繋がるちから②
リリアンヌ視点
「…それを話すには、今は時間が足りないかな」
オーリアは、静かに口を開いた。
「もう少し我がちからを取り戻したら、必ず君に説明しに来よう。約束する」
「…分かりました」
確かに、今はそれどころではない。
とにかく、オーリアが瘴気に飲み込まれないようにしなければ。
「君にちからを送ってもらうようになってから、綻びはだいぶ直すことができた。しばらくは大丈夫だろう」
「…しばらく、ですか?」
「そうだね…精霊が、あまりにも減ってしまったから」
オーリアは、寂しそうに微笑んだ。
胸が締めつけられるような表情だった。
「…オーリア様、ごめんなさい」
リリアンヌは正座したまま、深く頭を下げた。
「…どうして君が謝るんだい?」
「精霊がいなくなってしまったのは、私たち人間のせいです。本当に、ごめんなさい」
「…君が生まれる、ずっと前の話だ。リリアンヌ、頭を上げて」
「精霊が増えれば…封印の綻びはもっと直せるのでしょうか」
「そうだね。デューゼの森に精霊が増えれば、封印を強固にできる。…いれば、だけれど」
「分かりました。精霊を、探します」
リリアンヌは顔を上げ、真剣な表情を向けた。
「…!」
オーリアは、わずかに目を見開いた。
「だって、精霊はまだこの地にいますよね?」
“物語”では、後にたくさんの精霊を見つける。
それなら、この時点でもいるはずだ。
「…君は、何かを感じるのかい?」
「い、いいえっ…」
また、試されるような目を向けられてしまった。
「ですが、スノウはいました。それなら、精霊はまだ他にもいる可能性があると思ったのです」
「…どうだろう。我も精霊も、お互いちからが弱すぎて見つけることができない」
オーリアは小さく首を傾げた。
「…精霊のちからが弱いと、繋がることはできないのですか?」
「そうだね。君が初めてスノウに白のちからを送った時、やっと精霊の存在に気が付いた。君に加護を渡してると分かったのは、さらに後だ」
「…!あの時には、繋がっていたのですね」
それなら、二年近く前からオーリアとスノウは繋がっていたことになる。
「他の精霊にも白のちからを送れば、オーリア様と繋がることができるかも…」
リリアンヌは目を伏せ、ぶつぶつと呟いた。
「何か、見つける手掛かりがあればいいのだけれど…」
「…どうして、君がそこまでしてくれるんだい?」
静かな声が、そっと独り言を遮った。
「私の見た予知夢の未来を、防ぐためです」
今度は、すんなりと答えた。
「デューゼの森から現れた異形の存在たちは、私の住む王都も襲います。…家族も、知人も、多く亡くなることになりました」
そのことによって、消えない心の傷を負う者たちだっている。
「…それで君は、デューゼの森に来ようとしていたのかい?」
「はい…今のうちにデューゼの森に行ければ、何か防ぐ手立てがあるのではないかと思って…」
言っているうちに、どんどん声が萎んだ。
行きさえすれば、なんとかなる。
そう思っていたけれど。
ひとりで一体、何ができたというのだろう。
「君は…ひとりで頑張っていたんだね」
オーリアの声は、ひどく優しかった。
「とても優しい子だ」
「…でも、結局、何もできていない」
「君が、我をここまで戻した。何もできていないなんてことは、ないよ」
「あ…オーリア様に、白のちからを送ります」
リリアンヌは、はっと顔を上げた。
「あの…夢の中でも大丈夫なのでしょうか?」
「…大丈夫だよ。我の頼みを聞いてくれるのかい?」
「もちろんです。お手を貸してくれますか?」
「……」
差し出されたオーリアの手を、両手でそっと包み込んだ。
もう、直接触れなくても白のちからは送れる。
だけどやっぱり、触れていた方が、より深く繋がれる気がした。
暗闇に、ふわりと白い光が広がった。
願いを込めて――
ありったけの白のちからを送った。
「…っ!はっ、はぁっ…」
光が消えると同時に、リリアンヌは胸を押さえてうずくまった。
息苦しい。
どうやら夢の中でも、しっかりと体力は奪われるようだ。
「…すごい。さすがだ」
嬉しそうな声が、頭上から落ちた。
「…は、はぁ…」
リリアンヌは、ゆっくりと顔を上げた。
「えっ」
子供の姿から――成長している。
もう、十五、六歳くらいの見た目になっていた。
「君のちからは…やっぱり、温かい」
オーリアは懐かしむように、ふっと笑みを漏らした。
「本当にありがとう。ここまでしてくれて、感謝している」
「私には…白のちからを送ることしかできません」
封印を手伝うこともできない。
王都から出ることすらできなかった。
下手したら――今日、死ぬかもしれない。
「送ることしか、ではないんだよ。おかげでまた、封印を保つことができる」
オーリアは、そっと笑みを広げた。
「それにね…精霊は、白のちからが大好きなんだ」
「…スノウは、まだ私と一緒にいてくれるでしょうか」
リリアンヌは、不安そうな目で見上げた。
「私は…スノウが消えることが怖くて、加護のちからをうまく使えません」
「精霊は、並大抵のことでは消えないよ。加護を与えたくらいでは、まったく問題ない」
「…でも」
並大抵のことが起こったら、
そうしたら――
「リリアンヌ。君は、優しい子だ」
オーリアは、優しく続けた。
「精霊は、愛してもらって初めて人に加護を与える。愛の代わりに、加護で返す。精霊は、加護のちからを使ってほしいんだ」
「……」
「そうしないと、一方的に愛を貰ってばかりになってしまうからね…スノウの言葉に、耳を傾けてごらん」
「スノウは…ずっと、加護のちからを使ってと訴えています」
リリアンヌは、小さく答えた。
「うん。それなら、使うべきだ」
「…分かりました」
精霊王に、ここまで言われたら。
自分は、しっかりスノウのちからと向き合うべきだ。
「…精霊を、探したいです」
同じ言葉を、ぽつりと繰り返した。
「瘴気の封印が強固になるのなら、精霊を見つけて、オーリア様のもとに戻してあげたいです」
「…我には、見つけることができない。それにもう、四百年以上も見つかっていない」
「……」
確かに、“物語”とはまだ、時期も環境も違う。
私にも、見つけられない。
見つけることができるのは――
「…精霊を見つけられる一族がいる」
「!」
リリアンヌは、はっと顔を上げた。
「もう何百年も前に、精霊を探すことをやめてしまったようだけどね。彼らなら…」
「その一族を探せばいいのでしょうか?」
その一族のことを――知っている。
「…いや。彼らは、人族の前に現れないだろう」
オーリアは、そっと首を振った。
「ひとつだけ、精霊の在り処に心当たりがあるんだ」
「どこでしょうか?」
リリアンヌは、さらに身を乗り出した。
「君たちが住む城の地下で、一度、精霊の反応を感じたことがある。…四百年前の話だけれど」
「地下…?」
王城の地下で、精霊――
“物語”ではそんな場所は出てこなかったし、精霊もいなかったはずだ。
「そんなところに、四百年も…?」
「精霊にとっての四百年は、君たちの感覚よりも短い時間だ。まだ、消えていないかもしれない」
「もしいるのなら…見つけてあげたい」
今は反応を感じないということは、
きっと、その精霊は弱ってしまっているということだ。
「早く、白のちからを送ってあげたい」
「…ありがとう」
「見つけたら、オーリア様のもとへ――デューゼの森まで、送り届けます」
「ありがとう」
オーリアは、再び礼を言った。
「…また、夢の中で君に会いに来てもいいかな?」
「もちろんです!何度でも、白のちからを送ります」
リリアンヌは、勢いよく頷いた。
「君は、不思議な子だね」
精霊王が微笑むたびに、心がぎゅっと締めつけられた。
「そろそろ、現実に戻った方がいいだろう。君は、まだ危険な状況だ」
「…はい」
今――私は、捕まっている。
足も、斬られたままだ。
「君に…我のちからを与えよう」
オーリアは、そっとリリアンヌの手を握った。
二人の指先が、緑の光で包まれた。
「我のちからは、まだ弱い。それでも、目くらまし程度の反撃はできる」
「すごい…ありがとうございます」
このちからの使い方を、なんとなく理解した。
「リリアンヌ。どうか、気を付けて」
「はい。ここを乗り切って…必ず、精霊を見つけ出します」
「ありがとう…また、会おう」
オーリアはリリアンヌの手を離すと、ゆっくり目元に手をかざした。
一瞬で意識が沈み――
ぱちりと、目を開けた。




