語られぬ味方たち①
フーリン視点
「せいやぁ!」
カラーン――と、足元に木剣が飛んできた。
「…さすが、マルウィン王子です!お強い!」
丸々と太った少年が、腕をさすりながら言った。
「お前が、弱い!もっと鍛えろ!」
第三王子のマルウィンが、だははっと笑って木剣を振り回した。
「やぁ、マルウィン王子は格好いいなぁ!」
「グレグさえ相手にならないなら、誰も勝てません!」
その脇で、別の少年たちが拍手を送っている。
「にぃに~、ぼくもー!」
まだ、足取りが不安定な第四王子のヴァメロが、第三王子の足元にまとわりついた。
「む、来るなよヴァメロ!俺は、グレグと真剣勝負をしているんだ!邪魔するな!」
「マルウィン王子、僕は構いませんよ」
「駄目だ、駄目だ!お前は、シューゼン兄様に絵本でも読んでもらえ」
「おい、マルウィン。巻き込むな。邪魔するな」
木陰で本を読んでいる第二王子のシューゼンが、顔も上げずに言った。
「…あの、シューゼン王子?何を読まれているのですか?」
「とても難しそうな本を読まれていますね」
「……」
「…私たちは、お邪魔ですか?」
「……」
シューゼンは周りを囲む令嬢たちを、頑なに無視していた。
「ふぅっ…うわぁぁん…!」
ヴァメロが、大きく泣き声を上げた。
「ああ、もう…!マルウィン、弟に優しくしてあげなさい!」
テーブル席から、エレメア王妃が、煩わしそうに声を飛ばした。
「…ごめんなさいね、サッチャー夫人。それで、何の話をしていたかしら」
「今流行りの、デザイナーの話ですわよ。随分と斬新なドレスを作られるの」
「そう、その話だったわね。とても興味があるわ。今から頼めば、ブライアンの誕生祭用に間に合うかしら」
「うぇぇぇ…ん!」
「その話は、アヴェリーンが詳しいかもしれないわ。彼女も、流行に敏感だもの」
「さすが、王族のお方ですわ。どうしたらあんなに美しくなれるのでしょう」
「あの人は、嫁いだ時からもう綺麗だったわよ」
エレメアは、もう子供たちの方を見ていなかった。
テーブルの上には、紅茶と豪勢な茶菓子が置いてある。
貴婦人たちは、王妃を中心にして話に花を咲かせている。
誰もが話すことに必死で、山のように積まれた茶菓子には手もつけていなかった。
「おい、剣取ってくれ」
第三王子が、こちらに視線を送った。
「……」
フーリンは無言で木剣を拾い、近くにいた少年へ手渡した。
「あ、ありがとうございます…!騎士様!」
少年は、緊張した面持ちで木剣を受け取った。
「よし、グレグ!ヨークベルと交代だ!」
「ええ、僕ですか?僕は、グレグより力がない」
木剣を受け取った少年が、そのままマルウィンに顔を向けた。
「だから、俺が鍛えてやる!」
「……」
フーリンは、警固を続ける騎士たちの列に静かに戻った。
「ぎゃああああぁ!」
ヴァメロの泣き声が、今日最大になった。
「おい、乳母!あいつを、どっか連れて行けよ!」
シューゼンが本から顔を上げ、苛々と怒鳴った。
「きゃっ…!」
「シューゼン王子、わ、私たちは行きますね…」
令嬢たちが第二王子から離れ、そそくさとテーブルの方へ戻っていった。
乳母が慌てて第四王子を抱き上げ、庭園の端へ移った。
それでもヴァメロは、泣きやまない。
「うわぁぁぁん…!」
「やぁ!ほれ、そら!」
「…まぁ、サッチャー夫人ったら!お上手だわ」
それぞれが、好き勝手に声を上げている。
これが――王家の日常。
戦いとは、一切無縁の世界。
国王と王妃が一緒にいるところを、あまり見たことがない。
最近見たのは、数か月前にあった精霊祭の時か。
あの時も、国王は大聖堂に王妃を置き、さっさと王城へ戻っていった。
その後、大正門の上で一緒になったリリアンヌとの方が、よほど言葉を交わしていた。
…リリアンヌ。
一年前、ブライアン誕生祭の日。
突然、ロデオの娘がいなくなったと騒ぎになった。
祝宴中、庭園の奥へ駆けていったアランフォース副団長が、彼女を見つけた。
その翌日の護衛が、最初だった。
『今日は護衛をしていただき、ありがとうございます』
『こんな良い場所を教えてくれて、ありがとう!』
『今日は、ありがとうございました!また、よろしくお願いします』
彼女は、何度も自分たちへ礼を言った。
あの時だけではない。
初日以外は極力話しかけないようにしていたみたいだが、
それでも、無意識のように誰にでも礼を言っていた。
彼女は、目の前にいる第二王子や第三王子と歳が近いはずだ。
それなのに、まるで別の生き物のようだ。
今まで見てきた王族の、誰とも似ていない。
レックスやロデオは、自分たちを部下のように扱う。
ブライアンやサイラスは、自分たちを気にせず、堂々と振る舞う。
シューゼンやマルウィンは、まだ騎士と使用人の差を分かっていない様子だ。
ヴァメロは…やっと話せるようになったばかりだ。
別に、どれが良い悪いというわけではない。
ただ、王族を護る騎士として任務に励むだけだ。
どういう扱いをされても、そこに感想はいらない。
国王直属騎士団の誰しもが、同じ考えだろう。
そう、思っていたが――
「…聞きまして?リリアンヌ殿下は、いまだに毎日登城されているらしいわよ」
王妃と別席に座る貴婦人の声が、ふいに耳に届いた。
「まぁ…それで、戦場にまで行かれたのでしょう?まるで騎士のようだわ」
「リリアンヌ殿下は、私の息子と同じ年のはずよ。そんな様子で、婚約者は決まるのかしら」
貴婦人たちは声を抑えているが、こちら側には丸聞こえだった。
「うちの息子を候補に入れてもらいたいけれど…精霊の加護を貰ったのは確かなのでしょう?何かあるたびに戦場へ出てしまうお嫁さんは…ちょっと、ねぇ?」
「でも、王族唯一の令嬢よ?逆に候補が少なくなって、狙えるのではなくて?」
「ま…では、あなたの息子がいきなさいよ」
「ええっ、嫌よ。私、たくさん孫が欲しいもの」
「まぁ!気が早いこと…」
くすくす…と扇子で隠して、笑い合った。
自分の横に並ぶ者たちから、わずかな殺気が漏れ出た。
「……」
リリアンヌは、まだ十歳にも満たない。
王族とはいえ、成人前の令嬢がこうして貴婦人たちの話題に上がるのは珍しいことだろう。
それほど、精霊の加護を貰った彼女は、他の令嬢たちとは違う。
――それの、何がおかしい。
ただ茶を飲んで世間話をしているだけのお前たちに、彼女の何が分かると言うのか。
討伐の時の彼女を見ても、同じことが言えるのか。
討伐の時――
すべて、見ていた。
リリアンヌの、すぐ後ろで。
あの国王へ意見する姿も、
アランフォースと何か話しているところも。
精一杯右手を伸ばし、異形の存在と対峙している姿も、
異形の存在が消えると共に、倒れ込んだところも。
あんな小さな背中が、あの瞬間だけは、ひどく頼もしく見えた。
城の中で、自分の名を呼び礼を言う少女と、とても同一人物には思えなかった。
「失礼します、エレメア王妃殿下。
アヴェリーン大公妃殿下とリリアンヌ殿下がいらっしゃいました」
「…!」
使用人の言葉に、思わず身じろぎした。
「あら、本当?」
立ち上がる王妃の声は、弾んでいた。
「あらっ…」
「私たちも、エレメア様のお席に移動しましょうか」
貴婦人や令嬢たちも立ち上がり、王族が来るのを待った。
「えっ、リリアンヌ姉さまが来るの?」
第三王子が、剣を放り投げた。
「リリアンヌ様が…?」
「ここにいらっしゃるのか…?」
「えっ、本当か」
第三王子の傍にいた少年たちが、そわそわとし始めた。
案内の者が、アヴェリーンとリリアンヌを招き入れた。
ちょうど案内の者の背と重なり、リリアンヌの様子を見ることができなかった。
「エレメア様、久しぶりね。このたびはお茶会にお誘いいただき、ありがとうございます」
黒髪の美しい女性が、王妃へ向かい、綺麗なお辞儀をした。
「アヴェリーンあなた、体調は大丈夫なの?別に、無理をしなくても良かったのに」
「大丈夫よ。エレメア様とお話すれば、元気になるわ」
「エレメア殿下、お久しぶりです」
二人とは別の、澄んだ声が耳に届いた。
「このたびは、私もお声がけいただき、ありがとうございます」
この声は、彼女だ。
「リリアンヌったら…相変わらず、可愛い!」
王妃が頬に手を置き、甘い声を上げた。
「だから、あなたが殿下なんて呼ばなくていいのよ」
「…エレメア様。お元気そうで、何よりです」
「さ、座って、座って!」
いつの間にか貴婦人たちが席を移動し、王妃の隣の席を二つばかり開けていた。
いつ見ても、鮮やかな早業だ。




