巡り始める思考②
リリアンヌ視点
侍女たちの手を借りて、着替えを済ませた。
客間へ戻り、テーブル席に座ると、軽食が運ばれてきた。
なかなか進まない昼食を摂っていると、扉がノックされた。
フローラが扉をわずかに開け、「サイラス殿下です」と教えてくれた。
「…通してください」
むぐ、と最後のパンを飲み込んだ。
「リリィ…!」
「お兄様…」
「いい、座っていろ」
サイラスはまっすぐ近づくと、立ち上がろうとしたリリアンヌをそっと座らせた。
「…大変だったな」
そのまま流れるように、優しく額にキスをした。
「お兄様は、その…何があったか知っているのですか…?」
リリアンヌは、ちらりと扉の方へ目を向けた。
侍女たちは、すでに部屋からいなくなっていた。
「…すべて知っている。どこか体に痛みはないか?」
サイラスは椅子を引き、リリアンヌに寄り添うように腰掛けた。
「はい。霊拝師様が治してくださったようです」
「ああ。昨夜、アイラ殿が来た」
「!そうだったのですね」
「食事は終わったか…?この後、私と陛下のもとへ行こう」
「…はい」
やっぱり、行かなくてはいけないらしい。
最初から、すべて報告しなくてはいけないのだろうか。
「…思い出したくもないだろうが、すまない」
サイラスは手を伸ばし、優しく妹の肩を撫でた。
「…いいえ。お兄様もいてくださるのですか?」
「私は家族だ。聞く権利がある」
「…心強いです」
リリアンヌは答えながら、不安げに眉を下げた。
「お兄様…私は、どうなるのでしょうか?」
「…どうとは?」
「私には…見張りがつけられるのでしょうか?」
こんな大きな事件に巻き込まれてしまった。
また、エラドリオール邸から出られない生活が続くのかもしれない。
でも今は、それでは駄目だ。
やっと、“デューゼの森の悪夢”を防げる手立てが見つかった。
今は、閉じこもっている場合ではない。
「…リリィ、おいで」
「…!」
サイラスは妹を軽々持ち上げると、自分の膝の上へ乗せた。
「あ…あの、お兄様…?」
兄にこんなことをしてもらうのは、初めてだ。
知らぬ間に、また背丈も体つきもだいぶ変わっている。
「お前は、怖い思いをした。こんな思いをさせるくらいなら、お前を屋敷から二度と出したくない。それは、父上も同じ気持ちだろう」
「……」
リリアンヌは、きゅっと口を結んだ。
「お前が望むなら、それでいいと思っている。だが、お前はそれを望んでいないのだろう?」
「…はい」
「それなら、お前の望みを口にしろ」
「…え?」
「リリィ。望みがあるなら、口にしないと伝わらない。考えていることを言わないと、誰にも届かない」
兄の目は、真剣だった。
「お前が何を心配していて、何を望んでいるのか。ちゃんと言葉にしろ」
「…お、お兄様」
まるで――考えを読まれているようだ。
最近は会っていなかったのに、どうして分かるのだろう。
「会っていなくとも、お前のことなら何でも分かる」
サイラスは、ふっと笑みを浮かべた。
「お前を、愛しているからな」
「!」
「なぁ、リリィ。私にも、父上と同じことをしてくれないか?」
「えっ?」
「私を、抱きしめてくれ」
「…はい」
リリアンヌは首を傾げながら、そっと兄の肩に手を伸ばした。
父との特別な挨拶のことも、どうして知っているのだろう。
「…大好きです、お兄様」
兄の肩は、大きくて逞しかった。
「はぁ…汚れた心が洗われる」
「…?お兄様、何か言いましたか?」
「さて、行くか」
サイラスは体を離すと、そっとリリアンヌを下ろした。
「さっきも言った通り、お前は思ったことを口にしろ。いいな?」
「…でも、これから行くのは陛下のところでしょう…?」
「だから何だ?陛下は、私たちの伯父だ」
「……」
伯父以前に、国王だ。
「私は、お前の味方だ。いざとなれば、私が父上も陛下も説得する」
サイラスは優しく微笑むと、そっとリリアンヌの手を取った。
「…ありがとうございます」
何を心配して、何を望んでいるのか。
私はそれを、昨日初めて口にした。
家族よりも、信頼する人たちよりも先に――
初めて会った精霊王に、あっさりと話した。
そのことに、なぜか後ろめたさが湧いた。
デューゼの森へ行こうとしていることを、ちゃんと伝えるべきだ。
もう昨日のように、いろいろな人に悲しい顔をさせるのは嫌だ。
精霊王と会ったという話は…伝えるべきだろう。
信じてもらえないにしても。
そうしたら、どうしてデューゼの森へ行きたいかもうまく伝えられそうだ。
国王との探り合いは、もう終わりだ。
もう、時間がない。
兄の言う通り、
考えていることを――
言葉を、ちゃんと届けないといけない。




