後始末②
チャン視点
※かなり残酷な描写があります。
幸せな夢が、終わった。
リリアンヌに触れることができたのは、一瞬だけだった。
あれだけ時間をかけて、
すべての財産を投げ打って、
ようやく彼女が手に入ったというのに――
また、奪われてしまった。
体中が、痛い。
特に、左肩が疼く。
「…ぐぅ…っ」
痛みで、声が漏れた。
確か――
リリアンヌに近づこうとした時、突然、壁が崩壊した。
崩れた壁の向こうから現れた黒い人影が、まっすぐ自分の左肩を貫いた。
あの、悪魔のような目をした男は――
「…よぉ、起きたか」
低い声に、ふっと目を開けた。
「…?」
チャンはゆっくり上体を起こし、辺りを見渡した。
ここは…
「ここは、玉座の間だ」
玉座の上から、国王が頬杖をついて見下ろしていた。
「…!」
脳が覚醒すると同時に――
チャンは、国王から背中を向けて立ち上がった。
――シュッ…!
「!…ぎゃあああっ…!!」
右足に鋭い痛みを感じ、もんどりうつように転がった。
「いっ、いてぇっ…!」
右足の腱を、斬られた。
「娘と、同じ痛みを感じろ」
「あ、ああ…っ?」
涙で霞む目で、なんとか自分を見下ろす男を捉えた。
紅い瞳――
リリアンヌと同じ色だ。
青筋を立てたその顔は、娘に似ても似つかないほど凶暴なものだった。
「動くたびに斬られるぞ。大人しくしておいた方がお前のためだ」
玉座から、国王の非情な言葉が飛んだ。
「…死ぬ覚悟はある!殺すなら殺せぇ!」
王族に手を出せば――即、死罪。
そんなことは、知っている。
それでも、どうしてもリリアンヌと結ばれたかった。
だが――それももう、無理だ。
「くそっ…くそぉぉっ!」
チャンは体を丸め、床を何度も叩きつけた。
「ルイージ。やれ」
玉座から、再び声が発せられた。
「……」
ルイージはチャンの後ろに屈み、その背に触れた。
手先が――琥珀色に光った。
「“二等中央官チャン・ムムシカ。なぜ、リリアンヌ殿下を攫った?”」
チャンは、がばりと顔を上げた。
「…僕とぉ!結ばれるためだよぉぉっ!」
気付いたら――叫んでいた。
「リリアンヌは、精霊の加護を貰ってから苦しんでいた!そのことをお前らは知っていたか!?誰が彼女を慰めた!?あぁ!?」
口が、勝手に動く。
自分は、何を言っているのか。
「あんな小さな彼女を討伐にまで連れて行ってよぉ!毎日、実験まがいのことをさせてよぉ…!」
「……」
国王は、何も言わず頬杖をついたままだ。
「だから、僕が一切の苦しみから解放してあげようと思った!僕が、彼女を慰めてあげようと…最期まで、一緒にいてあげようと――」
「兄上。斬っていいか」
「ひぃぃっ…!」
背後から、凄まじい殺気を感じた。
「…待て。おい、チャン。“リリアンヌに、一体何をした?”」
「雇った奴らが、リリアンヌの足を斬りやがったからっ…靴を脱がして、包帯を巻いた!保管庫から霊拝師の止血剤を盗んで、彼女の足に塗ろうとしたよぉ!」
国王の問いに、また勝手に口が動いた。
「包帯を解いて足を撫でて、考えが変わったっ…!足を治さなければ、リリアンヌは僕のもとからいなくなることはないってなぁ!」
チャンは、はぁ、はぁ、と興奮したように息を荒くした。
「彼女の綺麗な頬を触って、そのまま二人の時間を楽しもうとしたら…誰かが!邪魔しに来た!」
「…兄上ぇぇ!」
「まだだ。待て」
「ぐっ、ぐううっ…」
殺気だけで、殺されそうだ。
「“チャン・ムムシカ。誘拐に関与した守衛隊兵たちはどうやって用意した?”」
再び、ルイージが後ろから問いかけた。
「リヨラル山脈に根城がある山賊に、大金を払って雇ったっ…!親玉が有名なちからを持っていたから、ちょうど良かった!」
「“有名なちからとは?”」
「対象ひとりの、動きを止めるちからっ…!」
「“どう、ちょうど良かったんだ?”」
「もしもの時用だっ…!リリアンヌが大聖堂に来る時は、アランフォースが必ず護衛についていた!」
チャンは、吐き捨てるように続けた。
「あいつは、束になっても敵わない。もしずっと奴がついているようなら、片付けてほしかったっ!」
「…だ、そうだ。お前も、殺されていたかもな」
「…殺されるわけがないでしょう」
「…!」
チャンは、はっと玉座に顔を向けた。
国王を挟むように、二人の黒の騎士が立っている。
ひとりは、団長のエドガーだ。
もうひとりの騎士の視線が――ゆっくりとこちらに向いた。
「ひっ…!」
尻餅をついたまま、ずりずりと後ずさった。
左肩が、疼く。
「動くなと、言ったよな」
――ズンッ…!
右足の甲に――深く剣が突き刺された。
「…いてぇぇぇ!」
「娘は、もっと痛い思いをした」
ロデオはチャンの足に刺した剣を、ぐりっ…と捻った。
「ぎゃああああっ…!」
「意識を飛ばされたら厄介だ。霊拝師を呼ぶ羽目になる」
「ちっ…」
国王の言葉に、ロデオが剣を引き抜いた。
「はぁっ、はぁっ…くそっ…」
「…“その雇い入れた山賊は、何人だ?”」
「全部でっ…二十人。執務机の引き出しの二重底に…っ全員の情報が載った名簿がある!」
背中に触れられると同時に、再び口が動き出した。
「“どうやってスワハマに推薦を貰った?”」
「だ、大教主を、騙した…!僕の大切な友人が、働き口がなくて困ってるって言ってなぁ…!泣き落としたら、あっさり推薦状を書いてくれたぜ!」
「ルイージ、一旦休め」
「…御意に」
背中から、手が離れた。
――こいつが。
ルイージが、何かちからを送っている。
こいつのせいで、スワハマが口を滑らせたのではないか。
だから、あんなにも早く自分に辿り着いたのか。
そういえば…僕は、どうやって遠い西の山脈にいる山賊の話を知ったのだったか。
どうやって連絡を取った?
エラドリオール家の土地にある廃墟を見つけたのは、何がきっかけだったか。
…そんなことは、どうでもいい。
リリアンヌとのお楽しみの時間を奪った、こいつが憎い。
どうせ死ぬなら、巻き込んでやる。
彼女と結ばれた後に使おうとした、この毒針を使って。
苦しむ間もない。
刺さりさえすれば、即死だ。
「……」
チャンは、左腕をもぞりと動かした。
その腕が――一瞬で消えた。
「はぁっ…!?」
何が起きたか、分からない。
「…!」
影を感じ、はっと顔を上げた。
悪魔が、目の前に立っていた。
右手に握る大剣には、血が滴り落ちている。
「…!くるなぁぁあ!!」
左手で床をついて後ずさろうとして――そのまま転がった。
「ひっ…ひぃぃっ…!」
こいつの目が、一番やばい。
国王の、冷酷な目より。
ロデオの、怒り狂った目より。
何も感じていないかのような、この目が。
何の感情も読み取れない、暗い瞳が――
無性に、体を震わせる。
「…もう、無理だな」
玉座から、諦めの溜息が漏れた。
「アランフォース副団長。最期に、ひとつだけ」
見下ろす男の横に、ルイージが屈み込んだ。
「“チャン・ムムシカ。今回の企てに、山賊二十名以外、誰か関わっているか?”」
ルイージが触れていたのは――自分の体から離れた左腕だった。
「関わっていない!僕がひとりで計画した!」
チャンは、自分の左腕を見つめながら絶叫した。
「僕がっ、リリアンヌを助けるためだけに企てたぁぁ!」
その声が玉座の間に響き渡り――
ぞっとするほど、静まり返った。
「…どっちか、好きな方がやれ」
「私がやる」
国王の言葉に、背後に立つ人物が一歩近づいた。
「…くそぉっ」
チャンは振り向きながら、ロデオから離れた。
殺されるくらいなら、自分で死ぬ。
右手は、まだ動く。
この手で、毒針を――
「…!」
再び影を感じ、前方へ目を向けた。
「…ひぃぃぃっ!」
顔を上げたことを――後悔した。
自分を見下ろす顔は、真っ暗だ。
目だけが、じっとこちらを見つめている。
なんだ、こいつは。
こんな奴が、リリアンヌの傍にいたのか。
こんな化け物が、彼女の傍にいていいわけが――
そこで、チャンの意識は途絶えた。
第五章・完




