姿を現した者たち⑤
リリアンヌ視点
「…ちっ、うるせぇな」
チャンが手を離し、立ち上がった。
「一体、何を騒いでんだよ」
扉を半開きにしたまま、部屋から出ていった。
「……」
その隙にリリアンヌは素早く体を起こし、膝を引きずって扉まで近寄った。
「こっちが聞きてぇよ…!騎士どもが押しかけに来たのか?」
すぐ向こう側では、見張りがチャンと話している。
「まさかあんた、ここまでつけられてきたんじゃねぇか…!?」
「ここは、僕が何年も前から目をつけていた廃墟だ。分かるものか」
チャンが自信ありげに答えた。
「言ってる場合か…!逃げるぞ!」
「そうだな!おい、あんたはどうする」
「僕は、リリアンヌをここでお守りする」
「ちっ…勝手に残ってろ、変態!」
バタバタと、見張りたちが長い廊下を去っていった。
騒ぎは、遠く下から聞こえる。
どうやらここは、一階ではないようだ。
扉の隙間から――ぬっとチャンの顔が現れた。
「リリアンヌぅ…!起きたんだねぇ!」
「…!」
考えるより先に、オーリアのちからを放った。
カッ――と緑の閃光が弾けた。
「!?まぶしっ…」
目を塞ぐチャンの脇をすり抜け、扉の外へ飛び出した。
「!?…んぐっ!」
足がもつれ、前のめりに倒れた。
「リリアンヌぅ~!どこだい!?かくれんぼでもしたいのかなぁ!?」
すぐ後ろから、チャンの声が迫ってきている。
「…っ!」
すぐに立ち上がり、右足を引きずりながら廊下をひたすら進んだ。
もし白のちからを使うところを見られたら、まずい。
まだ、治せない。
足が、宙をかすった。
「んっ…ぅぅぅっ…!」
階段だ――
気付いた時には、ごろごろと転がり落ちていた。
壁に強くぶつかり、止まった。
「…っつぅ…」
全身が痛い。
「リリアンヌぅ~」
階段の上から、まだチャンが追いかけてきている。
「っ…」
リリアンヌは体を起こし、必死で残りの階段を下りた。
「誰だ、てめぇ!」
「ぎゃぁっ…!」
「このマント野郎ぉ…!」
すぐ真下で、ドタドタと騒ぐ音が聞こえている。
それなのに――下へ続く階段が、終わってしまった。
もう、廊下しかない。
階段は反対側だ。
右足を引きずりながら、再び長い廊下を駆けた。
ようやく端まで辿り着いた時――
「んむっ…!?」
そこにも、階段はなかった。
行き止まりだ。
見逃してしまったのか。
そんなはずは、ない。
廊下は、ただ扉が並んでいるだけだったはずだ。
「かくれんぼは、終わりかいぃ?」
「…!」
はっと振り返った。
「リリアンヌは、すごいなぁ。いつでも僕を驚かしてくれるね」
にたりと笑うチャンが、ゆっくり近づいてきていた。
「…っ…」
窓は、どこにもない。
いずれかの扉に飛び込めば、状況が変わるだろうか。
「でも遊びだとしても、もう僕の前から消えてはいけないよぉ」
チャンがさらに一歩、踏み出した。
「君はもう、僕のものなんだからねぇ」
「……」
リリアンヌは壁に背をつけ、ぎりぎりまで下がった。
下からは、相変わらず怒号が聞こえている。
誰か来ているはず。
「さっ、二人きりの時間を」
チャンが言い切る前に――
――ズガァァァンッ…!
凄まじい音と同時に、視界が砂煙でいっぱいになった。
「…むぅ…!?」
爆風でよろめき、どたんと尻餅をついた。
砂煙が舞って、目も開けられない。
何度も瞬きを繰り返し、涙で滲む目をこじ開けた。
目の前にいたチャンが消え――
代わりに、見慣れた灰色の瞳が見えた。
「!…むむぅっ…!」
リリアンヌの目に、一瞬で安堵の色が広がった。
現れた者はナイフを取り出すと、ぶつりと猿ぐつわを切った。
「アランフォース…副団長!」
今度こそ、名を呼んだ。
「……」
アランフォースの顔は、ひどく険しかった。
「…手を。解きます」
「あっ…はい」
座ったまま、アランフォースへ背を向けた。
しばらく待っても、縄は解かれなかった。
「…?」
ちらりと後ろへ振り向いた。
アランフォースは、不自然な状態でナイフを持ったまま固まっていた。
「…ぶっ殺してやる」
その背後から、低い男の声が聞こえた。
「…!それは、体の動きを止めるちからです!」
リリアンヌは、はっと叫んだ。
「…っ」
顔を上げ、近づく男の方へ視線を向けた。
アランフォースの後ろでは、爆発が起きたかのように壁が崩壊している。
崩れた瓦礫の下で、チャンが伸びていた。
「…めちゃくちゃにしやがって」
その脇を、目つきの悪い男が通り過ぎた。
あいつは、自分の右足を斬った男だ。
親分と、呼ばれていた。
「くそっ、下はもう無理だ…!」
「あ?マント野郎じゃねぇのか」
親分の後ろから、さらに別の男たちが駆けてきた。
「……」
リリアンヌは男たちを睨みつけたまま、そっと膝立ちになった。
もう少し近づいたら、また閃光を食らわせて――
「問題ありません」
「…えっ」
「この程度では、止まりません」
ぎ、ぎ、ぎ…と体を軋ませながら、アランフォースが立ち上がった。
「!?はぁぁ…!?お前っ…なんで動ける!?」
「え…ええ…」
私は、まったく動けなかった。
スノウだって、ぽとりと落ちた。
どうして、アランフォースは動けるのだろう。




