第一章Ⅱ(見えてきた現実と大きな勘違い)⑥
リリアンヌ視点
「……えっ!?」
ベッドに横たわっていたサムが、弾かれたように起き上がった。
「サム…!?」
「兄ちゃん!」
「…は?」
サムは目を瞬かせ、きょろりと辺りを見渡した。
「あれ…オレ…?」
「…サム、よく診せて」
「あ…うん」
シルヴィアはサムの顔に触れ、慎重に目や口を確認していった。
「んん~…いま、何時ぃ…?」
サムとは違うベッドから、のんびりとした声が聞こえてきた。
「あっ…!?カヤ、お前、喋れるようになったのか?」
サムはシルヴィアに顔を覗き込まれながら、ぎょっとした声を上げた。
「あれ、くるしくない」
「ほんとだー!わたしも、げんき」
カヤのベッドの下から、元気いっぱいな少女がひょこりと体を起こした。
「カヤとモモのこえがするー」
「シルヴィ、ぼく、お腹すいちゃった」
さらに隣の二段ベッドから、二人の少年たちが次々に顔を覗かせた。
「……」
シルヴィアは、ゆっくりと子供たちを見渡した。
「…まさか、そんな」
震える声が、かすかに落ちた。
「…っ、はぁっ、くぅっ…!」
「…おい!」
ギタンは手を伸ばし、倒れかけたリリアンヌをすぐに抱き上げた。
口元に巻いた布が、はらりと床に落ちた。
「…ギタン、その子は?」
「お前は自分の体を気にしていろ、サム」
ギタンは短く答えると、リリアンヌを抱えたまま部屋を出ていった。
「あーっ、サムが起きてる」
「なおったの?なんでー?」
閉められた扉の中から、子供たちの声がくぐもって聞こえた。
「はぁっ、はぁっ…!」
「…苦しいか。苦しいよな。お前はまだ、自分の限界を分かっていない」
ギタンは右手で、リリアンヌの背中をゆっくりとさすった。
「俺が余計なことを言っちまったばかりに、すまなかったな」
「…はっ、はっ…で、でも」
「この部屋では、サムの他に四人の子供が病に罹っていた」
「そ、そんなに…」
「恐らくお前は、そいつらも“治した”」
「ほ、本当…?」
「こんなことができるのは…上級でも…」
「…?何と言ったの?」
リリアンヌはギタンの肩に手を置き、伏せていた顔を上げた。
探るような視線が、まっすぐに向けられている。
「…お前は、一体――」
「リリィ…!」
扉からシルヴィアが飛び出てきて、ギタンの言葉が途切れた。
「リリィ、あなたっ…」
「勝手をして、ごめんなさい」
リリアンヌはすぐに謝った。
「えっ…?いいえ、謝ることなんて何もないわ」
シルヴィアは二人に近づくと、心配そうにリリアンヌの頬を両手で包んだ。
「あなた自身は、大丈夫なの?なんともない?」
「…うん、大丈夫」
もう、とっくに呼吸も落ち着いていた。
「…そう」
シルヴィアの目が、じわりと滲んだ。
「あなたのおかげで、皆元気になったわ。本当にありがとう」
「良かった…」
リリアンヌは、安堵の溜息を漏らした。
このちからが、役に立った。
「ここの子たちのために、そのちからを使ってくれてありがとう」
「…?もちろん」
「あの子たちには…祝福があったのね」
シルヴィアは、震える両手でリリアンヌの右手を握りしめた。
「なんて…奇跡のようなちからなの」
「……」
リリアンヌは困ったように眉を下げ、じっとシルヴィアを見つめた。
「シルヴィア、落ち着け」
ギタンが静かに割って入った。
「…ええ、そうね。リリィ、驚かせてしまってごめんなさい」
「…いいえ」
「もう歩けるか?」
「うん。ありがとう、ギタン」
ギタンは、リリアンヌをそっと床に下ろした。
「あのね…今日はもう、帰らないと」
外から、十一時を知らせる鐘が聞こえている。
「あの…シルヴィア」
リリアンヌは、おずおずと切り出した。
「…何かしら?」
シルヴィアは両膝をついて屈み、優しく尋ねた。
「…明日も、また来ていいかな…?」
やっぱり、白のちからについて知りたい。
「…本当に、霊拝師になる気はないのね…?」
「……」
リリアンヌは、ぎゅっと口を噤んだ。
「…何か抱えている事情があるのね」
「…ごめんなさい」
「謝ることなんて、何もないのよ」
シルヴィアは、ふっと柔らかく微笑んだ。
「もちろん、ここにはいつでも来ていいわ」
「本当…?」
「ええ。どこまで私が教えられるかは、分からないけれど」
「ううんっ…ありがとう、シルヴィア…!」
「…でもね、リリィ。これだけは覚えておいて」
シルヴィアは顔を近づけ、そっと囁いた。
「霊拝師にならないなら…あなたは、白の使い手であることを隠して生きることになるわ」
「…はい」
リリアンヌは慎重に頷いた。
「そのちからを…咄嗟に、誰かのために使うことはできない」
「……」
「そのことが、いつか必ずあなたを苦しめる」
シルヴィアの顔はどこか、寂しそうだった。
「あなたほどのちからが存在することで、助かる命があるということを…どうか忘れないで」
「…はい」
その言葉が――
胸の奥底に突き刺さり、いつまでも残り続けた。




