“光”の答え
リリアンヌ視点
馬車は、王城を大きく迂回して裏門まで向かった。
リリアンヌはその間、ずっと窓から空に舞うランタンを見つめていた。
スノウが帰ってこないことは心配だけれど、
心では、ちゃんと繋がっている。
聖樹のところにいるよと、教えてくれている。
今だけは、スノウの気持ちが手に取るように分かる。
相当、嬉しそうだ。
「嬉しそうですね」
「えっ」
はっと、正面に顔を向けた。
「聖樹へ行けると分かってから、随分と嬉しそうです」
「…私のことですか?」
「はい。ずっと笑っています」
アランフォースは、穏やかに答えた。
「…スノウが、とても嬉しそうだから」
リリアンヌはそっと目を逸らし、再び窓の外へ顔を向けた。
「だから…私もつられて、浮かれてしまいました」
どうして、こんなにも表情に出やすいのだろう。
母にも家令にも、同じようなことを言われなかったか。
「そういう時くらい、素直に喜べばいいでしょう」
「でも…子供みたいです」
「みたい、ではなく、殿下はまだ子供です。もっと、思うままに過ごせばいい」
「…私は、王族です」
窓を見つめたまま、小さく口を尖らせた。
「みだりにはしゃぐのは、駄目でしょう?」
「それは成人してから考えてください。それに…殿下が笑えば、私も嬉しい」
「へ…?」
リリアンヌは、ゆっくりとアランフォースへ顔を向けた。
「リリアンヌ殿下の笑顔は、人を元気にする」
アランフォースは、まっすぐな目を向けて答えた。
「そう感じているのは、私だけではないはずです」
「…!」
「…着きましたね。降りましょう」
「あ…は、はい」
今のは…どういう意味だったのだろう。
なんとなく、聞き返せなかった。
裏門は、すでに開かれていた。
今日は、許可がある。
門番たちの間を抜け、裏門へ足を踏み入れた。
「聖樹まで、まだ距離があります…ご存じでしょうが。ゆっくり向かいましょう」
後ろから、再びアランフォースが諫めた。
前回は、無我夢中で森の中を突っ切ったけれど、
裏門から聖樹までは、ちゃんと整備された道がある。
その道を、アランフォースとふたり、ゆっくり歩いた。
もう陽が暮れて、暗い。
けれど空飛ぶランタンに照らされ、足元は明るい。
やがて、ランタンの光が――聖樹の光と、混ざった。
気付けば、聖樹は目の前まで迫っていた。
半年前と変わらず、そこに高くそびえ立っていた。
大きく、力強く、生命力に溢れている。
どぉん、どぉん、と低く脈打つ音が、胸にまで響いた。
聖樹に目を向けたまま、真下まで進んだ。
横幅は、人が十人立っても届かなさそうだ。
縦は、どこまでも高い。
遥か頭上では、青い葉が静かに揺れていた。
「あ」
真上の枝から、聖樹とは違う光が漏れている。
スノウが、いた。
「リリアンヌ殿下…!」
名前を呼ばれる時には、
もう、リリアンヌは地を蹴っていた。
高く跳ね、太い枝へ飛び移り――
裾を踏み、ずるりと足が滑った。
「…わっ!」
視界が回り、不意に地面が目に入った。
後ろから強い力で体を引かれ――そのまま、空中で止まった。
「…跳ぶ時は、言ってからにしてください」
「…すごい!」
リリアンヌは、アランフォースの腕の中で嬉しそうに振り向いた。
飛び跳ねた自分と同じ速度で、聖樹を登ったことになる。
「…どなたかに鍛えられていますから」
アランフォースは小さく溜息をつくと、リリアンヌを軽々と持ち上げた。
そのまま枝の上へ座らせ、その前に跪いた。
「アランフォース副団長は、剛腕のちからを持っていらっしゃると聞きました」
「ええ…ですが今は、殿下の真似をして跳ねて登りました」
「えっ」
「意外とうまくいくものですね。いいことを知りました」
「…あはっ!」
リリアンヌは、おかしそうに吹き出した。
「そんなことができるのは、きっと、アランフォース副団長だけです」
跳躍のちからもなしに、跳ねて登るなんて。
アランフォースは、本当にすごい騎士だ。
「…まだ、ランタンが飛んでいますよ」
アランフォースが、そっと空を指さした。
「わぁっ…」
聖樹の葉の隙間から、空へ流れていく無数のランタンが見えた。
「綺麗…」
なんて、幻想的な景色なのだろう。
どこか切なくて――温かい。
いつまでも、飽きることなどない。
「ホ~」
小さな光が、ふわりと舞い戻った。
「お帰り。楽しめた?」
「ホッホ~」
スノウは弾むように答えると、リリアンヌの肩に収まった。
「ふふっ…」
それがおかしくて、また笑みがこぼれた。
「…私は、嬉しいという感情など要らないと思っていたのですが」
静かな声が、ふいに落ちた。
「…私に、思うままに過ごせばいいと言ったのにですか?」
リリアンヌは小さく頬を膨らませ、視線を正面に戻した。
「確かに…そうですね。少なくとも、私には不要と思っていました」
アランフォースが、ふっと苦笑を漏らした。
「ですが…思った以上に大切なことだったのですね」
「…アランフォース副団長は、今、嬉しいのですか?」
「ええ…あなたが楽しそうなことが、嬉しい」
「…!」
「あなたが笑えば、心が温まる」
優しい視線が――まっすぐにリリアンヌへ向いた。
「…っ」
ふいに、じわりと涙が滲んだ。
同じことを、思ってくれている。
誤魔化すように、そっと空を見上げた。
まだ、ランタンが空を覆い尽くしている。
優しい蝋燭の灯りが行列を作り、聖樹を通り過ぎていく。
何千も、何万も――
空に向かい、星と溶け合った。
「…私も、同じです」
ぽつりと、言葉が落ちた。
「スノウがいて…優しくて強い護衛がいてくれて…安心して、笑うことができます」
リリアンヌは、ゆっくりと言葉を続けた。
「アランフォース副団長と一緒にスノウを見つけられて…本当に、良かった」
「それは…こちらの台詞です」
アランフォースは、柔らかく笑みを浮かべた。
「あの時あなたと出会わなければ、決して、この気持ちを知ることはできなかった」
その笑顔から――目が離せなかった。
「……」
堪えていた涙が、ぽたりと落ちた。
なんて…幸せな時間なのだろう。
あの日――
アランフォースが、私を追いかけてくれなければ。
一緒に、聖樹へ向かってくれなければ。
こんな時間が訪れることは、決してなかった。
そう思うのに――
胸が締めつけられるのは、どうしてだろう。
この後の行く末を、考えてしまうからだろうか。
ひとりになってしまう未来を、知っているからかもしれない。
もう、傷ついてほしくない。
“物語”と違う表情を浮かべるアランフォースを、いつまでも見ていたい。
“デューゼの森の悪夢”を、絶対に防がなくてはいけない。
ただ、ここで待っているだけでは駄目だ。
祈るだけでは、駄目だ。
未来を変えられるのは、私しかいない。
デューゼの森へ――行こう。
第四章・完




