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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第五章/見えない繋がり
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孤独の隙間②

リリアンヌ視点



「…っ」


リリアンヌはふらりと立ち上がると――



「ギタン…!」


勢いのままに、その腰元へ飛びついた。



「会いたかった…っ」


勝手に、ぽろぽろと涙がこぼれた。



「お前、こんな時間に何してんだ…!」



「ギタン、元気だった?みんなも元気?」



「何があった?こんなことしないと出られない状況なのか?」



「あれから、また孤児院は襲われていない?」



「……」

ギタンは、わずかに口を噤んだ。



「…皆、元気だ。守衛隊が動いたんだ。もう襲うような馬鹿はいねぇ」



「そっか。良かった…」


それを知れただけでも、良かった。



「…リリィ」


ギタンはリリアンヌの肩を掴み、そっと目の前に屈み込んだ。



「まず、教えてくれ。何か困っているのか?」



「…あのね、ここに来たかったの」

リリアンヌはぐずっと鼻をすすり、溢れる涙を拭った。



「今日で最後になるかもしれないから…どうしても、ここに来たかったの」


会えなくてもいいと思っていたけれど――


やっぱり、会えたらこんなにも嬉しい。



胸が温まって、安心する。


勢いのまま、デューゼの森まで一緒に来てと言ってしまいそうだ。



「…どういうことだ」


ギタンの声が低くなった。



「私ね、少し出かけてくる」



「どこに」



「…遠くに」



「ひとりでか?」



「ううん。スノウと一緒」



「スノウ?」



「この子」



「ああ…精霊か」



「うん」


とっくに、自分の正体は気付かれているとは思っていた。


すんなり精霊を受け入れたということは、やっぱり知っていたようだ。



ギタンなら、もしかしたら初めから分かっていたのかもしれない。


自分と同じ紅い瞳を持つ人たちを、知っていたのかもしれない。



「…ついて行ってやりたいが」


静かな声が、そっと落ちた。



「…ううん」

リリアンヌは、ゆっくりと首を振った。



「大丈夫。ギタンは、シルヴィアたちを護って」



「大丈夫じゃねぇだろ」


すかさず、ギタンが鋭く返した。



「親どもは何をしている?お前は、王都から逃げたいのか?」



「…違う。お父様たちは、何も知らない」



「それなら、どうしてお前が遠くへ行く必要がある」



「みんなを、助けに行くため」

リリアンヌは、きっぱりと言った。



「…それは、お前がやらなければいけないことなのか?」

ギタンは、訝しげに眉を寄せた。



「言っただろ。まず、味方をつけろと――」



「そんなの待っていたら、みんな死んじゃう…っ」


考えるより前に、言葉がこぼれた。




「…お前は何を言ってんだ?」



「…あのね、ギタン。ひとつ、頼みたいことがあるの」



「…頼み?」



「もし、来年の一の月に入っても、私から何も連絡がなかったら」

リリアンヌは涙を滲ませたまま、真剣な表情を向けた。



「王都から――みんなと、逃げて」



「…あ?」


ギタンの手が、わずかに揺れた。



「北は、絶対に駄目。必ず、王都より南に逃げて。お願い」



「…リリィ。お前は一体、何を知っている?」



「…聞かないで。約束だけして」


めちゃくちゃなことを言っているのは、分かっている。


それでも、ギタンたちだけは無事でいてほしい。



「……」


静かな沈黙が落ちた。



「…分かった」


やがて、ギタンが頷いた。



「分かったが、必ずお前も戻ってこい」



「…うん」


もちろん、王都に帰ってきたい。



もし戻ってくることができたら…私は、どうなるのだろう。


今度こそ、牢に入れられるのだろうか。


二度と王都から出られないように、城に閉じ込められるのだろうか。




「…皆を起こすか?」



「…ううん」


帰ってきてからのことなんて――無事にすべてが終わってから考えればいい。


今は、もっと大事なことがある。



「あのね、ギタン」

リリアンヌは顔を上げると、そっと笑みを浮かべた。



「私、白のちからを上手に使えるようになったんだよ」



「…そうか」



「だからね、ギタンの左腕を治させてくれないかな」


今なら、絶対に成功できるはずだ。



「……」

ギタンは答えず、じっとリリアンヌを見つめた。



「その…もちろん、ギタンやシルヴィアに言われたことは覚えているの」

リリアンヌは、気まずそうに目を逸らした。



「だけど今のうちに、どうしても――」



ふいに――背中を強く引かれた。



「わっ…!」


屈むギタンに、ぽすんと体が収まった。



「…?」


背中に回された手が、少しだけ痛い。



「お前は…生まれてくる時代を間違えたな」



「!」


びくりと、肩が揺れた。



「こんな優しい子が自由に生きられないなんてな…とんでもねぇ世の中だ」


耳元に聞こえる声は、微かに掠れていた。



「リリィ、もういい。お前を苦しめる町なんて、潰れちまえばいいんだ」



「ギタン…!」



「お前が苦しむ必要なんか、どこにもない」

ギタンは、さらにリリアンヌを片腕で抱き寄せた。



「このまま、ここで皆と暮らすか?」



「…!」



「王都から出て、全員でどこか行くか?」



「それは…」


そんなの――



「…楽しそう」


ギタンがいて、シルヴィアがいて。


サムやメル、子供たちと毎日笑い合って――



目の前のことを、何も考えなくていい日々。


想像しただけで、幸せだ。



「…でも、できない」


これから起こる未来を知っているのに、逃げるわけにはいかない。



「どうしても…行かなきゃいけないから」


どうしても――自分だけの幸せを選べない。




「…そうだな。お前は、そういう奴だ」

ギタンは、ゆっくりとリリアンヌの体を離した。



「俺じゃ、お前の力になれねぇ」


灯りに照らされた表情は――どこか、寂しそうだった。



「…ううん。今日ギタンと会えて、本当に良かった」

リリアンヌは、小さく笑みを浮かべた。



「私…そろそろ、行くね」



「抜け道まで送る」



「えっ…ううん、いいよ」



「駄目だ」


言いながら、ぎろりとリリアンヌの後ろを睨みつけた。



「…?」


後ろを見ても、真っ暗な孤児院があるだけだった。



「行くぞ」


ギタンは立ち上がると、地面に置いたランタンをひょいと左腕に引っ掛けた。



「あ…うん」


リリアンヌは、歩き出したギタンに小走りで続いた。



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