精霊祭④
リリアンヌ視点
大正門の上まで階段を上がる頃に、町から聞こえていた音楽が止んだ。
町の喧騒が、波のようなさざめきへ変わっていく。
夕陽が沈み、空から、ゆっくりと夜が落ちていた。
ルイージと共に壇上の手前で足を止めると、目の前に、すぐに列ができた。
「リリアンヌ殿下、お初にお目にかかります。リース・ウィンザーと申します」
一番手前に並んだ男性が、丁寧にお辞儀した。
「…初めまして。王都レイセントへ、ようこそ」
リリアンヌは長い裾を持ち、膝を曲げて挨拶を返した。
驚いている場合ではない。
「リース長官、お会いできる日を、とても楽しみにしておりました」
事前に考えていた言葉を、ゆっくりと口にした。
「楽しみ、とは?」
「川の都スーゼルを治める長官様ですもの。お話してみたかったのです」
「ほう…ご存知でしたか」
リースが、わずかに目を見張った。
「もちろんです。川の都スーゼルのことは、王都でも有名です」
「それは、大変光栄です。スーゼルは、国随一の観光地と自負しております」
「いろいろな魚料理があると聞いています。羨ましいわ」
「大変治安の良い町ですし、王都からも安全な道しか通りません。ぜひ一度、遊びにいらしてください」
「はい。その時は、美味しい料理を教えてください」
「ははっ…リリアンヌ殿下は、随分と料理に食いつかれる」
「…あと、町の案内も、お願いします」
「ええ…お任せください。いつでもお待ちしております」
リースは、ふっと笑みを浮かべると、ゆっくり目の前から去っていった。
川の都スーゼルは、“マドカ”の出身地だ。
だから一番初めに、スーゼルの領を治めている地方長官を覚えた。
良かった。
なんとか、挨拶できた。
「リリアンヌ殿下。麗しきご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります」
息つく暇もなく、次に並ぶ者が一歩前に出た。
「私は、マシュー・アッシカルと申します」
「マシュー長官、お会いできて光栄です」
ゆっくりとお辞儀をしつつ、頭を働かせた。
「…ずっと、マシュー長官にお礼を言いたかったのです」
「礼…?」
「はい。マシュー長官やアッシカル領の騎士様が、タッセント国との境界を護ってくださっているので、私たちはこうして平和な毎日を過ごすことができています」
マシューは、領主としては体が逞しすぎる。
まるで、騎士のようだ。
きっと地方長官だとしても、鍛えざるを得ないような環境なのだろう。
「いつも、ありがとうございます」
「驚いたな…ああ、失礼。そうおっしゃっていただけて、大変光栄です」
マシューは小さく咳払いすると、さっと姿勢を正した。
「リリアンヌ殿下、肩にいらっしゃるのが、精霊で?」
「はい、スノウと申します」
「良い名です。今日は、殿下と精霊にお会いできることを楽しみにしておりました。後ほどの伝統行事を、しかと拝見させていただきます」
「…ご期待に添えられるよう、頑張ります」
リリアンヌは、小さな声で答えた。
正直…こういった場は、苦手だ。
気の利いた返しも、なかなかできない。
もっと、すらすらと言葉が出てくればいいのに。
成人して、もっと社交の場に出るようになれば、自然と身につくのだろうか。
短い挨拶を長官たちと繰り返した後、ようやく最後のひとりとなった。
最後に現れたのは、叔父だった。
「やあ、リリアンヌ」
「ダナン叔父様…!」
リリアンヌは、わずかに安堵の表情を浮かべた。
「二年ぶりくらいか?大きくなったな。元気そうで良かった」
「叔父様も、元気そうで何よりです」
母の弟であるダナンは、母とそっくりだ。
切れ長な目に波打った黒髪が、格好いい。
「本当は一番に並んで、お前の緊張をほぐしてやりたかったんだがな…あっという間に、列の最後だ」
ダナンは屈み込んで顔を近づけると、ふっと肩をすくめて笑った。
「後ろから聞いていたぞ…さすが、私の姪だ。完璧な挨拶じゃないか」
ただし、母と性格はまったく似ていない。
陽気で、服も、少しだけ着崩している。
「…本当ですか?言葉を返すので、精一杯でした」
長官たちの名前と特徴は思い出せたけれど、
それを活用できた気は、あまりしていなかった。
「何を不安がっているんだ!“精霊の申し子”と言葉を交わせただけで、誰もが誇りに思う」
「…精霊の申し子…?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。
「おっと…余計なことを言うなと、姉さんに怒られそうだな」
「あの、叔父様、精霊の申し子って」
「どうやら、時間のようだ」
ダナンは姿勢を戻し、階段の方へ目を向けた。
階段から、国王が、騎士たちを引き連れて現れた。
前回と同じように、脇目も振らずにまっすぐ壇上へ向かっていった。
「…明日、エラドリオール邸へ行く。またゆっくり話そう」
「あ…はい」
リリアンヌは、はっと正面に顔を向けた。
「姉さんに、よろしく伝えてくれ」
ダナンは小さく手を振り、目の前から去っていった。
そのまま、他の長官たちが並ぶ列へ加わった。
「…お疲れ様でした、リリアンヌ殿下」
離れて立っていたルイージが、隣に戻ってきた。
「…なんとか返せていたでしょうか」
「ダナン長官もおっしゃっていたでしょう。完璧でしたよ」
「それなら、いいのですけれど…」
「あなたは、すぐ自信をなくしてしまいますね」
ルイージが、呆れたように溜息をついた。
「まもなく、出番です。気を引き締めてください」
「…はい」
リリアンヌは、小さく頬を叩いた。
また、民の前に立つ。
情けない顔は、見せられない。




