後始末①
ロデオ視点
眠るリリアンヌの顔に、ぽたりと雫が落ちた。
「…ぐうぅっ…」
ロデオは娘を抱えたまま、唇を噛み締めた。
この子を、どうすればいい?
この心優しい子を、どうすれば護ってやれる?
なぜ、この子だけがこんなに傷つかなければならない?
「…すまない」
そっと娘の顔に落ちた涙を拭い、優しく抱え直した。
リリアンヌが捕らわれていた場所は、エラドリオール家の所有地内にある廃墟だった。
「…舐めやがって」
今すぐ、床に転がる文官を斬り刻んでやりたいが――
その前に、話を聞かなくてはいけない。
ルイージが、すべて吐かせる。
リリアンヌの服は…乱れてはいない。
この文官がここで伸びているということは、ぎりぎりだったのではないか。
エルフがいなければ、もっとまずい状況だったのかもしれない。
「エルフか…」
自国でエルフを見るのは、初めてだ。
どこかでまとめて隠れ住んでいると聞いていた。
だが、奴らは関わることを強く拒否している。
人族を助けるとも思えないが。
娘の声で咄嗟に手を緩めたとはいえ、自分の剣を軽々と弾いた。
この下で死んでいる男どもは全員、彼が倒したのだろう。
なぜ王都にいたのか。
なぜ、リリアンヌを助けたのか。
…それは明日、分かることだ。
「ロデオ総長…!」
聞こえてきた声に、顔を上げた。
廊下の奥から、国王直属騎士団の騎士たちが駆けてくるところだった。
「ロデオ総長、リリアンヌ殿下はっ…!」
「無事なのですか!」
騎士たちの目は、全員、自分の腕の中で眠る娘へ向けられていた。
「…今は、安心して眠っているだけだ」
「そう…ですか」
「…良かった」
「……」
こいつらも、こんな表情ができたのか。
そういえばリリアンヌは、こいつらの名を呼んではいなかったか。
…そんなことは、今はどうでもいい。
「…これは、生きている」
ロデオは、伸びている文官を乱暴に足先で転がした。
「捕縛して、城に連れて行け」
「はっ!」
「それから、ひとりは今すぐ、アイラ殿をエラドリオール邸まで連れて来てくれ」
「私が向かいます」
赤毛混じりの騎士が口を開いた。
先ほどレックスが、リックと呼んでいた。
「…待て。エラドリオール邸ではなく、王城に呼べ」
ロデオは、はっと言い直した。
「御意に」
リックは頷くと、すぐに廊下を駆けていった。
「私は戻る。ここは任せた」
「はっ」
騎士たちの返事を背に受け、ロデオは長い廊下を進んでいった。
この屋敷は、二階には簡単に行けないようになっている。
階段がないのに上からアランフォースの大剣を振るう音がして、意味が分からなかった。
だが、隠し部屋のようなところに二階に続く階段を見つけた。
嫌な屋敷だ。
恐らく、逃げられないように誰かを閉じ込めていたのだろう。
奴隷か惚れた女かは知らないが、先代王までの時代だったら何でもありだった。
…閉じ込めていたのは、自分も同じか。
「……」
ロデオは、娘にそっと目を落とした。
ドレスは乱れてはいないが、砂埃でぼろぼろだ。
小さな右足に巻いた布から、血が滴り落ちていた。
「…ぐぅ…っ」
せり上がる嗚咽を、堪えることができなかった。
なぜ、こんなひどいことができる。
この子は、何も悪いことなどしていない。
それどころか、これだけ国に尽くしているというのに。
家族全員で、王都から出ていってやろうか。
いや…アヴェリーンは、きっと耐えられまい。
今夜は、リリアンヌを王城に泊めるしかないだろう。
せっかく体調が戻ったのに、娘が拉致されたと知れば、今度は倒れてしまうかもしれない。
これだけ所有地内で騒げば、すでに何かあったことには気付いているかもしれないが…
それでも、なんとしても妻に隠し通すしかない。
「……」
娘が加護持ちということを、軽く受け止めすぎていたのかもしれない。
この…娘の胸元でじっとしている精霊を、斬り捨ててやろうか。
…そんなことをしたら、リリアンヌは二度と笑わなくなるだろう。
それに、こいつは娘の居場所を知らせるために、アランフォースのもとまで飛んできた。
リリアンヌが一歩でも外に出るなら、屋敷をどれだけ固めても意味がない。
私は、常に王都にいるわけではない。
王城で、騎士たちに護らせるべきか。
だが…それでは結局、リリアンヌを閉じ込めることになる。
「…すまない」
ロデオは眠る娘へ、ぽつりと言葉を落とした。
父親として、娘の望むことは何だって叶えてやりたい。
だが、危険な目には遭ってほしくない。
そうなると、固く護らなくてはいけない。
あれだけ行きたがっていた城下町へも、まだまだ行けないだろう。
…分からない。
この子を、どうしてやればいい。
どうすれば、この子の笑顔を護ってやれるのか。
本当に――分からない。




