていりません」
「あ?」
「…少し落ち着け」
ロデオが横から、そっと手を伸ばした。
「護衛なんて、いりません。ひとりでもデューゼの森に行きます」
リリアンヌはレックスに目を向けたまま、きっぱりと言い切った。
「…お前は、何を言っている?」
「私は、自分で精霊を探して、オーリア様に会いに行きます」
もう、いい。
地下に行く方法だって、自分で探してみせる。
「だからもう、私を放っておいてください…!」
もう、いい。
結局、反対される。
結局――自分の言葉は、届かない。
「勘違いするなよ。お前の命は、お前だけのものじゃねぇ」
「…どうしてですか?」
どうして。
自分の命が、誰のものだと言うのか。
「私は…加護を授かっただけの、ただの子供でしょう…?」
「ただ…?おい、ふざけんな」
レックスは、わずかに語気を荒げた。
「お前は、加護持ち以前に王族だ。命の価値が違う」
「命の価値は…っ!誰だって同じです!」
被せるように、リリアンヌは鋭い声を上げた。
その声が反響し――しんと、静まった。
「…護られることが、そんなに気に食わないのか」
「違う…っ!」
どうして、分からないのだろう。
「もう…私のせいで誰かが死ぬのは、嫌なんです…!」
堪えていた涙が、ぽたりと落ちた。
御者が。
守衛隊たちが。
自分のせいで、死んだ。
どこも見ていない御者の目が、頭にこびりついて、離れない。
きっと、ずっと忘れられない。
二度と、忘れてはいけない。
誰かを巻き込むのは、もう嫌だ。
そうなるくらいなら、ひとりでいた方がずっといい。
「リリィ…!」
ロデオは娘を引き寄せ、強く抱きしめた。
「お前のせいではない…!お前は、何も悪くない!」
「私が…っ巻き込みました」
ぽたぽたと、父の肩に涙が落ちた。
「…リリィ。悪いのは、犯人どもだ。そこを間違えるな」
サイラスは、そっとリリアンヌの背をさすった。
「…ごめんなさい。お父様、お兄様」
深く息を吸い、涙を押しとどめた。
まだ、話は途中だ。
泣いている場合ではない。
ぐいっと目元を拭い、再び顔を上げた。
「…だから、城でじっとしていろと言っている」
レックスは静かに言った。
「…嫌です」
自分の方が、理屈に合わないことを言っているのは分かっている。
国王の言う通り――王族は、護られるべき存在だ。
自分の価値を知れと、散々、言い聞かされてきた。
それでも。
精霊探しも、デューゼの森へ行くのも、人にお願いして。
自分だけがここに閉じこもっているなんて、あり得ない。
それで何かあったら、
それこそ――絶対に、自分を許せない。




