語られぬ味方たち②
フーリン視点
「リリアンヌあなた、まだ毎日登城しているのでしょう?まったく…あの人ったら、何を考えているのかしら」
「…皆様、お久しぶりです。お楽しみ中のところ、お邪魔してしまってごめんなさい」
ぶつぶつ言う王妃の隣で、リリアンヌは、まだ立ったままの貴婦人たちへ言葉を掛けた。
「まぁ、リリアンヌ様、お気になさらないで!」
「そうですわよ。お会いできて、大変光栄ですわ」
「アヴェリーン様、お痩せになったのではなくて?」
「ええ…少し、体調を崩してしまって」
「まぁ…ここ最近、暑い日が続いていますものね」
王族たちの着席に合わせ、周りの貴婦人たちもゆっくりと腰を下ろした。
「あなたが加護を貰ってからゆっくり話すのは、今日が初めてね。その子が精霊ね?」
「はい。精霊のスノウと言います」
「ふ~ん…あ、そうそう、リリアンヌ。あなた、馬術を習っているのですって?」
王妃は、あまり精霊に興味がなさそうだ。
「はい。女性調教師の方が、とても丁寧に教えてくださっています」
「すごいわねぇ…馬に乗って怖くないの?」
「実は…まだポニーしか乗っていないのです。でも、馬場にいる馬たちは皆、大人しくて良い子ばかりです」
「そう?馬に蹴られて、大怪我を負った友人がいるわ。あなたも、治してもらえるとはいえ気を付けなさいよ」
「…はい、大丈夫です」
「でも、乗馬服は好きだわ。そうそう…!今ちょうど、流行りのデザイナーを紹介してもらったばかりなのよ」
「デザイナー…ですか?」
「ええ!アヴェリーン、あなたなら知っているでしょう?」
「何のお話?」
別の貴婦人たちと話していたアヴェリーンが、王妃の方へ顔を向けた。
「マチルダというデザイナー。あなた、知ってる?」
「いいえ、知らないわ。どなた?」
「あら、本当?今度、城へ呼ぶつもりなのだけれどね――」
「……」
母親たちに挟まれているリリアンヌの肩は、どこか居心地が悪そうに丸まっていた。
「リリアンヌ姉さまっ!」
「!」
その声に、はっと顔を上げた。
「リリアンヌ姉さま、こちらへいらしてください!」
自分たちの手前にいる第三王子が、大きく手を振って呼んだ。
「…エレメア様、お母様、行ってきますね」
リリアンヌは席から下りると、こちらに向かってきた。
「マルウィン様、お久しぶりです。グレグ様、ヨークベル様、オッドリオ様も、ご機嫌よう」
足を止めるなり、すらすらと少年たちの名を上げた。
「こんにちは…」
第三王子の横に並ぶ少年たちが、小さい声で返した。
「おい、マルウィンの馬鹿。まさか、リリアンヌ姉さまに剣を振らせる気じゃないだろうな」
木に寄りかかる第二王子が、国王そっくりの顔で弟を睨みつけた。
「リリィ~」
機嫌を直した第四王子が、覚束ない足取りでリリアンヌのもとへ近づいた。
「ヴァメロ様、転ばないようにね」
「リリィ~あちょんで~」
「お兄様のところに座ろうか。…おいで」
リリアンヌはヴァメロの手を引くと、ゆっくりと木の根元へ向かった。
「シューゼン様、何を読んでいるの?」
「ロゼロリアの精神論です」
シューゼンがすぐに答えた。
「イリオリ公国の学者様の本ね。この国にはない観点から書かれていて、すごく勉強になったわ」
「さすが、リリアンヌ姉さま。姉さまなら、分かってくださると思いました」
「リリアンヌ姉さまっ、俺と真剣勝負をしましょうっ!」
「馬鹿マルウィン、やめろ。そいつらとやってろ」
和らいだ第二王子の声が、一瞬で低くなった。
「…ごめんなさい、マルウィン様。さすがに、お母様に怒られてしまうわ」
「姉さま、俺、だいぶ強くなったんですよ!」
「本当?マルウィン様は、前から剣が得意だったものね」
「はい!今なら、騎士の一人や二人、倒せてしまいそうです!」
「…そう」
リリアンヌは、曖昧に微笑んだ。
短い付き合いでも、すぐに分かったことがある。
彼女は、かなり嘘が下手だ。
相槌すらも、ぎこちない。
「俺の真剣勝負を見ていてくださいっ!グレグ、もう一度だ!」
第三王子は気にもせず、太った少年へ剣を向けた。
「はっ、はい!」
「頑張ってね。…ヴァメロ様、座りましょう」
リリアンヌはヴァメロと手を握ったまま、シューゼンの隣に腰掛けた。
ばらばらだった王子たちが、一瞬でリリアンヌのもとへ集まった。
なるほど。
王子たちといると、彼女は子守役になるのか。
また、新たな一面を垣間見た。
リリアンヌは、表情は穏やかだが、どこか上の空だ。
恐らく、自分たちがここに並んでいることにも気付いていない。
王子たちは、その様子にも気付かず、彼女へずっと話しかけている。
「どうです、姉さま!」
「…お上手です、マルウィン様。グレグ様も、頑張って」
「はい…!ありがとうございます!」
「リリィ~…ねむいよぉ」
「ここは、涼しくて気持ちいいからね…ヘンリー夫人、すみません」
「はいっ…」
リリアンヌの呼びかけに、第四王子の乳母が駆け寄った。
「大丈夫です、このまま寝かせてあげてください。はい、毛布を――」
彼女は、王子の乳母の名まで覚えている。
なぜ彼女が自分たちにまで名を尋ねたのか、なんとなく分かった気がした。
しばらくして、城の方から従者がやって来た。
「シューゼン坊ちゃま、マルウィン坊ちゃま。稽古の時間です」
「もうそんな時間か!」
マルウィンが、木剣を再び放り投げた。
「リリアンヌ姉さま、またお会いしましょう!」
「ええ。お稽古、頑張ってね」
「リリアンヌ様…我々も行きます」
少年のひとりが、遠慮がちに声を掛けた。
「あの…また、次お会いしたら――」
「姉さま、私ももう行きます」
第二王子の声が被さり、少年の声は途切れた。
「…ええと、グレグ様。次お会いできるのを、楽しみにしています」
リリアンヌは少年へ顔を向けた後、ゆっくりと隣を見上げた。
「シューゼン様も、頑張ってきてね」
「はい。…ヴァメロが重ければ、どかしていいですからね」
第二王子は本を閉じると、静かに少年たちの後へ続いた。
王妃は一生懸命話をしていて、王子たちが去ったことにも気付いていないようだった。
「……」
リリアンヌは膝で眠るヴァメロの頭を撫でながら、去っていく王子たちを目で追った。
やがて目を逸らすと、そのまま木に寄りかかった。
…ぼうっと空を見上げている。
本当に…大丈夫だろうか。
異形の存在の討伐戦以降、彼女の護衛は、ウェイバーとゲイソンが主につくようになった。
儀衛部隊の、部隊長と副部隊長自らだ。
リリアンヌの護衛基準が、上がった。
彼女の成し遂げた功績や加護のちからのことを考えれば、至極当然のことだろう。
騎士になりたての自分たちが護衛につくことは、当分なくなった。
だから、最近の彼女が何をしているのかは分からない。
「リリアンヌお嬢様。そろそろ、ヴァメロ坊ちゃまを部屋の方へお連れいたします」
「あ…はい。ありがとうございます、ヘンリー夫人」
乳母が、爆睡している第四王子をリリアンヌの膝から持ち上げた。
そのまま王子を抱え、城の方へ去っていった。
リリアンヌは足元が空くと、両膝を抱えて小さくなった。
じっと、落ちている木剣に目を向けている。
ふいに立ち上がり、母親たちが座る方をちらりと確認した。
「…よし」
誰も見ていないことに気付くと、見つめていた木剣に手を伸ばした。
そのまま――右手で、ぶんぶんと回し始めた。
徐々に速度を上げ、
最後に木剣を高く放ち――ぱしっと、柄の部分を掴み取った。
「!」
その瞬間、はっとリリアンヌがこちらに目を向けた。
「……」
剣を掴んだまま、固まってしまった。
気まずそうな顔を浮かべている。
「…ぶふっ…」
「…おい、やめろ、笑うな」
右に並ぶシャルとムロバンが、耐えきれず口を開いた。
「……」
左に立つリックは、わずかに肩を揺らしている。
リリアンヌは木剣を地面に置くと、こちらへ向かってぺこりと頭を下げた。
小さく手を振って、母親たちのもとへ駆けていった。
「…癒されるなー」
「どうしても、目で追ってしまうな」
「不思議だよなぁ…」
シャルとムロバンが、しみじみと呟いた。
任務中に会話など、レックスやロデオの前では絶対にできない。
知られたら、懲戒ものだ。
だが…つい和んでしまう気持ちは、よく分かる。
彼女は、気付いているだろうか。
誰もが、彼女の護衛を心待ちにしていることを。
護衛中、リリアンヌはよく考え込んだ表情を浮かべる。
思い詰めたように本を読んでいることもある。
なぜ、今みたいに剣を器用に扱えるのかも知らない。
自分には知る必要がないことだし、護衛するうえでも関係ない。
――それでも。
『ありがとう、フーリン!』
また、あの笑顔が見たい。
また、自分の名を呼んでほしい。
そのたびに、心が温まる。
その些細なことが、自分の一日に彩を与えることを知ってしまったから。
彼女の護衛ができるのならば――
どこまでも頑張れる気がした。
幕間Ⅰ・完




