第一章Ⅱ(見えてきた現実と大きな勘違い)③
リリアンヌ視点
「…あれ?」
リリアンヌは、はたと首を傾げた。
「それなら、どうしてシルヴィアはここにいるの?」
元霊拝師ということは、シルヴィアも引退している。
先ほどの話からしたら、本来は、大聖堂か貴族のもとで働いているはずだ。
それに今の状況は、
不用意に白の使い手を町へ出しているようなものではないのだろうか。
「私が白の使い手ということは、ここの子たち以外には言っていないの」
シルヴィアがあっさりと答えた。
「えっ」
「私は、元薬師ということになっているの」
「…め、メイディ?」
また、知らない言葉だ。
「簡単に言うと、薬を作る者たちのことね」
「あ…薬は、霊拝師以外にも作れる…?」
「もちろんよ。薬療院で薬師以外が働いているのは、ここくらいじゃないかしら」
「どうしてシルヴィアは、薬師ではないのに薬療院にいるの?」
「それをすべて語ると、とても長い話になってしまうわ」
シルヴィアは、くすっと意味深な笑みを浮かべた。
「話が逸れてしまったわね。霊拝師の話に戻りましょうか」
「…はい」
リリアンヌは、問いを飲み込んで頷いた。
どうやら、触れてはいけない話のようだ。
「リリィ、あなたの気持ちは分かるわ。霊拝師になることを、初めは嫌がった子もいたから」
「…!そうなの?」
「ええ。白のちからがあると分かれば、何歳でも親元を離されてしまうもの。たった八歳でセスランディア大聖堂へ来た子を、私は知っているわ。あなたは、その子よりさらに幼い」
シルヴィアが一瞬、遠い目をした。
「ただね…リリィ。それでもやっぱり、白のちからを持っているのなら、霊拝師になってほしい」
「…ごめんなさい」
「…!責めているわけではないのよ」
俯いたリリアンヌに、シルヴィアはすぐ言葉を続けた。
「そうではなくて、白の使い手がひとりいるだけで、癒せる人は何倍にも増えるの」
「あ…白のちからは使いたいと思っているの」
「…?どういうこと?」
「私は、白のちからを鍛えたい」
リリアンヌは顔を上げ、まっすぐにシルヴィアを見つめた。
「最高位霊拝師になれるような、白の使い手になりたい」
自分が一体、どれほどの使い手かはまだ分からない。
最高位霊拝師なんて、遠く及ばないかもしれない。
だけど、鍛えることができるのならば――
少しでも、“マドカ”と同じくらいのちからが欲しかった。
「最高位…?」
シルヴィアは、ゆっくり目を瞬かせた。
「あなた…随分と古い言葉を知っているわね」
「…え?」
「お前、上級も知らなかったくせに最高位を知っているとはどういうことだ」
ギタンが、低く口を開いた。
「ええと…最高位は、等級の一番上でしょう…?」
霊拝師が実力によって等級分けされていることは、“物語”で知っている。
マドカは、一番上の最高位だった。
ギタンの言うフロースもきっと、上の方の等級なのだろう。
「最高位の霊拝師は、もう百年以上現れてねぇ」
「…えっ!?」
リリアンヌは、驚きで目を丸くした。
「それどころか、その下の上級も今はひとりしかいねぇ。…ひとりか?」
「ええ、アイラひとりのはずよ」
「ふん…あのガキが、今や上級霊拝師様か」
「ガキだなんて…アイラはずっと、賢くて優秀な子だったわ」
「……」
リリアンヌは、二人のやり取りをほとんど聞いていなかった。
最高位霊拝師がいない…?
いないどころか、百年以上現れていない…?
どういうことだろう。
マドカは、まだ最高位ではないのだろうか。
…そもそも、マドカはこの世界に存在するのだろうか。
「…あ」
そうか。
まだ今は、マドカは霊拝師ではない。
そうだ。
マドカが白のちからを持っていることに気付くのは、十歳の時だ。
“リリアンヌ”と“マドカ”は三歳違いだから…
マドカが王都にやって来るとしたら、来年の話だ。
「リリィ。白のちからを鍛えたいのなら、なおさら霊拝師になるべきだわ」
「…え」
リリアンヌは顔を上げ、意識を引き戻した。
「霊拝師になれば、白のちからについていろいろと学ぶこともできる。同じ白の使い手として、同僚から多くの話を聞くこともできるわ」
シルヴィアは、優しく諭すように言った。
「…ううん。まだ、なれない」
シルヴィアの話を聞いて、さらに決意が固まった。
霊拝師になるのは、“デューゼの森の悪夢”が起こらないと確信してからだ。
「だから…シルヴィア」
リリアンヌは姿勢を正し、必死な表情を向けた。
「私に、白のちからの使い方を教えてくれませんか」
「…私が?」
シルヴィアは、驚いたように目を瞬いた。
「はい。ここで、白のちからについて学びたいです」
これは、好機だ。
まさか、初日から白の使い手に出会えると思わなかった。
しかも騎士に護られた大聖堂ではなく、
抜け道を使えば、いつでも会いに来られる薬療院にいる。
「シルヴィア…どうかお願いします」
こんな奇跡的な出会いを、逃したくない。
すでに、ギタンもシルヴィアのことも信用している。
この不思議な二人との出会いを、偶然で終わらせたくなかった。
「――シルヴィア!大変だよ!」
緊迫した声が、静かな部屋を切り裂いた。
「えっ…」
リリアンヌは、慌てて声がした方に顔を向けた。
「シルヴィア…っ」
調理場に続く仕切りの奥から、子供が飛び込んできた。
自分よりもさらに小さい、可愛らしい顔立ちの男の子だ。
今はその顔を、涙でいっぱいにしていた。
「兄ちゃんがっ…大変なんだ!」
「…!」
ギタンとシルヴィアが、同時に立ち上がった。




