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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第五章/見えない繋がり
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姿を現した者たち⑥

リリアンヌ視点



アランフォースは立ち上がると、ゆっくりとリリアンヌに背を向けた。



「…目を閉じていてください」



「!」


言われるがまま、ぎゅっと目を瞑った。



「なんでっ!お前っ――ぐぁっ…」


シュッと何かが飛んでいき――どさりと倒れ込む音が聞こえた。



「くそっ、親分!」


「逃げるぞっ」


慌ただしい足音が遠のいて――



「…がっ」


「ぐぁぁっ」


すぐに、同じ声の断末魔が耳に届いた。



「…お前は、誰だ」


頭の上から、緊張を帯びた声が降ってきた。


大剣を抜いた気配がする。



「…?」

リリアンヌは、そっと目を開けた。



アランフォースがまだ目の前にいるのなら、


遠くで倒れた人たちは、誰にやられたのか。



廊下の暗闇から――マントを深くかぶった人物が歩み出た。



何も答えず、ゆっくりと近づいてくる。


その手には、血が滴る細剣が握られていた。



「…!」


思わず、はっと息を呑んだ。



あのマントは、


あの、手に握る細剣は――




目の前から――アランフォースが姿を消した。




「わっ…!」


ドォッ…と砂煙が舞い、リリアンヌは顔を背けた。



――ガギィンッ…!


ドォンッ…!



「えっ」



――ガガガッ…!


ゴッ…ドォォォンッ…!



剣を交わす音――のはずだ。


砂煙で、二人の姿がまだ見えない。



「あっ…」


アランフォースの振る大剣が、マントの人物を吹き飛ばしたのが見えた。


マントの人物は、まるで空中に壁があるかのように不自然な場所で踏み込んだ。



狭い分、アランフォースが苦しそうだ。


いや…相手も、何度も吹き飛ばされている。



再び砂煙が舞い、二人の争う音だけが響いた。



違う。


見ている場合ではない。



あの緑のマントも、細剣も。


“物語”で、よく見てきた。


あの人は…



大剣の斬撃を避けた勢いで、頭から、ぱさりとマントが外れた。


その瞬間――



「…!アランフォース副団長っ!」


リリアンヌは、腹の底から声を張り上げた。



「その人はっ…!敵ではありません!」



「!」


ぴたっと、二人の動きが止まった。



「はぁっ…けほっ…」


むせながら、まっすぐマントの人物に目を向けた。



マントの人物は剣を下ろすと、ゆっくりとこちらに振り返った。


崩れた壁から差し込む月の明かりで、顔がはっきりと見える。



月夜に溶けるような、銀色の長い髪。


白く、透き通るような肌。


エルフの特徴である、尖った耳――



「…下から争う音が、ずっと聞こえていました」


リリアンヌはエルフを見つめ返しながら、慎重に言葉を選んだ。



「あなたが、倒してくれたのでしょう…?」



「……」


無表情の顔が、口元だけ動いた。



「…君を、助けに来た」


宝石のような紫の瞳が――月の明かりを受けて、淡くきらめいた。



「…助けてくれて、ありがとうございます。アランフォース副団長も、私を助けに来てくれたのです」


とにかく、早く誤解を解かないと。



「……」


アランフォースもエルフの男も、じっとリリアンヌを見下ろした。



「あの…二人とも、本当にありがとうございます」

リリアンヌは後ろ手を縛られたまま、小さく頭を下げた。



「おかげで、この通り無事でした」



「……」


奥にいたアランフォースが、何も言わずにこちらへ向かってきた。



「…失礼します」



「…!」


アランフォースは目の前で跪くと、抱きしめるように両手をリリアンヌの背中へ回した。


ぶちっと、縄が千切れる音がした。



「…アランフォース副団長、その――」



「血が出ています」



「血…?」


アランフォースの視線に合わせ、額に触れた。


べたりと、手が真っ赤になった。



「…あ」


階段から、転げ落ちた時だ。



「…大丈夫です」


すぐに白のちからで治して、残った額の血を腕で拭った。



その手を――アランフォースが優しく止めた。


手袋を外すと、リリアンヌの額にそっと触れた。



「…っ」

リリアンヌは、びくりと体を強張らせた。



「…足も治すわけにはいきませんか?」



「でも…今、治したら不自然です」


まだ、腱から血が流れている。


走ったから、余計に悪化してしまったようだ。



「痛みだけは止めたから、痛くないのです」



「……」


ふいに、アランフォースが自分のコートを掴み――ビィィッ…と裂いた。



「えっ…」



「触れます」



「…!」


アランフォースは右足をそっと持ち上げると、破いたコートで手早く巻いていった。


その手つきは、とても優しかった。



ふと上げた視線に、小さな光が目に入った。



「…あれっ、スノウ…!」


やっと、アランフォースの肩に止まっている精霊に気付いた。



「…ホ~」


スノウは躊躇うように鳴くと、リリアンヌの肩へ戻った。



「…スノウが、この場所を教えてくれました」

アランフォースが、静かに口を開いた。



「そうだったの…」



「ホ~…」



「ありがとう、スノウ」

リリアンヌは頭を小さく傾け、優しくスノウに頬ずりした。



「アランフォース副団長も、ありがとうございました」



「……」


アランフォースは視線を落としたまま、何も答えなかった。




「――リリィ!!」



「!」


はっと、顔を上げた。



廊下の奥から、ロデオが一直線に駆けてきた。


――剣を構えている。



「お父様、駄目!」

リリアンヌは、再び声を張り上げた。



「その人は、私を助けてくれたの!」



――キィィィンッ…



ロデオの振り下ろした剣を、エルフは難なく細剣で弾いた。



「…娘が言ったことは、誠か」



「あの子を助けに来た。エルフは嘘をつかない」



「大変、失礼した」


ロデオは剣を腰に戻しながら、まっすぐリリアンヌのもとへ進んだ。



「リリィ…!」



「お父さ――うわっ」


いつもより強く抱きしめられた。



「お、お父様…ご心配をおかけして」



「違うっ…!お前は、何も悪くない」


抱きしめる父の体は、小さく震えていた。



「お父様…」



「すまないっ…すまない!」



「…っ」


お父様だって、何も悪くない。


そう言いたいのに。


涙が溢れそうで、何も言えなかった。



こんなにも、愛してくれているのに。


分かっていたのに。



今夜、ひとりで王都を出ようとしていた。



「…帰ろう」


ロデオは娘を抱きかかえたまま、そっと立ち上がった。



「でも、まだ、犯人たちが」



「そんなこと、お前は何も気にするな」



「…あ」


崩れた壁から、外の灯りが見えた。


黒い軍服の騎士たちが、ランタンを掲げて向かって来ている。



助かったんだ――



「アランフォース」


父の声に、はっとアランフォースへ顔を向けた。


倒れた親分の前に屈み、何かを引き抜いているところだった。



「ここの指揮は任せる」



「…御意に」


アランフォースは小さく頷くと、崩れた壁から躊躇いなく飛び降りていった。


あっという間に、行ってしまった。



「エルフ殿。先ほどは、失礼した」


ロデオは、今度はエルフのもとへ近づいた。



「娘を助けてくれたことを感謝する。話を聞きたいが、今日はもう遅い。明日、聞かせてくれるか」



「どこへ行けばいい」



「王城に。場所は分かるか」



「分かる」



「泊まるところはあるか?なければ準備させるが」



「結構だ」

エルフは短く答えると、くるりと踵を返した。



「あのっ…」


小さな声が、すぐに呼び止めた。


エルフが、再び二人の方へ顔を向けた。



「…エルフ様。助けてくださり、ありがとうございました」

リリアンヌは、ゆっくりと言葉を続けた。



「……」



「あの…また明日、お願いします」



「…また明日」


エルフはマントを深く頭からかぶると、暗闇へ消えていった。



「…お、お父様」


急に、睡魔が襲ってきた。


瞼を閉じれば、すぐにでも眠れそうだ。



「…どうした?」

ロデオは、腕の中にいる娘に優しく返した。



「お母様に、内緒にしたい」



「!」



「これ以上お母様に、負担を掛けたくないです」



「…リリィ」



「お願い、おとう、さま…」


リリアンヌはそれだけ言うと――


がくんと意識を手放した。



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