孤独の隙間①
リリアンヌ視点
エラドリオール邸が寝静まった頃――
リリアンヌはひとり、窓から屋根の上へと飛び跳ねた。
すぐに屈み込み、素早く地上を見渡した。
もう日を跨ぐ時間だというのに、ぽつぽつと灯りが見える。
あれは、屋敷の周りを巡回する衛兵たちが掲げているランタンだ。
悩んだけれど、豪華で目立つランタンは置いてきた。
スノウもいるし、ある程度は見えるはずだ。
「…よし、行こうか」
リリアンヌは仕立てたばかりのマントを頭から深くかぶると、
屋根の一番上から、迷わず飛び降りた。
――カシャンッ…
静かな夜に、鉄柵の揺れる音がよく響く。
すぐ柵の先端を蹴り、屋敷の外側にそっと着地した。
「……」
身を低くし、道の奥の茂みへ隠れた。
衛兵たちに気付かれた様子はない。
灯りの間を縫うように進み、どんどん森の奥へ入っていった。
やがて灯りも消え――
鉄格子で塞がれた洞窟が姿を現した。
洞窟の前で地を蹴り、上部の隙間をくぐって中へ踏み入れた。
三年ぶりに、この抜け道を使う。
しかも、こんな夜中に通るのは初めてだ。
スノウの光だけでは、足元しか見えない。
静かに歩いていても、足音が洞窟内に反響する。
私ひとりしかいないはずなのに、誰かがついて来ているような気がしてしまう。
後ろを振り向いても、ただ暗闇が広がっているだけだ。
とにかく必死に、前だけを見て歩き続けた。
薬療院へ行っても、きっと、みんな眠っているだろう。
けれど、どうしても行きたい。
それに今日は、予行練習でもある。
抜け道を出たら、まずは城壁の見張りの状況を確認しにいく。
この抜け道は、第三城壁の四塔近くに繋がっている。
ちょうど、自分が向かうべき北側にある。
第三城壁さえ越えられれば、もう王都の外だ。
この時間には、どれくらい守衛隊が見張っているのか。
城壁を跳ねて登るために、足を掛けられそうなところはあるか。
…こんなこと、本当は、もっと早く確認するべきだった。
まだまだ、準備不足だ。
だけどもう、時間がない。
今日の予行練習で、確認ができたなら――
王都を発つのは、明日の夜だ。
―――
薬療院には、明かりが灯っていなかった。
隣の孤児院も真っ暗で、しんと静まり返っている。
二つの建物を囲む低い柵の外側を、リリアンヌは静かに進んでいった。
裏側に広がる菜園を前にして、ぴたりと足を止めた。
ずっと、やってみたかったことがある。
六歳の時、初めての薬作りで大失敗した。
乾燥した薬草を、採りたてのように育ててしまった。
薬を作るための薬草の中には、野菜の葉や実も混じっている。
それなら、農作物にも直接白のちからを送ることができるのではないか。
普通の白のちからでは、できないかもしれない。
でも、乾燥した薬草を育ててしまうような、私の変わったちからなら。
これから収穫する農作物に、白のちからを送ることができれば。
これを食べる人たち――孤児院の子や炊き出しに来る貧民区の人たちにも、白のちからは届くのではないか。
…また、シルヴィアを裏切ることにはなる。
だけどこのちからを、大切な人たちのために使いたい。
最後に、どうしても――
「……」
菜園の手前で屈むと、そっと両手を土につけた。
作物が栄養たっぷりに育ち、食べた人たちに元気を与えますように。
どんな病気も、治りますように。
暗闇の中――
ぱぁ…っと白い光が広がった。
全部、全部。
ここにある菜園中、届きますように。
広がった光は、大きく膨らみ――
ふっと、消えた。
「…はぁっ、はぁ…ぅぐっ…」
リリアンヌは胸を握りしめ、その場で小さく丸まった。
「げほっ…はぁっ…」
久しぶりに、ちからを使いすぎた。
息を整えたら…
立てるようになったら、もう、行こう。
「――誰だ」
「!」
ふいに灯りに照らされ、はっと顔を上げた。
誰かが、灯りをかざしている。
肘から先のない左腕に、ランタンを引っ掛けている。
「お前…リリィか?」
その特徴的な腕を見て――一瞬で誰かを理解した。




