繋がるちから①
リリアンヌ視点
「…リリアンヌ」
誰かが――名前を呼んでいる。
眠くて、瞼が開けられない。
もう少しだけ、寝させてほしい。
「リリアンヌ」
もう一度、呼ばれた。
「ん、ん…」
ゆっくり瞬きをして、重たい目をこじ開けた。
ぼやける目の先に、淡い緑の光が現れた。
だんだんと焦点が合い、緑の光が、人影になった。
人影が――自分と同じ年くらいの子供の姿になった。
「…あ、あれ?」
誰だろう。
まったく見覚えのない子だ。
「リリアンヌ、大丈夫かい?起きて」
「…うん」
子供に言われるがまま、体を起こした。
辺りは、真っ暗だ。
どこまでも暗闇が広がり、何もない。
「…ここは、どこ?」
頭が、働かない。
何も、思い出せない。
「ここは、君の意識下だ。夢の中と言った方が、早いかな」
「私の、夢の中…」
リリアンヌは、ゆっくりと隣に座る子供に顔を向けた。
緑の長い髪に、尖った耳。
深い緑の瞳が、吸い込まれそうなくらい綺麗だ。
頭には、豪奢な月桂樹をつけている。
中性的な顔立ちで、少年か少女かは分からない。
――人間じゃない。
体が、緑に光っている。
それなら、この子供は――
「我は、オーリアだ」
「オーリア…えっ!精霊王オーリア…!?」
頭が、一気に覚醒した。
「そう。我は、精霊王オーリア」
子供は、くすっと優しく笑った。
「やっと、君に会いに来ることができた」
「…精霊王、オーリア…」
リリアンヌは、呆然と子供を見つめた。
精霊王オーリア――
確かに、セスランディア大聖堂に置かれている銅像にそっくりだ。
ただ、あの銅像は子供ではなかった。
「これでも…だいぶ体は戻ったんだよ」
オーリアが、心の声に答えるかのように言った。
「ついこの間までは、赤子のように歩けもしなかったんだ」
「…はぇ…」
微笑みひとつも、眩しい。
祈りたくなるくらい、神々しい。
「あ…ええと…オーリア様、初めまして。私は、リリアンヌ・エラドリオールと申します」
リリアンヌは姿勢を正すと、ぺこりとお辞儀した。
「お会いできて、大変光栄です」
精霊王を相手に、失礼な態度を取ってしまった。
「…そうだね。初めまして」
「…?」
「精霊から聞いていたから、君のことは知っているよ」
「…そうなのですね…?」
気のせいだろうか。
オーリアが一瞬、寂しげな顔を向けた気がした。
「精霊に、名前までつけてくれたんだね」
今はもう、優しく微笑んでいる。
「スノウ、ですね。もちろんです」
でも――
「…もう、帰ってこないかも」
スノウに、怖い思いをさせてしまった。
「いや、スノウは助けを呼びに行っただけだ。決して、君から離れたりしないよ」
オーリアはそっと首を振った。
「…私は、連れ去られたのですね」
少しずつ、思い出してきた。
右足は…怪我していない。
夢だからだろう。
「…そうだね。君の本体は、まだ眠っている。助けてあげられなくて、ごめんね」
「いいえ…!謝らないでください」
今は、もっと大切な話がある。
「あのっ…オーリア様、お体は大丈夫なのでしょうか」
今は、どう見ても人の姿をした精霊そのものだ。
感情も、落ち着いている。
これから瘴気に飲み込まれてしまうようには、とても見えない。
「君のおかげで、随分と調子が良いよ」
「私のおかげ…?」
「君は、毎日スノウに白のちからを送ってくれただろう?」
オーリアが、にこっと微笑んだ。
「我は、精霊と繋がっている。スノウを通して、我にも白のちからが送られていたんだ」
「…!本当ですか…!」
「スノウも、我と同じように少しずつ本来のちからを取り戻してきている。本当に…君には、感謝の気持ちしかないよ」
「精霊に白のちからを送ることに、意味はあったのですね」
「もちろんだ」
「良かった…」
リリアンヌは、ほっと安堵の溜息をついた。
スノウは、一見元気だ。
ちからを取り戻しきれていないなんて、知らなかった。
スノウが喜んでくれるから、毎日白のちからを送り続けていたけれど、
自分のやっていることに、ちゃんと意味はあった。
「今日は、礼と…それから、ひとつ頼みがあって来たんだ」
オーリアは、ゆっくりと表情を引き締めた。
「…はい、なんでしょうか」
自然と、背筋が伸びた。
「我に、直接白のちからを送ってくれないか」
「!」
「我は今、デューゼの森で瘴気を封印し護っている。…デューゼの森は、分かるかい?」
「はい。…これから向かう予定でした」
本当だったら、今夜、王都を発つはずだった。
「…え」
オーリアの瞳が、小さく揺れた。
「えっ…?」
何か、変なことを言ってしまっただろうか。
「…君は、何か知っているのかい?」
「っ…!」
思わず、息を呑んだ。
「もしかして…何か、記憶を持っている…?」
オーリアは身を乗り出し、そっと尋ねた。
「…どうして」
どうして、そこまで分かるのだろう。
まさか精霊王は、人の心まで読めるのだろうか。
「君が何を知っているか…聞いてもいいかい…?」
吸い込まれるような瞳が、まっすぐにリリアンヌを捉えた。
まるで、試されているようだった。
「…よ、予知夢を、見たのです」
気付いたら、ぽとりと言葉がこぼれた。
「…予知夢?」
オーリアが、小さく目を瞬かせた。
「…はい。私は、予知夢を見ました」
リリアンヌは目を伏せ、ゆっくりと続けた。
「デューゼの森から瘴気が溢れて、大量の異形の存在が人々を襲い…この国が半壊してしまうという夢です」
“物語”の内容を、予知夢として。
「その出来事は…来年の一の月に起こると知りました」
ここは“物語”の世界ですということも、
瘴気に飲み込まれて、あなたも異形の存在になります――ということも。
絶対に、言えない。
「…なるほど。その可能性は、大いにあり得るね」
間を置いて、静かにオーリアが頷いた。
「えっ…信じてくださるのですか?」
まさか、すんなり受け入れられるとは。
「もちろん。実際、君がスノウへ白のちからを送り続けてくれなかったら、そうなっていたかもしれないね」
オーリアは表情も変えず、淡々と言った。
「今の状況でも…まだ分からない」
「え…」
「我のちからが弱まってしまったせいで、封印に綻びが出てしまっているんだ」
「綻び…ですか?」
でも、デューゼの森から瘴気は漏れていないと国王は言っていた。
「そう。綻びから“逃げたもの”が、各地に異形の存在として生まれ、君たちを襲っている」
「…!」
だから近年、異形の存在の出現頻度が上がっていた。
「…あの、オーリア様。聞いてもいいでしょうか?」
「何をだい?」
「異形の存在は…一体、何ものなのでしょうか」
瘴気に飲み込まれた、人間なのか。
悪魔と呼ばれるものなのか。
それとも――
精霊なのか。




